世界一まぬけな大臣とは? 混迷深まる英・EU離脱交渉
英下院、離脱合意を再び大差で否決か
[ロンドン発]英国の欧州連合(EU)離脱合意について2回目の採決が英下院で12日に行われます。北アイルランド・アイルランド間に「目に見える国境」を復活させない安全策(バックストップ)を巡り両者の溝が埋まらず、再び大差で否決される恐れが膨らんでいます。
市民生活や企業活動を大混乱に陥れる「合意なき離脱」はさすがに翌13日の採決で否決されるとみられていますが、離脱交渉は6月末を限度に延長される見通しとなり、先行きはますます見通せなくなってきています。
テリーザ・メイ英首相はマジックハットの中から鳩(ハト)を無事に飛び立たせることができるのでしょうか。2016年7月に首相に就任してから解散・総選挙で過半数割れ、離脱交渉の難航、EU離脱担当相2人を含む閣僚の大量辞任とメイ首相の迷走ぶりには天を仰ぐばかりです。
「合意なき離脱」になれば英・EU間の物流は大渋滞に巻き込まれます。医薬品の不足という最悪シナリオにも備えなければならない英国で、満天下に無能ぶりをさらけ出した「とんまな大臣」がいます。クリス・グレイリング運輸相です。
グレイリング運輸相は来日した際、「英国とEUは硬直的な一つの連合であるよりも、おのおのが独立した存在として友好関係を築いた方が世界に資することができると、私は確信します」と豪語していました。
フェリーが1隻もないフェリー会社と契約
英運輸省は昨年12月「合意なき離脱」に備えて3社と追加のフェリー契約を結びました。しかし契約を撤回した1社はフェリーを1隻も所有せず、1度もフェリーを運航したことがなかったのです。この契約額は1380万ポンド(約19億9000万円)にものぼっていました。
それだけにはとどまらす今年1月になって「このフェリー契約は秘密裏に行われた」と、英・EU間の物流を担うユーロトンネルから訴えを起こされ、英国政府は3300万ポンド(約47億6000万円)で和解することに応じました。
ユーロトンネルだけでなく、他のルートも確保する必要があったというのが英国政府の言い分ですが、EU離脱を巡っては390億ポンド(約5兆6200億円)も離脱清算金をEU側に支払わなければならない英国の納税者は無駄な出費にカンカンです。
EU離脱交渉の行方はどうなるのでしょう。みずほ総合研究所の欧米調査部上席主任エコノミスト、吉田健一郎氏は最新の報告書でこう分析しています。
「ブレグジット(英国のEU離脱)の帰趨(きすう)は、合意のある離脱、合意無き離脱、離脱取りやめという 3 つの道があるが、現時点では、筆者はメイ首相の離脱協定案が修正される形で、合意のある離脱になると考えている」
筆者も吉田氏と同じ意見です。がしかし、EU側と強硬離脱(ハードブレグジット)派の対応が思っていた以上に頑ななのでハラハラしています。「合意なき離脱も辞さず」という強硬離脱派の動きをEU側も読みかねているのでしょう。
44%が「EU側が譲歩しないなら合意なき離脱を」
強硬離脱派の保守系高級紙デーリー・テレグラフの世論調査によると、もしEU側がバックストップの修正に応じない場合は合意なき離脱を求める声が44%にものぼっています。1月時点の世論調査より6ポイントも上昇しました。反対は30%です。
ホンダの英国工場閉鎖では最大で2万5000人の雇用が失われる恐れがあります。
英紙フィナンシャル・タイムズは、北アイルランドに進出するカナダの航空機メーカー、ボンバルディア社は、強硬離脱を唱えている地域政党・民主統一党(DUP)にメイ首相の離脱合意への反対を取り下げるよう圧力をかけていると報じました。
にもかかわらず強硬離脱派はますます先鋭化しています。交渉の状況をおさらいしておきましょう。
メイ首相の離脱合意に対する修正動議で、離脱後に北アイルランド・アイルランド間に「目に見える国境」を復活させないバックストップの代替策についてEU側の譲歩を引き出し、合意に基づいて離脱する方向性が固まっています。
【英国側の主張】
英下院の多数は以下の点で一致しています。
・英国を永遠にEUの関税同盟に繋ぎ止める恐れのあるバックストップがあくまで「過渡的な措置」という法的保証をEUから取り付ける
・人の自由移動を終結させる。移民の受け入れはEUという地域ではなく、技能労働者向けの5年間有効のビザ(査証)の発給には最低3万ポンド(約433万円)の年収があることを条件にする
・EUの単一市場(関税同盟を含む)から離脱して成長力のある米国やインド、アジア太平洋と自由貿易協定(FTA)を独自に結べるようにする
・英国本土と北アイルランドの一体性を損なわない
・できるだけ速やかにEUから離脱する
【EU側の主張】
これに対し、EU側は次の通りです。
・EU単一市場の完結性を守る
・アイルランド国境が単一市場の抜け穴にならないよう、将来の通商交渉が決裂した場合に備えてバックストップを設ける
・離脱ドミノを誘発しないよう、英国に「良いとこ取り」を認めず、できるだけ苦しめる
英・EU双方が譲歩を
英下院は1月27日、3月12日までに英・EUの合意が承認されなかった場合、「合意なき離脱」や「6月末までの間で離脱を延期」の是非を問う方針を可決しました。
3月12日 下院で2回目の採決
3月13日 否決されたら「合意なき離脱」の是非を下院に問う
3月14日 「合意なき離脱」が回避されたら6月末を限度とする「離脱の延期」を下院に諮る
3月21、22日 EU首脳会議
3月29日 英国のEU離脱期限
7月2日 新しい欧州議会の招集日(本当の意味でのデッドライン)
EU側がバックストップは「恒久的な措置」ではなく「過渡的な措置」という法的保証を与えさえすれば、交渉は最終的にまとまると筆者はみています。
EUのエンジンであるドイツ経済にもドナルド・トランプ米大統領による貿易戦争と中国経済の減速、自動車メーカー、フォルクスワーゲンのデータ改竄(かいざん)スキャンダルによるディーゼル車の売上減、ドイツ銀行の業績不振と暗雲が漂い始めています。
メイ首相は離脱後にEUと「モノ」の自由貿易圏を築く考えです。単一市場の完結性を守りながらEUの経済圏を拡大することはアンゲラ・メルケル独首相の利益にもかなっています。英・EU双方はお互いの未来のため意地を張らずに譲り合うべき時だと筆者は考えます。
(おわり)