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和製ソロスが解説した人民元切り下げの真相・深層とは

木村正人在英国際ジャーナリスト

中国経済は崩壊に向かっているのか、それとも米ドルの独歩高に対する調整に過ぎないのか。日本経済への影響は。債券のヘッジファンドでは世界最大級の資産運用会社「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の共同創業者、浅井将雄さんは中国の人民元切り下げをどうみるのか、インタビューした。

右が浅井さん、左が筆者
右が浅井さん、左が筆者

――中国の中央銀行に当たる中国人民銀行が3日連続で人民元を切り下げました。対ドルで一時、約4.5%下がりました。米ドルにペッグ(固定)できなくなったのでしょうか

「肝心なのは、人民元と対ドルレートの基準値の算出方法を変更したと中国人民銀行が強調していることです。中国は2005年から為替改革に取り組み、基準値を設定しました。基準値は市場を誘導したり、相場安定維持に重要な役割を果たしたりしてきました」

「しかし、基準値と実際に取引されている市場レートの間に3~4%の乖離ができていました。この状態がずっと続いてきたので、この乖離を解消することが非常に重要になってきました。この乖離を解消しておかないと、中国が使っている基準値に対するわれわれ市場参加者の信頼性が低下するということが起き始めていました」

「今回、基準値が人民元高になっていたので、この3%の乖離を解消させるために市場レートと基準値を一致させるという動きをして、市場レートに沿うような形で基準値を変更しました」

――乖離を解消するためだけだったのでしょうか

「もう一方で、今、国際通貨基金(IMF)が特別引出権(SDR)について通貨構成の見直しをして、中国の人民元を入れるかどうか議論されています。今のように基準値と市場値が違うような状況では、IMFの議論の中にうまく乗ってきません。市場値と基準値を一致させるような動きが必要だと判断したと私は考えています」

――中国では景気の減速が言われていました

「実際に、中国の輸出が非常に悪化しているのは事実で7月の輸出も前年同月比から8~10%減っています。だいたい、どの月もそんな感じです。卸売物価指数、生産者サイドの物価指数ですが、41カ月連続で下落しています」

「中国の製造業がデフレに陥っていて、人民元高では供給過剰という状況が鮮明になっていました。人民元切り下げの理由の一つとして中国の輸出に対する若干のサポートをするためということもあると思います」

「ここ最近、金融緩和をどんどんおこなって、景気の下支え、株価の下支えをしています。それによって人民元の通貨供給量がドーンと増えました。通貨供給量が1年ベースで13%も増えてきています」

「国内に人民元が非常に余っている状況があるので、人民元安に働くマグマが中国サイドにもあったということになります。卸売物価指数がデフレになっているということで生産供給が過剰になっているのは間違いありません」

「為替レートによって、供給過剰という中国の成長問題を解決する側面があるのは間違いないと思います。もともと7月というのは金融統計上、新規融資事業がほとんどないシーズンですが、新規融資事業とマネーサプライがすごく大きくなっています」

「中国人民銀行としては金融緩和措置を続けていくために、人民元安圧力が非常に強くなっているので、そのガス抜きに使っているのも事実だと思います。これをもって成長戦略のための通貨安に踏み切ったとする向きでは私はありません」

「通貨競争をしようとすると3%とか5%程度ではだめです。たとえば日本では対ドルで80円台から120円台にしたように30%もの通貨安にしました。中国が巨大な経常黒字を抱えて通貨安競争に参加したというふうに思うのは多分間違った方向です」

「今では3~4%程度の調整が行われました。あとよくあって7%、トータルで10%もの人民元安に持っていくかというと、いきなり持っていくことはなく、やったとしても相当時間をかけると思います」

「特に米国の利上げ観測が続いている中、主要通貨に対して人民元高が進んでいました。米ドル以外の主要通貨に対して競争力を失った人民元を少し安めに設定していくという公算はあると思います」

――10%の人民元切り下げというのは想定シナリオの一つでしょうか

「極端に言うと人民元を10%切り下げても、どのぐらい経済効果があるかというと国内総生産(GDP)における効果は0.4%ぐらいです。中国が目標とする経済成長率は7%。通貨を10%切り下げて0.4%の経済成長を押し上げるということだけではあまりインパクトはありません」

「輸出の押し上げというのも3.5%ぐらいです。中国自身はこれによって巨大な人民元安に誘導していこうとしているわけではありません。ただアジャストメントとして、主要国通貨に対して強くなっていた人民元を安くする。IMFの特別引出権の見直しもあります」

「さらに習近平国家主席の訪米前ですから、中国経済のインパクトを見せておくという政治的駆け引きも十分入っていると思います」

――IMFの特別引出権の議論はどうなっていきますか

「焦点は中国を受け入れるかどうかだけです。人民元を特別引出権の構成通貨に入れていくということは中国のIMFの中でのコミットメントが増えていくわけです。米国としてはどこまで許容していくかという問題だと思います」

「最終的に許容しないともう無理です。中国は世界第2の経済大国です。どの段階で許容するか。それには通貨が市場で取引されているという条件があるので、市場値と基準値が違ったということは、中国にとって数%の為替調整をさせるには良い理由を与えています。だからこのタイミングだったと思います。タイミングは突然というより、今だったのだと思います」

――人民元の切り下げによる影響をどう見ますか。新興国の通貨切り下げに広がりますか

「1997年のアジア通貨危機で新興国がドルにペッグしていたように、今回は人民元がドルにペッグしています。しかし、アジア通貨危機にみられたような通貨ペッグの放棄ということにはまったくつながらないと思います。中国は外貨準備を持ち、これだけの経済大国になり、米国に抗するだけの力を持っています」

「その中で通貨安にグローバルに仕掛けていくメリットはないと私は思います。大規模な経済支援のための戦略的な通貨切り下げというような見方に大きく与する状況ではありません。日本の場合は20%、30%と大きく通貨安を誘導する作業をしました。中国は今回よくやって10%だと思います」

「日本が通貨を30%下げたことで、日本のGDPはドルベースで30%縮小しました。20%通貨を減価するというのはGDPもドルベースで20%縮んでしまいます。日本の経験を踏まえて通貨安競争をしたときに、中国が世界第2の経済大国の地位を失うような通貨減価を望んでいるわけではありません」

――アジアインフラ投資銀行(AIIB)の計画はどうなりますか

「中国は一層コミットしていくと思います。世界銀行に対してもIMFに対しても経済実力に見合ったコントリビューション(貢献)をしていくので、それに見合った発言権を下さいと中国は主張しています」

「発言権というのは出資比率なので、今はすべて米国が大きいですが、それに準ずる地位をもらっても良いのではないかというのが中国のロジックです。それを認めないのでAIIBを作ったということです」

――習近平国家主席、李克強首相の政治・経済改革はうまく行っているのでしょうか

「7%の成長にはとても追いつきません。中国が7%の経済成長を実現するのは今の環境下では難しい。経済政策がどのぐらい重要なのかは議論が分かれるところがあります。彼らが政治的に成功しているかと言えば、大物に対して次々と強硬な腐敗防止という形で処罰しています。政治的には成功していますが、経済的に成功しているかは微妙です」

「彼らにとって政治と経済では政治の方に重点が置かれているので、今の習近平体制は中国を徐々に掌握していっていると思います。今年7%の経済成長を実現できるかと言えば、今の実態ベースではそれを大きく下回る数字になりそうです。でも、それで中国政府が揺らいだということではないと思います」

――中国の成長率を予測すると

「ここ3年は分かりませんが、この3年というのは結構ボラタイル(不安定)だと思います。3年後の中国の潜在成長率が7%から5%、4%に下がってくると思います。それが今年なのか来年なのか再来年なのか分かりませんが、5%から4%に下がると思います」

「中国の経済成長率が2%下がるということは、世界経済の成長率が0.4%から0.5%下がる。世界経済の潜在成長率は3.5%なので、これが0.5%押し下げられて3%ぐらいになるということは想像にしかるべきだと思います」

――中国の利下げによる影響をどう見ますか

「理財商品に限らず、高利回りを求めたカネがどこかに行っています。今年、中国の株がものすごく上がって、大きく落ちました。余った大量の資金が短期間にどこかに集中する局面、これもバブルの1つです」

「理財商品が不良債権になったり、暴騰した中国の株式が急に下がったり、金融資産の膨張によるひずみから大きな景気減速につながる可能性が非常に大きくなってきました」

「理財商品か、株式か、不動産の暴落かもしれません。理財商品の可能性が一番高いと思いますが、その時、株が非常に高ければ株からくるかも分かりません」

「7%の経済成長をターゲットにしておきながら、運用のベースとなる預金サイドの政策金利が2%しかないわけです。経済の成長と富の膨張を生むので、それが運用資産に回って運用し切れなくなったり、ロスになったりした時、経済の大きな収縮を招いた中国はコントロール可能な範囲とは思いません」

――人民元切り下げの日本経済への影響は

「人民元安政策が対ドルで10%になった時、日本にどういう影響があるかというと、日本のGDPを約0.05%下げる程度です。同じようにデフレをまくので、デフレが0.1%程度進みます」

「来年も人民元が10%切り下がると、日本のGDPは0.25%下がります。デフレでは0.2%程度の消費者物価指数(CPI)のマイナスをもたらします」

「GDPの0.25%というのを限定的というかどうかはそれぞれの判断だと思います。市場参加者にとっては大きいし、国民生活への影響はそれほど大きくないでしょう。0.2%のデフレというのは経済全体では大きいです。日銀の政策に影響を及ぼします。が、国民生活には影響を及ぼしません」

――新国立競技場の騒動を見ていると、日本はあまり高いものを買えなくなってきたという印象を受けました

「新国立競技場と経済の話は違います。日本は高いものを買えます。なぜかというと日本の予算で組み込まれた90兆円以上もの総支出をしているわけです。世界で2番目の財政を放っているわけです」

「これでオカネがなくなったというのはおかしい。ギリシャの救済パッケージはたかが8兆円に過ぎないわけです。たかが60兆円しか収入しかない国で毎年90兆円も支出しているわけです」

「世界最大の大判振る舞いをしている国では、2800億円の新国立競技場も造れるわけです。もっととんでもないことにオカネを使っているということです。新国立競技場の騒動は政治ショーに過ぎません」

「無駄遣いは、90兆円以上も使っているのだから、あるに決まっています。だから、オカネが使えなくなったわけではありません。日本はオカネを使っています。どこに使っているのか、どこに使うべきかをきちんと見るべきです」

「経済財政諮問会議で日本の財政のあり方が議論されました。2020年にプライマリーバランス(基礎的財政収支)をゼロにするという目標を掲げるために大いなる成長戦略をそこに設定して、ありもしない財政の改善シナリオを世界に発信していくのは大きな問題があるのではないかと思います」

――日本の景気は良いのでしょうか

「安倍政権の支持率が下がってきました。いま景気もあまり芳しくなくなっています。記憶に新しい消費税上げの時、大きな景気のドロップがありました。2017年にもう一度、消費税を引き上げる時に、景気が再びドロップするはずです」

「この景気が大きくドロップしたときに、本当は財政が苦しくなるのですが、2017年の消費税上げの時ですら高い成長をうたっているわけです。プライマリーバランスの黒字化なんてできるはずがないのに、高成長をうたっているので、そういうひずみは必ずどこかで問題になります」

「財政の緊縮か、経済の成長かという目標を立てるときにやはり緊縮をベースにすべきだと思います。そうでなければ成長で目標を立てるというのは『とらぬ狸の皮算用』になりやすいと思います」

――欧州ではギリシャの問題が一段落つきました

「まだドイツとかフランスとか含めて正式合意の手続きを進めなければいけませんが、とりあえず欧州連合(EU)が融資を決定しました。内容はかなり厳しいものですが、2016年までにプライマリーバランスの黒字化を目指す。ギリシャに対してはドラスチックな改革を求めることになりました。厳しい内容です」

「もし日本にギリシャと同じようにIMFが乗り込んできて黒字化するということになると、単年度で約35兆円歳出をカットするということです。非常に厳しい内容だと思います。これが実行できるなんて、まともに思っているのだったら、かなり能天気な方だと思います」

「ギリシャの問題はまだ片付いていません。ギリシャが8兆円の融資を受けるにあたって、プライマリーバランスの黒字化が行われることを条件にしただけです。この条件が守られるかどうか市場は厳しい目で見る必要が出てきます。成長も期待できないので、どうやって歳出だけ削減していくのか大きな課題だと思います」

「欧州最大の問題はイタリアであって、供給過剰の最大はイタリアです。欧州中央銀行(ECB)による金融緩和で時間をかけながら少しずつ競争力を回復させていく以外に大きな転換はありません。抜本的な解決策がなくて、金融緩和という時間を稼ぐ手法を使いながら次の一手を待つということです」

――世界経済の見通しは

「中国の人民元切り下げが日本の実態経済に与える影響はさほどありません。米国は利上げできる状態になってきました。米国の雇用マーケットがリーマンショック以前のレベルに戻ってきています。世界経済として喜ばしいことだと思います」

(おわり)

浅井将雄(あさい・まさお)旧UFJ銀行出身。2003年、ロンドンに赴任、UFJ銀行現法で戦略トレーディング部長を経て、04年、東京三菱銀行とUFJ銀行が合併した際、同僚の中国系米国人ヤン・フー氏とともに14人を引き連れて独立。05年10月から「キャプラ・インベストメント・マネジメント」の運用を始める。米マサチューセッツ工科大やコロンビア大教授ら多くの博士号取得者が働く。ニューヨーク、東京、香港にも拠点を置く。日本子会社の取締役には「ミスター円」の愛称で知られる元財務官の榊原英資(さかきばら・えいすけ)氏、ノーベル経済学賞受賞者のマイケル・スペンス氏もアドバイザーの1人だ。債券系ヘッジファンドではロンドン最大級、ヘッジファンド預り資産でもロンドントップ5。旗艦ファンドのキャプラグローバルリラティヴバリューファンドでは運用開始以来、リーマンショック期も含め、全年度にてプラスを計上、平均年度収益も10%を超える。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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