サービスの転換期が分かる「Webサイエンス」が盛り上がる理由
2015年3月6日(金)に学会『インタラクション2015』の昼食休憩時間を使って、女性研究者が集まるランチ会、『Women’s Luncheon』を企画・開催しました。
女性のキャリアデザインや家庭と研究との両立についてなど、幅広い意見交換が行える場として企画し、今年で3回目の開催になりました。
今年はゲストに、筑波大学の岡瑞起さんと株式会社クリスメラの菊永英里さんのお2人をお呼びして、トークをしていただきました。その模様を、2回にわけてお届けしたいと思います。
最初にご紹介するのは岡瑞起さんです。
「2008年に博士課程を卒業して、その後5年間東京大学でポスドク(博士研究員)を経て今の職に就きました。修士課程に入ってから10年くらい経ちました。学部が工学部だったので、4年生から修士課程に進学する時はそんなに迷わなかったのですが、博士課程に進学する時には結構迷いました」と最初のキャリアについて語っていました。
研究を続けよう、ドクターに進学しよう、と思ったきっかけがいくつかあったそうなので、そんなきっかけについてご紹介していただきました。
アカデミアに進むきっかけに2人の先輩との出会い
「最初に入った研究室は、オペレーティングシステムとシステムソフトウエアという、いわゆるプログラムに自信のあるハッカーが集まる研究室でした。そんなにプログラムが得意ではなかった私が腕利きがたくさんいるような研究室に間違えて入ってしまいまして(笑)」
そんな時、博士課程の学生とポスドクのチームに入り、一緒に研究をすることになったそう。「先生が心配に思ったのでしょうね。君はこの2人と一緒にやりなさい、と」と当時の話をしてくださった岡さん。
初めて論文の予稿を書いた際、「とりあえず書いてみて」と言われて書いたところ、ポスドクの先輩が真っ赤にして返してくださったそう。
「今思えばこの予稿、全国大会か何かの予稿で無査読の2ページ原稿だったんです。言い方は悪いかもしれないですが、どうでもいいと言えばどうでもいいもの。なのに、先輩は真っ赤にして返してくださった。しかもメールで、『少しきついことをここに書いてあるかもしれませんが、これはあなたの研究と今後のためを思って、キツイことを言っています。それは汲んで読んでください』という前置きもあって」
ものすごく直してくださっている原稿を受け取り、それに感動したという岡さん。原稿の内容は、コンピュータの中のシステムコールをフックしてどうやってそのプログラムのバグを見つけるか、というようなものすごくコアな研究だったそうですが、修士課程でお会いした2人の研究者がきっかけで、博士進学を迷うようになったそうです。
そして再度、岡さんは先輩方に相談をしたそうです。
「ドクターに進学するかどうか迷っている」と相談すると、「迷っているのはそもそもどうかと思う」とも言われたようです(笑)。ですが、「迷っているのだったら、修士のうちに頑張って、学振(日本学術振興会)にとりあえず出してみたら?受かったら行けばいいんじゃない?」と勧められたとのこと。
そして、いろいろと教えていただきながら、出してみたら通ったため、博士課程に進学することに決定しました。
研究テーマを追い求めて企業のインターンへ
それまでの研究テーマがかなりコンピュータサイエンスの低レイヤを扱っていたので、アプリケーションに近いもっと高レイヤの研究をやってみたいな、と思っていたという岡さん。
「当時は検索エンジンが流行ってきて、Webの研究がちょうど始まったころだったんですね。自分でデータをダウンロードしてきて解析したりもしていたのですが、『こういう研究やっている人たちいないかな』と思っていたところに、Googleが日本にオフィスを作りに来まして」
「Googleという会社があるので、興味のある人はインターンに来ないか、と言われ、『あ、WebといえばGoogleだ!』と。ここでお会いして、インターンに応募したら、運良く採っていただきました」
こうして岡さんは、初めて日本からGoogleにインターンに行った4人のうちの1人になりました。その後2か月間アメリカにいってGoogleでインターンをした。そこには世界のトップ研究者、技術者、学生が集まっていました。
「大学にいた時は、企業ではもっと進んだことをしているのかな?と思っていました。だから大学でWebのことを研究する意味は何だろう?と懐疑的でした。けれど、行ってみたら最先端の現場でも、State-of-the-artをきちんと実装しているような状況でした。
State-of-the-artは、研究の世界でいわゆる古典的な手法。いろんな人たちがテストして、必ず使える方法であって、技術的には3年とか5年とか前のものでした。が、それをきちんと商品に使えるくらいの精度で実装している、と。
現在はグーグルのラボも充実しているので状況が異なるかもしれませんが、サービスを提供する現場では、研究的な要素はそれほど多くありませんでした」
インターンでさまざまなことを学んだ岡さんは、
- アカデミアにいると、「Webの研究をリードしているのは会社の方だ」と見えるかもしれないけれど、まだ大学でもやれることがある。
- そこそこのプログラミング能力では、エンジニアとしてやっていくのが難しそうと感じた。
- ただ、みんなが使うサービスを作るというすごくエキサイティングなところに刺激を受けたため、Webの研究を続けるからには、「外」にサービスを出すところに携わりたい。
などを思いながら帰ってきたそうです。
研究の世界とサービスの世界の2本立てで
その後、岡さんは東大にポスドクとして行くことになるのですが、そのきっかけになったのが、現在東京大学で人工知能の研究をされている松尾豊准教授との出会い。たまたまスタンフォードに2年間研修にきていらっしゃった時に米国で会ったことがあったそうですが、岡さんも帰国した後に改めて会いに行ったそうです。
「ちょうど、機械学習の方法を使って、Webから情報を抽出してサービスにしようと思っているので、もしよかったら参加してもらえないか、と誘われました」
そのサービスが、あのひと検索『SPYSEE(スパイシー)』です。
「2008年に出た時にはけっこう話題になりまして。SPYSEEは、おそらくこういったWeb系の研究成果がサービスに落ちた初めての例だったのではないかな、と思います」
岡さんは、SPYSEEのような「外に出す活動」をするサービスの世界の他に、研究の世界という2つの路線で活動をしています。
研究の世界でも松尾氏との縁で東大にポスドクとして行くことになるのですが、行ったところが「知の構造化センター」という、当時東大総長であった小宮山宏先生が作られた5年間プロジェクトの研究センターでした。
「そこで与えられたお題が、研究センターならではというか、『デザインに関する知の構造化をせよ』というもので。これは1人ではできない!どうしようかなと思い、周りの方に助けてくださいとお声がけしたら、空間デザイナーの人が手を挙げてくださったんです。その方と一緒に『pingpong(ピンポン)』という空間のデザインを考えるワークショップを中心とした研究プロジェクトを立ち上げました」
専門がWebマイニングだったため、「位置情報付きの大量の情報をどうやって空間のデザインに変換できるか」ということにつなげて、いろんなデータを収集して可視化したりしたそうです。
「プロジェクトを推進していると、建築家やデザイナーの方から、なぜか次々に声がかかって」
そういった形でいろんなエキシビションをしたり、美大からデザインワークショップを開催して欲しい、と依頼が届き始めました。例えば多摩美では、学生たちがデータを基に「図書館のあまりよく使われていないスペースをどのように活用できるか考える」といたワークショップをしたそうです。
「こういった研究は、データの集め方や分析の仕方が難しい分野で、論文にはならないけれども、外に出していく活動をたくさんできました。また、ワークショップを通じて、社会とのつながりがどんどん広がっていきました。これが東大にいた5年間でしたね」
研究者としてやっていくためには、特に若手の時は論文を書かなければなりません。それゆえ、実際にワークショップをやっている時には、時間と労力が取られるので論文が書けないとけっこう悩んだと言います。
「でも今思うと、今日のこの講演で『さまざまな活動をしてきていることを話してください』と依頼が来たように、社会の方々は違った目線で評価してくださっていたのかな、と思います。その時は大変だったけど、それは大きな発見でした」
これからはWebマイニングではなく、Webサイエンス!
これまではWebマイニングという世界でWebから情報を抽出してどのようにユーザに提供することで価値を出すか、というところに焦点を置いた研究をしていた岡さんだが、最近では「Webサイエンス」という分野の研究をしていると言います。
「Webって、昔は一部の人が使う小さいものだったのですけど、今ではそれがインフラになり、ものすごく巨大で複雑な人工物になっています。そうなると、Web自体が自然現象として扱えるのではないか、と」
何だか複雑な話ですが、例えば、物理学者が液体や気体、熱エネルギーといった物理現象がどういうメカニズムで動いているかを解き明かして説明するようなもの。Webも同じように自然現象としてとらえましょう、という話なのだそうです。
つまり、岡さんはエンジニアリングではなくて、サイエンスとしてWebを扱いたい、と。
「これはWebサイエンスといって、Webの父と呼ばれているティム・バーナーズ・リーが2006年に提唱した分野です。立ち上がった当初はそれほど注目されていなかったのですが、2年程前から、WWW(World Wide Web)という国際会議でもセッションが作られたり、Journal of Web science という論文誌が去年できたりなど、盛り上がってきている分野です。日本でもWebサイエンスの分野を盛り上げていこうとしていて、人工知能学会でWebサイエンス研究会を立ち上げようとしています」
Webを自然現象としてとらえた時、どのような進化パターンで成長しているのか、その成長に限界はあるのかとか、また、サービスによってどう違うのかとか、といったことを研究する分野になります。
「Webサービスって例えば、『Twitter』のようにサービスが立ち上がった当初は全然流行らなかったものでも、いくつかのきっかけで転換期を何度か迎え、大きなサービスに成長していきます。そういった転換期はどのように訪れ、その時にどのようなことが起こるのか。また、それらが分かることによって、人間が外から何か刺激を与えることによって変化を起こすことができるのか、などを研究しています」
地球では起こらないけれども、Webだけで起きている新しい現象は果たしてあるのか? そして、それがもし分かったとしたら、今まで見たことのない、新たなサービスは出てくるのか? こういった分野が今熱いようです。
(この記事はエンジニアtype 『五十嵐悠紀のほのぼの研究生活』からの転載です。)