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国民年金の立て直しは厚生年金の流用などではなく全額税方式で行われるべき

島澤諭関東学院大学経済学部教授
図はイメージです(提供:イメージマート)

日本経済新聞の記事「国民年金「5万円台」維持へ 厚労省、厚生年金で穴埋め」(日本経済新聞、2022年9月28日 2:00 (2022年9月28日 5:46更新))に対して、SNS上では批判が高まっています。

一体なぜ厚生労働省は厚生年金の流用をしてまで国民年金の穴埋めをしようとしているのでしょうか。

空洞化する国民年金

国民皆年金・国民皆保険が成立した1961年から60年以上経ってあちこち傷んできた社会保障制度の中でも特に綻びが目立つのが国民年金制度です。

国民年金加入者のうち、厚生年金(や旧共済年金)に属していない者を第一号被保険者と呼びます。主に、自営業者、農林漁業従事者等が対象なのですが、近年は非正規労働者も多く含まれています。本来、自営業者を対象とした国民年金と被用者を対象とした厚生年金との区分があいまいになってきているのです。

2020年3月末時点では、第一号被保険者 1238.4万人のうち、保険料の納付者605万人、全額免除者206.2万人、学生納付特例者177.9万人、納付猶予者56.1万人、一号期間滞納者(24カ月以上の保険料を滞納している者)は193.1万人となっています。さらに、制度未加入者が8.8万人います 。

つまり、第一号被保険者として保険料を納付すべき者のうち、保険料を実際に納付しているのは全体の48.9%に過ぎず、残りの51.1%が何らかの形での「未納」者となっています。しかも、滞納者のうちの76%は、国民年金保険料を納付しない理由について、「保険料が高く、経済的に支払うのが困難」としています。

このように、支え手から見た国民年金の空洞化は深刻です。

話は変わりますが、みなさんは「100年安心プラン」を覚えているでしょうか。

実は、今回の騒動の元をたどれば、2004年の公的年金制度改革、いわゆる「100年安心プラン」にまで遡ることができます。「100年安心プラン」では、世界史上稀にみる日本の少子化、高齢化の進行に対応するため、公的年金制度のコペルニクス的大転換が実施されました。

それまでの公的年金制度では、お年寄りが受け取る年金額は、賃金や物価の伸びに合わせて増え、その増えた分だけ現役世代に多く負担してもらう仕組みでした。こうした仕組みは現役世代が右肩上がりに増えている時代には合理的でした。なぜなら、お年寄りに配る年金が増えてもそれ以上に負担する現役世代が増えるのなら、お年寄りの貰える年金額が増え、しかも現役世代の負担は軽くなるWin-Winの関係にあったからです。

でも、現役世代が減りお年寄りが増え続ける時代は違います。お年寄りの年金が増えると現役世代の負担がどんどん重くなります。この仕組みを維持したままにすれば、現役世代の負担が重くなりすぎて、いずれは公的年金制度を支える肝心要の基盤である現役世代の生活が破壊されてしまいかねません。負担できる人がいなくなれば給付はできません。年金制度は崩壊です。そうなれば、現役世代もお年寄りも共倒れになってしまいます。

そうならないようにするために、おおむね今後100年間の年金財政の収支動向をにらみながら、現役世代が年金制度を支える力や日本人の平均余命の延びに応じて年金額を減らす仕組み「マクロ経済スライド」が導入されたのです。

マクロ経済スライドは年金給付額を削減することで、年金制度の安定性を確保するもので、わたしたちが貰う年金の安定性を確保するものではありません。

現在、国民年金は、モデル年金額では64,816円なのですが、現実には、納付期間が40年に満たない者も多く、平均受給額は56,358円となっています。

スケジュール通りマクロ経済スライドが国民年金に適用されるとすれば、厚生労働省「2019(令和元)年財政検証の結果について<経済:ケースⅥ人口:中位>」によれば、2019年では夫婦で13万円(モデル年金)だったものが、給付額の削減が続き2040年には同11.8万円、2052年では同11.1万円(一人5.6万円)にまで減少してしまうのです。100年安心プランでは所得代替率50%が維持される約束なのですが、国民年金だけでは20%台でしかないのです。

しかも、実際には先の日経さんの記事にもある通りマクロ経済スライドの適用停止を繰り返して膨らんでしまった給付額を削減する必要もありますから、5万円台を維持するのは普通にやっていれば不可能だともいえます。

このように、貰い手から見ても国民年金の空洞化は深刻です。

生活保護に流れる困窮高齢者

モデル年金ではなく実態で見た夫婦二人の年金額は、ともに国民年金だけであるとすれば、単純に2倍した112,716円でしかありません。一方、生活保護費は、年齢、家族構成、健康状態、居住地などによって支給される金額が異なるものの、例えば、65歳の高齢単身者の場合、東京都区部等大都市(1級地-1)に居住する者は月額130,580円、地方郡部等非大都市(3級地-2)に居住する者は101,640円です。夫婦ともに65歳の場合は、順に183,916円、149,249円となる計算です。

こうして国民年金では生活できないお年寄りは生活保護に流れることになります。

生活保護の財源は税金(消費税)ですから、結局困窮高齢者の負担は主に現役世代が面倒を見ているのです。

このように考えれば、厚生年金保険を流用して国民年金を守るのも、国民年金の空洞化を放置して生活保護で対応するのも、実体は違わないことが理解できるでしょう。もちろん、厚生年金の流用は専ら現役世代の負担であるのに対して、生活保護の場合は一部高齢者の負担もありますが、大勢には違いはありません。

国民年金の全額税負担化を実現せよ

したがって、国民年金の空洞化/破綻を避けようと思えば、生活保護の活用や厚生年金の流用などという弥縫策に頼るのではなく、1977年12月19日に当時の福田赳夫総理あてに大河内一男社会保障制度審議会長が提出した「皆年金下の新年金体系」と題する建議に立ち返って、国民年金を全額税負担で賄うのが実態にも即しており適切だと筆者は考えます。

そもそも、第一次石油ショック直後とはいえ、いまだ安定成長期にあった時代にすでに国民年金の危機が認識されていて、それが紆余曲折(旧厚生省の猛烈な巻き返し)があって現在の基礎年金に落ち着いたわけですが、見事に失敗しているのです。

さて、国民年金の全額税方式について、読者の皆さんはどう思うでしょうか?

関東学院大学経済学部教授

富山県魚津市生まれ。東京大学経済学部卒業後、経済企画庁(現内閣府)、秋田大学准教授等を経て現在に至る。日本の経済・財政、世代間格差、シルバー・デモクラシー、人口動態に関する分析が専門。新聞・テレビ・雑誌・ネットなど各種メディアへの取材協力多数。Pokémon WCS2010 Akita Champion。著書に『教養としての財政問題』(ウェッジ)、『若者は、日本を脱出するしかないのか?』(ビジネス教育出版社)、『年金「最終警告」』(講談社現代新書)、『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)、『孫は祖父より1億円損をする』(朝日新聞出版社)。記事の内容等は全て個人の見解です。

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