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「おむすび」序盤がスローペースな理由 栄養士の件はどうなってるのかCP に聞いた

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
連続テレビ小説「おむすび」より 写真提供:NHK

「おむすび」は未来形からはじまらなかった

朝ドラこと連続テレビ小説「おむすび」(NHK)はオーソドックスな朝ドラに見えて、実はそうでもない。というのは、これまでの朝ドラは、初回冒頭で主人公の未来形が描かれ、物語がそこへ向かっているのがわかるようになっているものが多いが、「おむすび」はそうではなかったからである。

例えば「虎に翼」では日本国憲法第14条ができたときから話が遡っていき、「ブギウギ」は主人公が子どもを楽屋に残しステージに出ていくところからはじまる。「らんまん」は主人公が山道を分け入り植物採集する場面。「舞いあがれ!」は主人公が航空機を操縦していた。

「おむすび」の初回は、主人公・米田結(橋本環奈)が未だ何者でもない、ごく平凡な高校生からはじまった。

そして、第1〜3週にかけて米田家の家族紹介と結がギャルになっていく過程が描かれ、ペースとしてはスロー。宇佐川隆史チーフプロデューサーは、「まだまだ栄養士の道は見えてきません」とどっしり構えている。いまや、コスパ、タイパが求められ、視聴者はすぐに正解や早い展開を好む時代。にもかかわらず「おむすび」はあえて無駄にも思えるような日々に時間をかけると宇佐川さんは宣言するのだ。

たわいないところをしっかり描きたい

「まずは結に高校の青春時代を存分に楽しんで生きてもらって、じょじょにその後に人生に関わることが見えてくればなと思っています。第2、3週は、結がハギャレンの仲間たちと過ごすことでギャル文化に触れ、自然と自分のアイデンティティを見つけていきます。この展開をもっと早く進めるやり方もあるとは思いますが、『おむすび』では、大人たちからすると、え、なんでそんなこと? と思うようなたわいないところをしっかり描きたいと思っています」

 

たとえギャル文化に興味のない視聴者も少なくないとしても、好きなことに夢中になることは誰もが経験のあること。ギャル文化も同じだと、宇佐川さんの口調が熱を帯びた。

「ギャル文化の取材をしたとき、例えばパラパラは一見、シンプルなようで、非常に奥が深いことを知りました。あの振りにはわずかなズレもゆるされず、完璧に踊るのは相当の技術が必要です。また、ギャル同士、上下関係などもあるようで、お互い気を遣い合っています。自由に見えるギャルたちがじつは制約もあるなかで、一生懸命、パラパラに取り組んでいる。その姿は羨ましいほどの青春を感じさせます。本質の部分で視聴者の方たちにも共感してもらえると思います」

また、ケータイで使用されるギャル文字(第6回に登場)も、ギャルたちの真剣さが現れていると宇佐川さんは分析する。

「普通の文字を使えば、早くメールが打てるところ、わざわざ独自の文字に変換している。手間がかかるにもかかわらず意地でも変換しているギャルたちの美学のようなものに感動しました」

独特のファッション、パラパラ、ギャル文字……すべてが不要不急のように思えることだが、やっている側は強烈なこだわりを持っている。それがは、人生を謳歌していることだと宇佐川さんは感じ取った。

「あらゆることを徹底的に楽しんでいるんですよね。この世の中のいろいろなことを肯定し、自分たちなりに楽しんでいく精神は見倣うべきところがあるように思うんです」

こう見えて実は

演じている橋本環奈さんは、パラパラもギャル文字も最初は戸惑いながらも、持ち前の器用さで素早く吸収していった。

「最初はギャル文字が全然読めないと言っていました(笑)。ただ、そこからの理解や覚えがとにかく早い。橋本さんの覚えの速さには、まず楽しむということが前提にある気がします。楽しみながら身につけていっているんですよね」

「おむすび」ではギャル文化のほかに、野球や書道が出てきて、翔也(佐野勇斗)も風見先輩(松本怜生)も皆、夢中で部活に励んでいる。彼らのひたむきな姿は、確かに誰もが一度や二度は体験した感覚であろう。部活や習い事、推し活、恋愛……勉強に夢中だった人もいるだろう(筆者が毎日朝ドラレビューを9年半もやり続けているのも楽しいからである)。

連続テレビ小説「おむすび」より 目下、ギャル活動より書道活動に勤しんでいる結 写真提供:NHK
連続テレビ小説「おむすび」より 目下、ギャル活動より書道活動に勤しんでいる結 写真提供:NHK

物事はパッと見だけでは語れない。

宇佐川さんは「おむすび」はこう見えて実は複雑な構造で成り立っていると言う。

「シンプルに見えて、実は計算して作られているのですが、そこを強調はしたくはないんです。シンプルに楽しんでいただいたり、ときには進行が遅いとツッコんでいただいたりしてもいい。テクニック的なところをむしろ褒められたくない。ただただ楽しいと言ってもらうことを最終的な目標にしています」

根本ノンジさんの脚本は初稿では複雑で細かく描かれていて、それが稿を重ねるごとに削ぎ落とされていくのだと宇佐川さんは言う。何事もシンプルに削ぎ落とすことのほうがじつは難しかったりするものだ。それこそ、おむすびのようなシンプルなものほど作る人の能力が際立ってしまうようなことかもしれない。

ご飯の炊き方や塩かげんなど、微妙な塩梅が大事なように、ドラマづくりも見えないところに気配りがある。例えば、先述のギャル文字。

「パッと見では判読できにくいので、すこし長めに映してはいますが、今は幸いにして再放送やNHKプラスがあるので、ギャル文字をじっくり読みたい方は、繰り返し視聴していただけるように、映す時間を演出が加減しています」

糸島フェスティバルに向けてのパラパラの練習を通して、ゆっくりと主人公たちの青春を描きながら、第4週以降は物語が動き出していく。

「第4週は糸島編の前半のクライマックスになっています」と宇佐川さん。

先を急がず、ゆっくりと、結がどこに向かっていくのか、伴走するように見ていきたい。

連続テレビ小説「おむすび」より 野球をがんばっている翔也 写真提供:NHK
連続テレビ小説「おむすび」より 野球をがんばっている翔也 写真提供:NHK

 

連続テレビ小説「おむすび」
毎週月~土曜 午前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

/ 毎週月~金曜 午前 7時30分(NHKBS・BSP4K)

【作】 根本ノンジ

【主題歌】 B’z 「イルミネーション」

【語り】 リリー・フランキー

【音楽】 堤博明

【出演】 橋本環奈 仲里依紗 佐野勇斗 麻生久美子 宮崎美子 北村有起哉 松平健 ほか

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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