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トルコのクルド人とは ークルド語テレビ放送は短時間のみ

小林恭子ジャーナリスト

欧州連合(EU)加盟をのぞむトルコ政府は、少数民族クルドの権利擁護をアピールするため、近年クルド語の使用制限を緩和する政策を打ち出すようになった。そのひとつがクルド語放送の解禁だが、実態はどうなのか。

2006年、クルド人が人口の過半数を占める南東部の都市ディヤルバクルで、クルド語新聞の前編集長に話を聞いた後、地元テレビ局「ギュン」を訪れた時の様子を紹介したい。

ークルド語を教える教育現場がない 

サミ・タン氏は、前回紹介したクルド語新聞「アザディヤ・ウエラット」紙の前編集長でイルディリム氏の前任者だ。

同氏は、トルコの中心都市イスタンブールにある、クルド語と文化を守る民間団体「カーディッシュ・インスティテュート・オブ・イスタンブール」の一員。クルド語の国際会議に出席するためにディヤルバクルを訪れていたタン氏に、クルド語の現状を聞いてみた。

タン氏によると、トルコではクルド人がクルド語の教育を受ける権利が「基本的にはない」。2005年、クルド語を教えるコースがいくつか開始されたが、閉鎖されたものもある。理由の1つは、「人々がコースではなく学校教育の場で学ぶ権利が保障されるべきだと言ったからだ」。

トルコ全体の大きな障害は、クルド語を教える教育の場がないことだ。クルド語を教える正式な教師がおらず、大学もないので、「もっぱら自習するしかない」。テレビやラジオでは限定的にクルド語放送が始まったばかりだ。

クルド語の使用禁止状態はトルコ共和国建国の1923年から続いており、「建国当初から1938年頃までに大分騒乱があったが、その度に治安警察に抑えられてきた」という。

トルコ語は共和国の改革でアラビア文字表記からアルファベット表記に変わったが、同時にクルド語の地名や人名をトルコ語に変えた。

何故トルコではクルド語の抑圧状態が続いているのだろうか?

タン氏は、「トルコの公式なイデオロギーが、一つのホモジニアスな国家を作ることだからだ。一つのアイデンティティーを作ること。クルド語使用禁止は同化に必要だからだ」

徹底的な世俗主義の堅持とトルコ人によるまとまりのある国家、という建国時からの原則を死守しようとする民族主義者たちは、「トルコ国家とクルド人との間で戦争が起きている、と考えている。国家の態度はクルド人は同化される(処理される)べき存在。これが現在まで継続している。トルコの大部分の人々もそれを望んでいる」。

タン氏は、クルド語使用の完全自由化は、「トルコとEUの関係で今後変わる。政治状況の変化が鍵を握る」という。

トルコ政府は、EU加盟交渉準備のために2002年ごろから法改正などを実行。この1つの結果がクルド語使用の緩和だった。エルドアン・トルコ首相は2005年、「クルド問題」の存在をトルコ政府高官として初めて認めた。

タン氏は、「クルド語の保護のために活動を続ける。クルド語を学校教育の場で教え、学ぶことができるようにがんばりたい」と語る。

ー放送内容に規制

案内をしてくれた映画作家ゼイネル・ドアン氏がかつて編集長だったのが、同じくディヤルバクルにある地方テレビ局「ギュン・テレビ」。

元々は1994年、「メトロラジオ・テレビ」として始まり、2001年に「ギュン」(「日」の意味)となった。ディヤルバクル市の人口は約55万だが、近隣に住む150万人の視聴者向けに、一日に16時間放送を続けている。

トルコでの放送は元来トルコ語のみに限られてきたが、少数民族に文化的及び言語上の権利を与えることがEU加盟交渉で必須とされたため、トルコ政府は少数民族の権利の改善のために2001年、憲法を修正。その後のいくつかの改革政策の後で、放送で使用される言語に関する新法が施行され、2004年からクルド語での放送が可能になった。クルド語は「1つの方言」としての位置づけだったが、国営テレビTRTが放送を開始した。

ギュン・テレビを含む民間放送業者数社は早速放送認可を申請。同テレビのジェマル・ドアン編集長は、申請から2年後となった、放映認可がおりた日付を記憶している。「2006年3月24日」。

ところが、放送許可といっても放送時間は非常に限られたものだった。「テレビでは一日に45分、1週間では4時間まで。ラジオは一日に1時間で、1週間で5時間まで。トルコ語に翻訳する必要も課せられるので、トルコ語の字幕がつく。ラジオは後で翻訳した番組を放送する」ことになっているという。

放送内容にも規制がつき、ニュース、音楽、伝統文化の放送のみが許される。子供用の番組や映画は禁止されている。またテレビの場合字幕をつける必要もあって許可された時間内に放映するには事実上生中継は難しく、録画・録音された番組の放送となる。

「トルコにいるクルド人はクルド語を話すなと言われてきた。国民がばらばらになるから、と。私はそうは思わない。人権の問題なのだと思う」とドアン氏。

「私はクルド人だ。クルド人だというだけで、トルコを分裂させようとしている、分離主義者だ、テロリストだと、これまでは見られてきた。しかし、状況は少しずつ明るくなってきていると思う。トルコ全体で、国民の多くがクルド人が苦しんでいると分かってきた。だんだん議論ができるようになっていると思う」。

(つづく)

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(筆者ブログのアーカイブに補足しました。)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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