Yahoo!ニュース

【私と朝ドラ『虎に翼』②】「朝ドラ初心者」の男性が『虎に翼』に毎日泣いてしまう理由

田幸和歌子エンタメライター/編集者
(写真:イメージマート)

 通常、朝ドラ(NHK連続テレビ小説)をあまり観ない、あるいはこれまで1度も観たことがないという人をも巻き込むムーブメントとなっている『虎に翼』。女性法律家のさきがけ・三淵嘉子をモデルとした、吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演の異色の朝ドラに「毎日泣けて泣けて仕方ない」と話す男性がいる。

 X(旧Twitter)アカウント名「ポストマン」さんだ。

「朝ドラはこれまでほとんど観ていない。覚えているのは、今再放送中の『ちゅらさん』と『オードリー』くらい」と言うが、なぜ『虎に翼』を観ようと思ったのか。どこにハマったのか。

「『虎に翼』を観ようと思ったきっかけは、メディアやXで話題になっていることと、NHKプラスで観られる環境があったこと。日本初の女性弁護士が描かれていて、NHKとしては攻めている内容だと噂に聞き、2週遅れで見始めました。実際に攻めていると思ったのは、終戦後に寅子(伊藤沙莉)が優三(仲野太賀)を戦病死で亡くし、河原に腰を下ろして泣きながら焼き鳥を食べるシーンで、焼き鳥の包み紙の新聞紙に日本国憲法が載っていたこと。それが国会で憲法改正の議論がされている中で放送されたことにも泣きましたし、日本国憲法で保障されたはずの権利・平等が今も遠いことにも、泣けてしまいました」

ポストマンさんが開示請求資料を提供した雑誌/画像提供 ポストマンさん
ポストマンさんが開示請求資料を提供した雑誌/画像提供 ポストマンさん

開示請求を始めたきっかけは、強い反戦意識

 実はポストマンさんは松井一郎元大阪市長の公用車でのスパ通いを毎月開示請求、Xで情報公開してきたほか、大阪維新の会を中心としたスクープを様々なメディアに提供してきた人だ。

 そのきっかけは、小学生の頃から抱く強い反戦意識にあると言う。

「小学6年生の修学旅行で原爆資料館に行き、大きなショックを受けたんですね。戦争の恐ろしさは教科書で学んで知っていたはずなのに、実際に原爆被害などを写真で見たとき、自分が同じ目に遭ったら……と恐怖を覚え、なんでこんな戦争が起こってしまったんだろうと歴史を調べたり、『はだしのゲン』や様々な本を読んだりするようになりました。大人になってから、政治に興味を持つようになると、戦争を起こすのは政治であり、為政者がダメだと紛争が起こって子どもたちなど弱い者が犠牲になると考えるようになりました。そうした理不尽な状況を起こさないためには、政治を監視することが必要だけど、だったら私に何ができるのかと考え、Twitterを始めたんですね」

 地元・大阪の府市政を握る維新に不信感を抱き、大阪都構想への反対運動をする中、東京在住の一般市民(Xアカウント名「WADA_version3」さん)が開示請求で権力監視を行っていることを知った。そこで、「政治や権力、社会構造などの大きな力に対して少しでもダメージを与えたい、悪政を少しでも多くの人に知ってもらいたい」という思いから、開示請求を武器に不正を調べ、Twitterで公開するようになったと言う。

 そんなポストマンさんが『虎に翼』で泣けたのは「女子部の仲間たちが様々な事情で法曹の道を諦めていく過程」「梅子(平岩紙)さんが高等試験当日に夫に離婚届を突きつけられ、家を出るシーン」など。さらに、最近「号泣した」と言うのが、花岡(岩田剛典)が判事として食糧管理法違反の事件を担当し、闇市の食料を口にしないことで、栄養失調で亡くなったことだ。

 花岡が「司法の正しさ」に縛られ、命を落とした悲劇は後に、花岡の妻が描いたチョコレートを分かち合う手の絵を家庭裁判所に飾ることによって、法をつかさどる者たちの戒めとされた。

「人間、生きてこそだ。国や法、人間が定めたものはあっという間にひっくり返る。ひっくり返るもんのために、死んじゃならんのだ。法律っちゅうもんはな、縛られて死ぬためにあるんじゃない。人が幸せになるためにあるんだよ」と言う多岐川(滝藤賢一)の言葉が胸を打つ。

 しかし、ポストマンさんはそれが「バカたれ判事」(by多岐川)の愚行だったとしても、「正しさ」「理想」を求め、必死に生きた花岡のことを思うと泣けて仕方ないのだと言う。

「あの時代、理想のために必死で動いていた人々のことを思うと涙が出ます。それにひきかえ、今の世の中は……簡単ではないですが、理想を求めて何が悪い?と思います。理想を語ると今は冷笑されますが」

写真:イメージマート

毎日泣きながら観る夫と、ハマらない妻

 一方、興味深いのは、そんな風に毎日『虎に翼』を観ながら泣くポストマンさんの傍らで、妻はあまり興味を持っていないという話だ。

「妻は、お父さんが外で働き、お母さんが家を守るといった昔ながらの家庭で育ったんですね。だから、僕が正月などに妻の実家に行ってご飯を食べるときも、妻の姉妹やお母さんが料理を作って並べて、男は座って食べるだけ。妻は専業主婦ということもあってか、そういう男女の役割分担を当然だと思っているんですね。僕は朝食を自分で作ったりしますが、僕が家事をやるのを妻が止めようとすることもあります。『虎に翼』も、妻は私が観るのを一緒に観る形で観ていますが、たぶん寅子が実在して同じクラスとかにいたら面倒臭いタイプだと思うんじゃないかな」

 かく言うポストマンさんも、スンとしてしまうところはあると明かす。

「妻は政治に関心がないので、僕が開示請求をしている話などもしていないんですね。以前、選挙活動の手伝いをしたとき、嫌な顔はしないけど、『政治家に利用されているんちゃうか』と言われました。政治に関する発言を家庭の中ですることも嫌がられるので、話したらたぶんやめろと言われます。政治の話は友達とするのも正直、難しい。実際にケンカになりかけたこともありますし。その点、Twitterなどの仲間はそういった話が通じるし、居心地が良いんです」

 そうした現状も踏まえ、『虎に翼』の影響で、法や社会に興味を持つ人が増えると、様々な立場の様々な人が自分の言葉を発するハードルが下がるのではないか。そんな期待を込めて観ていると言い、こんな思いを語るのだった。

「『虎に翼』は、開示請求によって権力のカウンターを目指す僕の背中をもっともっと押してくれるツールみたいなもの。寅子のモデルとなった三淵嘉子さんをはじめ、厳しい環境の中、自分の力で周りを巻き込んで切り拓いていった先人たちは偉大ですよね。その一方で、当時は今よりも希望に満ちていたと思うんです。実際にはなかなか進まなかった部分もあるとはいえ、それでも女性は男性と平等な時代が来ると思えたでしょうし、直明も男だからと大黒柱になんてならなくて良いと言われたように、男性も重圧から解放される面はあったかもしれない。今から日本が変わっていくという希望があった時代は、羨ましいくらいです。でも、100年後をもっと素晴らしい世界だと信じた寅子たちが、あまり変わらない状況が続いているのを見たらがっかりするでしょうね。かつて頑張って来た人たちがいて、その苦労があったから、今の僕らがあるので、僕らはその翼をさらに広げていくことが大事だと思っています」

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

田幸和歌子の最近の記事