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なぜ「梅毒」は急に増えているのか #専門家のまとめ

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 性感染症の一つ、梅毒の感染者が増えています。特にこの10年ほどで急増し、2010年度に比べて2022年度の患者数は約20倍になりました。クラミジアや淋病などの性感染症が増えていますが、梅毒の発生数は他の性感染症よりも多い割合で増加しています。では、なぜ梅毒が増えているのでしょうか。

ココがポイント

▼全国各地で感染者数が増えているという報道

県内の梅毒感染者 速報値で78人 統計開始以降で最多(NHK)

▼若い女性で感染が増えているため、先天梅毒の危険性も

急増する「梅毒」 母子感染のリスクがある妊娠中の症例を調査 前年の1.4倍に増加(国立感染症研究所)(保健指導リソースガイド)

▼早期発見、早期治療の重要性を喚起

熊本県の梅毒患者、今年の累計100人に 感染症情報(熊本日日新聞)

エキスパートの補足・見解

 梅毒の病原体は梅毒トレポネーマという細菌で、主に性的な身体的接触感染と妊娠中と後の母子感染による性感染症です。2010年代から梅毒は世界的に流行期に入ったとされ、特に途上国で感染者が増えています。

 日本では1920年前後と1967年前後に流行期があったため、40年から50年の周期で流行すると考えられてきました。梅毒の届出数(人口100万人あたり)でいうと、日本では東北地方北部の各県でやや低いものの、全国的に増えています。

2012年前後から梅毒の届出数(黒の折れ線グラフ)が増えていることがわかります。国立感染症研究所、感染症発生動向調査における梅毒届出数および病型別割合の推移、2000〜2023年より
2012年前後から梅毒の届出数(黒の折れ線グラフ)が増えていることがわかります。国立感染症研究所、感染症発生動向調査における梅毒届出数および病型別割合の推移、2000〜2023年より

 日本の梅毒の届出状況から年齢別にみた場合、男性では20代以降、年齢的に大きな変化はありませんが、女性では特に20代の若い女性で届出数が多くなっています。そのため、母子感染による子の先天梅毒の症例数も2000年代から倍以上に増えてきています。

男女別の届出数(2024年4月3日まで)。女性では特に20代で多いのがわかります。国立感染症研究所、感染症発生動向調査で届け出られた梅毒の概況より
男女別の届出数(2024年4月3日まで)。女性では特に20代で多いのがわかります。国立感染症研究所、感染症発生動向調査で届け出られた梅毒の概況より

 梅毒が日本を含め、世界的に感染が広がっている理由はいろいろありますが、筆者は大きく3つの理由が挙げられると思います。

 1つ目は、スマートフォンの普及です。ガラケー時代の「出会い系」からスマホ時代の「パパ活」やSNSに変わり、アプリによる男女の年代を超えた性交渉のハードルと若年女性が利用する心理的なハードルがそれぞれ低くなったことがあるでしょう。不特定多数との性交渉の頻度が増えれば、梅毒に感染するリスクも高くなります。

 2つ目は、LGBTQ運動などによる性の多様化で、それまで男性同士の性交渉による感染が多かった梅毒が(※1)、性別のハードルを超えて感染を広げていることが考えられます。2000年代まで男性に多い性感染症とされていた梅毒が、女性に広がってきている背景には性の多様化もあるのではないでしょうか。

 3つ目は、ピル(経口避妊薬)使用のハードルが低くなったこと、HIVエイズ治療の進化によるコンドームの非装着に対する心理的ハードルの軽減です。オンライン診療でもピルを購入できるようになり、病院に行かずにピルを使うことができるようになっていますし、とても危険ですがネット通販でもピルの入手が可能です(※2)。

 こうしたいくつかのハードルが低くなった結果、新型コロナ・パンデミックの影響、未婚率の増加、性風俗産業の多様化、相対的貧困化による若年女性の性風俗産業への就労圧力、グローバル化とインバウンド政策、などもあり、梅毒などの性感染症が増えているのではないかと筆者は考えています。

 強調したいのは、携帯端末にせよ、性的な多様性にせよ、ピル使用にせよ、HIVエイズ治療にせよ、いずれも技術や医薬が発展し、人々の人権意識が高まったからであり、当然ながらどれもネガティブなことではありません。ただ、こうした進歩や変化により、梅毒の感染拡大といった負の側面が起きることもあるということです。

 梅毒の感染周期についてはまだよくわかっていませんが、梅毒などの性感染症予防のためには、小中高校での性教育、コンドームの装着などの基本的な感染対策が重要です。また、治療は薬剤(ペニシリンなど)が有効であり、母子感染には検診による妊娠初期のスクリーニングと薬剤による早期の適切な治療が効果的です(※3)。

※1:川名敬、「梅毒合併妊婦と先天梅毒児の診断・治療のup-to-date」、日本周産期・新生児医学会雑誌、第59巻、第4号、2024
※2:低用量ピルやアフターピルは、医療機関を対面で受診して処方してもらうのがベストです。生理不順、避妊などの目的に応じ、医師が適切なピルを処方します。
※3:Serena Salome, et al., "Congenital Syphilis: A Re-Emerging but Preventable Infection" pathogens, Vol.13(6), 481, 6, June, 2024

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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