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振れ幅が醍醐味、宝塚歌劇雪組公演の二本立て『夢介千両みやげ』と『Sensational!』

中本千晶演劇ジャーナリスト
画像制作:Yahoo! JAPAN

◆「日本物の雪組」が本領発揮した『夢介千両みやげ』

 予定より4日遅れて初日の幕を開けた雪組公演『夢介千両みやげ』が、とにかく楽しい。彩風咲奈演じる夢介はトップスターらしからぬキャラクターが新鮮だ。しかし、これは後に彩風の「印象に残る役」の一つとして挙げられるようになるのではないだろうか。

 小田原の庄屋の息子である夢介が、親からもらった千両を使って、江戸で道楽修行をするという話である。まるで「牛のよう」と言われる夢介は常にのんびりマイペースで、江戸に来てからも訛りが抜けない。本当は力持ちだが決して暴力は使わず、トラブルに巻き込まれて困っている人を見れば、お金で解決して助けてしまう。それで千両がどんどん消えていくわけだが、「これも道楽修行、いいものを見せてもらった」と気にも留めない。

 そんな夢介の振る舞いに影響を受け、周囲の人たちも次第に変わっていく。典型的なヒーローが登場して派手に悪人が成敗されるわけではないが、不思議にスカッとして、じわりと心温まる物語である。

 原作は『桃太郎侍』で知られる山手樹一郎が1947年から連載開始したという小説だ。原作を読むと、どの登場人物も配役がぴったりで、原作自体がすでに当て書きのようであることに驚いた。文庫版にして厚さ3.5センチあるが、うまくまとめて原作に忠実に話を進めつつ、緊迫感のある大詰めが準備されている。

 「牛のようだ」と称されるのに、夢介は不思議とモテる。もとは夢介のふところを狙っていたはずが、そのおおらかさと優しさにほだされ押しかけ女房となるのが、トップ娘役・朝月希和が演じるお銀である。名うての女スリとしての顔から、夢介を一途に想う女性としての顔まで、多彩な表情を見せるお銀は、娘役として様々な役でキャリアを重ねてきた朝月にはぴったりの役だ。

 お銀だけではない、娘手品師の春駒太夫(愛すみれ)、芸者の浜次(妃華ゆきの)、小唄の師匠・お滝(希良々うみ)など、夢介の周りをイイ女たちが取り巻く。芸達者な娘役がそろう雪組ならではの作品とも言える。蕎麦屋の娘・お糸(夢白あや)は、原作の主要登場人物であるお米を重ねたキャラクターである。

 伊勢屋の御曹司・総太郎を演じる朝美絢も、どうしようもない放蕩息子役で新境地を見せている。「何せこの顔、この器量。モテて、モテて、しょうがない」と自分で言ってしまう男だが、これを朝美が歌うと妙に説得力があるのが問題といえば問題だ。そんな彼も、夢介との関わりや、彼に想いを寄せるお松(野々花ひまり)の健気さによって変わっていく。

 宙組から組み替えしてきた和希そらが演じるのは、スリの三太。これも原作を読んだ時にまるで当て書きのようだと思った役の一つだ。背伸びしているが大人になり切れていない少年の、生意気ぶりの奥に潜む優しさの表現がさりげない。

 原作では食えない悪党として夢介らに立ちはだかる、一つ目の御前(真那春人)一味も、タカラヅカでは妙に愛嬌のある姿で登場する。手下の一人である悪七には原作にはないドラマが加味されており、この公演で退団する綾凰華が人情味たっぷりに演じてみせている。

 原作には登場しないキャラクターである金さん(縣千)の活躍ぶりは、見てのお楽しみだ。南町奉行所の老同心・市村忠兵衛(桜路薫)が一連の顛末を見守り、大詰めにつなげてゆく役どころで存在感を示していた。

 作・演出の石田昌也いわく「明るい時代劇を」との打診に応えて、この小説を舞台化しようと思ったのだという(プログラムより)。だが、いかにもタカラヅカらしい華やかさがあるわけでもなく、話題性がある作品でもない。そんな作品を掘り起こしてきて、彩風率いる雪組でやろうという発想、時流に全くおもねることのない決断には恐れ入る。

 軍服でも黒燕尾でもない、三度笠に股旅姿の男役たちが勢ぞろいする幕開きからして、タカラヅカの広すぎる守備範囲を思い知らされる。随所に織り込まれる踊りも、着物の着こなしや所作もこなれており、まさに「日本物の雪組」が本領発揮した作品でもあったと思う。

◆二本立ての醍醐味を『Sensational!』に感じる

 これが後半のショー『Sensational!』(作・演出/中村 一徳)では一転して、「牛のよう」と言われていた彩風咲奈が、不甲斐ない遊び人だった朝美絢が、別人のような煌めきで登場し、スタイリッシュに歌い踊る。この落差こそが、タカラヅカの二本立ての醍醐味である。

 さらに、和希そらの加入で雪組のショーはいちだんとパワーアップしたように感じられた。小柄な印象が強かった宙組時代とうって変わって、香り立つ大人の色気が雪組のショーに新たな彩りを加えているようだ。

 とにかく人の使い方が上手いショーである。「ここはやっぱりこの人だよね」という頷きと「ここでこの人の活躍が見られるなんて」という喜び、そして「ここにこの人が来たか!」という驚きとが、場面ごとに目まぐるしく襲ってくる。その意味でもセンセーショナルな一作だ。

 プロローグは、男役の腕まくりに娘役のショートパンツで新鮮に幕を開ける。続く第2章と第3章は、熱いラテンのビートからジャズへの転換が見どころだ。2章「アフリカン」の場面を熱く引っ張る縣千も、野々花ひまりを中心とした娘役たちによるチャーミングなフラミンゴも、第3章「ニューヨーク」で洗練されていくさまが面白い。

 第4章「Sensational Love」は、朝美絢を中心に見せるドラマチックな場面で、久城あす率いる「黒い風」の存在が印象的だ。

 第5章「風神」は、諏訪さきの躍動感あるソロから始まる。銀橋には一禾あお・聖海由侑・壮海はるま、そして音彩唯・紀城ゆりや・華世京と、気になる若手スターが続々と登場するかと思えば、真那春人・妃華ゆきのという上級生コンビも歌い、変化に富んでいる。そして中詰の盛り上がりを締めくくるのが、この公演で退団する綾凰華のソロだ。綾自身が作詞も手がけたという歌詞から想いが伝わってくる。

 第6章「Sensational Plasma Aurora」は、太陽から放出されたプラズマからオーロラが生まれる様を描いた、このショーのクライマックスともいえる場面だ。和希そらを中心としたダンスは、プラズマの輝きを体現したかのよう。これがオーロラたちの群舞へと引き継がれ、最後には愛すみれのソロに合わせ、プラズマ・和希とオーロラ・彩風が踊る。

 フィナーレも盛りだくさんな構成だ。希良々うみ・羽織夕夏・眞ノ宮るい・星加梨杏という、同期の4人が銀橋に登場するのが楽しい。ロケットでソロを歌うのは琴峰紗あら。トップコンビによるデュエットダンスは大人びた雰囲気で、カゲコーラスを担当するのは聖海由侑、愛陽みちの2人だ。そしてエトワールは有栖妃華。パレードで彩風らが背負う羽根に、雪組カラーと言われるグリーンが使われているのが心憎い。

 タカラヅカの座付演出家は息の長い仕事である。ヒットを打ち続けるのは大変なことだと思う。才気を感じさせる新進作家の登場も喜ばしいけれど、ベテランの座付作家が作風を更新し続け、新基軸を打ち立てていくのも頼もしいことだ。今回の二本立てを観て、改めてそう感じた。

演劇ジャーナリスト

日本の舞台芸術を広い視野でとらえていきたい。ここでは元気と勇気をくれる舞台から、刺激的なスパイスのような作品まで、さまざまな舞台の魅力をお伝えしていきます。専門である宝塚歌劇については重点的に取り上げます。 ※公演評は観劇後の方にも楽しんで読んでもらえるよう書いているので、ネタバレを含む場合があります。

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