【日本の歴史】男女を入れかえる禁断のストーリー!あわや封印されかけた平安小説『とりかへばや物語』とは
ときは平安時代。世を治める“関白様”は、うつくしい兄妹を子に授かりました。
2人はたいへん顔立ちが似ていたのですが、それぞれ生まれ持った性格と、世間が期待する“性別のふるまい”が、正反対でした。
「あっはっは!みな遅いぞ、どうした?」
屋敷の庭をさっそうと駆けぬける、凛々しき若君・・かと思いきや、その正体は女の子。しかし、周りの子ととっくみあいのケンカもすれば、弓矢を競わせれば誰もかなわないほどの腕前です。
母親は折にふれて「女の子らしく、部屋でおしとやかにしていなさい」などと言いますが、まるで聞きません。
一方、部屋の中でお人形あそびに夢中になっているのは、つやつやした黒髪も美しい、幼き姫君・・かと思いきや、本当は男の子。
父が「女遊びなどに、うつつを抜かしおって。それでは立派な跡とりになれぬぞ」と叱ると、うつむいて袖の上に、涙をぽたぽたと落とすのでした。
親たちは「2人が逆の性格ならば、世の中で大成功する素質があるのに。とりかへばや(取りかえたいなあ)」と悩みます。
そして時はながれ、2人の子が“成人の儀”を迎える日。
父は屋敷の人間に口封じをして、密かに兄妹の衣服や格好を入れ替えたのです。ここに凛々しき“若君”(※じつは姫君が男装)とうつくしき“姫君”(※じつは若君が女装)が誕生したのでした。
とりかへばや物語は禁断?
上記のような冒頭で始まるこの小説は、源氏物語より少し後に書かれたと言われ、作者は不明です。しかし性別を超えるという点で、たとえば現代のアニメ“君の名は。”や“リボンの騎士”にも通じる、時代をこえた斬新な発想で書かれています。
ところが、そうしたストーリーだけでなく、恋愛シーンにおいては性的な描写もあることから、のち明治時代などには「人の心を惑わす」「変態的」といった批判も、あがりました。
完全に抹消こそされませんでしたが、戦前までは物語の存在自体が出回らないなど、無きに等しい扱いの時代もあったのです。
しかし今の時代になって、一部の人々がその面白さや価値に気づき、現代語訳の本なども出版されることになりました。
はたして2人の兄妹であり主人公は、物語の中でどのような運命をたどるのでしょうか。
貴族社会で大成功するも・・
さて、華々しく政界にデビューした“若君(女性)”。ほかの誰にも負けないレベルで勉強や教養の習得にはげみ、その才能を発揮しました。何より、そのうつくしい顔立ちは、若き貴公子として大評判に。
そんな“若君(女性)”はいつも明朗快活で凛々しく、それでいて時おりニコッと優しい笑顔を、見せることがあります。周囲の女官たちが、そんな表情を目の当たりにしようものなら「ああ、もうダメ・・たましいが飛んで行ってしまいそう!」と、メロメロになってしまうのでした。
そうして宮廷内で出世を重ねますが、しかし本当の性別は悟られないよう、誰とも一定の距離を保って接し続けました。貴族社会なので、たちまち縁談が殺到して妻も娶りますが、その妻とも距離を縮めません。そうするうちに、心ならずも「素敵だけど、冷たい人」と思われてしまうのでした。
一方で“姫君(男性)”の方は女官として、宮廷に出仕することになりました。物語の中には重要人物として、ときの帝(みかど)が登場するのですが、彼には娘がいるものの、男の子どもは授かっていません。
そのため帝の娘の皇女が、そのままいけば次の天皇になりますが、姫君(男性)は彼女のそば仕えという重要な立場となります。
そして姫君(男性)は内気な性格でしたが、同時に繊細で相手を思いやる心をもっていたので、皇女に心を開かれます。
やがて「あなたの前では本音を話せるわ」「わたしたち姉妹みたいね」と、身分を超えて近しい間柄に。
そうした中、姫君(男性)はだんだん皇女に、恋心を抱いて行きます。世間の認識としては女性同士ということもあり、それは色々な意味で禁断の恋。ある日、姫君(男性)は、目の前でまどろむ皇女にキスをしてしまい、当然ながら驚かれます。
しかし皇女は懐の大きい人物で、咎められるようなことはありませんでした。むしろ親しみからの行為と解釈されますが、本当の恋愛ができない姫君(男性)は、悶々とした気持ちを抱え続けます。
このように2人の兄妹は、世間的にはこれ以上ないほど大成功をおさめていますが、一方で誰にも明かせない、性差による悩みを抱えて暮らして行くのでした。
襲いくる運命の荒波
さて、若君(女性)には2つ年上の“中将(男性)”という親友がいたのですが、彼はプレイボーイ的な性格で、すでに結婚はしているものの、魅力的な女性を見つけると、つい言い寄ってしまうのでした。
・・ある夏の暑い日、そんな中将が若君(女性)の屋敷を急に訪れますが、これがたいへんな事件に発展します。
「やあやあ!」という調子で、部屋へ入ってくる中将。若君(女性)は上着を脱いでリラックスしていた所なので、不意をつかれて驚きます。
一方で中将の方はいつものように、他愛のない話題を振りつつも、普段とちがう親友の姿に、内心ドキドキして来てしまいます。
「まえから顔立ちが整っているとは、知っていたが・・今日はやけに綺麗だなあ」などと思いながらも「いやいや、オレは親友に対して何を」などと葛藤する中将。
しかし気温の暑さも手伝ってか、中将がたわむれに若君(女性)へ抱きついたとき、身体の感触で真実に気づいてしまいます。
若き貴公子にして、明朗快活と大評判の親友。その正体は、うつくしい女性だったという衝撃。そして目のまえの若君(女性)は「何をする、はなさぬか!」などと男口調で抵抗していますが、そのチカラはか弱い・・というギャップ。
中将はプッツリと理性を失い、若君(女性)を押し倒してしまいます。そして、そのまま“致して”しまいました。
「ひどい・・どうして」と泣く若君(女性)。そんな、いじらしさも中将にとっては、増々たまりません。
「大丈夫だよ、ずっと大切にしてあげるから。これからは一緒に暮らそう(愛人として)」と告げ、以後はずっと女性の衣服を着せて、自分の屋敷に囲ってしまうのでした。
立ち上がる姫君(男性)
一方、世の中では若君(女性)がこつぜんと姿を消し、大騒ぎとなります。大勢に慕われていただけに「どうか戻りますように」という神仏への祈祷なども、盛んに行われました。
そうしたなか、入れかえの真実を知る姫君(男性)は、気が気ではありません。「何かがあったに違いない」と予感し、たいせつな兄妹を自分が助けなければと、勇気を出して奮起します。
女性のままでは外に出られないので男性の格好に変身すると、行方を確かめるべく屋敷を飛びだしたのでした。
紆余曲折のすえ居場所を突きとめると、中将が留守のタイミングを見計らい、2人で屋敷を脱出するのでした。
それから2人は「さて、これから私たちはどう生きて行こう?」と話し合います。その結果、2人はそれぞれ培った人生経験を互いに教え合った上で、もういちど入れ替わることにしました。そうすれば、本来の性別で堂々と生きていける・・という考えに達したのです。
ここに成人のとき以来の、若君と姫君(※以後、もとの性別)へと戻った兄妹。2人が再び姿を現すと、世間は歓喜に湧きます。
さすがに中身が別人なので「あれ、前と違わないか?」という疑問も抱かれますが、失踪中に何かあったのだろうと推測をされ、それぞれ新しい生活へ馴染んで行くのでした。
ものがたりの結末
その後、姫君は宮中で帝から恋心を寄せられる展開となります。過去が過去だけに、最初はその愛を受け入れるか悩みますが、帝は相手の過去にこだわらない、大きな器の持ち主でした。
また1人の女性を愛し続ける誠実さもあり、2人はついに結ばれます。これまで姫君はさんざん運命に翻弄される人生でしたが、最後は1人の女性として、最高の男性と結ばれる幸せを手にしました。
しかも帝と、皇后となった姫君との間には皇子も生まれ、彼がつぎの天皇となって行きます。
一方で若君は、これまで女社会でいろいろと抑圧されていた反動か、プレイボーイ的な生き方に目覚め、いろいろな女性にアプローチ。姫君からは「あなた、光源氏みたいになってしまったわねえ」などと笑われます。
しかし最後は“関白”の位にまで出世し、兄妹で位人臣を極める結末になりました。これには親たちも大いに喜び、一族みなで繁栄するハッピーエンドとなって、物語は幕を閉じます。
時代をこえた価値観
日本の古代社会は現代よりもはるかに「男女はこうあるべき」という観念が、強く存在していました。しかし男性が女性の気持ちで詠んだ和歌や、男性っぽい文体の著作が、じつは女性が書いていたなど、性差を超えた表現も存在しています。
表立っては言えないものの、本当は違う性で生きたいと密かに願う、そうした人も少なくなかったことも想像できます。あるいは宝塚のように、男装の麗人が醸し出すカッコよさに、あこがれる気持ち等もあったのかも知れません。
目が離せないストーリーに加え、人間として現代にも通じる価値観を秘めた、とりかへばや物語。その先進性には、あらためて驚かされるとともに、色々な意味で興味の尽きない傑作に思えてなりません。
※原作ははるかに多くのエピソードがあり、当記事では大幅な省略や、筆者の解釈による繋ぎ合わせ等を行っています