【提言】東京都知事選 次回から"予備選"でじっくり候補者擁立を
東京都知事選挙は、現職の小池百合子知事が当選して終わった。
振り返ると、奇抜なパフォーマンスを繰り出す候補者、選挙妨害、公職選挙法違反の疑惑も飛び交い、政策論争がほとんど聞こえてこず、終始異様な雰囲気に包まれていたように思われる。
そもそも1000万人を超える有権者に向けて投票を呼びかけられる「選挙運動」期間は、わずか17日間しかない。しかも有権者は、告示の翌日から、期日前投票に足を運び始める。
主要メディアの取り上げ方が鍵になるが、最初から、多数の候補者から「主要候補」を絞り込み、選挙の「構図」を作ってしまうことに、疑問の声も相次いだ。
小池知事を含め4人を招いて共同記者会見を開催した日本記者クラブの担当者も、明確な基準がなく、悩ましい問題だったことを率直に認めている。
今回は過去最多の56人が立候補した。
全員を均等に取り上げれば一人あたりの時間がうんと減る。候補者どうしの議論の場面を生むことも難しくなる。なかには政策も全く語らず、当選するために立候補したとは思えない候補者もいる。
したがって「主要候補」を選んで報道せざるを得ない事情も十分わかる。何らかの方法で絞り込んで報道することが、むしろ望ましいとも言える。
一方で、主要メディア側の「全体的な判断」によって4人前後の「主要候補」が決められてしまうことに、納得できない候補者、有権者も少なくないはずだ。
ちなみに、NHKは終始、4人に加えて、タレントの清水国明氏=結果は10位=を含む5人を主要候補扱いにして報じていた(例)。その選定基準も明らかではない。
ごく短期間で十分な政策論議、人物評価を尽くせないままに、主要メディアが作った「構図」に従って、人口1400万人、年間予算16兆円に上る巨大都市のリーダーを決めてしまうということで、果たしてよいのか。
じっくり時間をかけて首都のリーダーにふさわしい候補者選びを行うために「予備選挙」を導入すべき時がきているのではないだろうか。海外の主要国では、普通に行われているものだ。日本でも、現行法の枠内で実施は可能だ。
慌ただしく都知事選を終えた今だからこそ、議論のきっかけとなることを願い、一つの案を示すこととしたい。
東京都知事選 “予備選挙” 案の概要
◯ 予備選挙の実施主体として「国政政党」や「都議会の会派」が考えられるが、知事が政策を進めるには都議会の協力が必要なこと、都議会は都民の民意により形成されることから、今回は「都議会の会派」を主体とする案とした。もちろん「国政政党」を主体とする案、両方とも認める案、他の擁立主体も認める案なども考えられる。
◯ 次の都知事選で知事候補を擁立したいと考える都議会の会派が、候補者を募集し、討論会や世論調査を何度か行って、予備選挙を経て、公認・推薦する候補者を決める。
(都議会の会派構成)
東京都議会自由民主党(28人)、都民ファーストの会 東京都議団(25人)、都議会公明党(23人)、日本共産党東京都議会議員団(19人)、東京都議会立憲民主党(15人)、ミライ会議(4人)
※7月1日現在、無所属4人を含め現員118人、現員の過半数60人。ただし、7月7日の補欠選挙の結果を踏まえ、変動する見込み(最新の会派状況はこちら)
◯ 次に、会派の公認候補者どうしで、最有力候補の座を競うための討論会や世論調査を何度か行う。その結果を踏まえ、本選で現職が立候補した場合に備えて、複数会派が連合して統一候補を擁立するための協定・政策合意を結ぶことも考えられる。
◯ 都知事選の本選に立候補しようとする人は、まず予備選に参加して公認候補者を目指すか、予備選に参加せず本選挙にだけ参加するか、いずれかの方法を選べる。当然ながら、無所属で本選に立候補する自由は妨げられない。
◯ 主要メディアは、本選において、予備選で選ばれた公認候補者を「主要候補」と扱い、討論会その他報道を行うことを原則とする。ただし、予備選で選出されなかった有力候補者が急浮上した場合は、メディアの判断で取り上げることを妨げるものではない。
◯ 予備選に参加する立候補予定者は、公職選挙法が禁じる「事前運動」に当たらないよう、本選での投票を呼びかけるものであってはならず、あくまで「会派内公認候補」となるために競い合う政治活動として行うものとする。
(詳細やQ&Aは、投開票日に発表した筆者のnoteも参照)
国家に匹敵する東京都 トップを決めるには短すぎる
東京都は、よく言われているように、中堅国家並みの規模だ。人口でみると、EU加盟諸国27カ国中9位に当たる。
そのトップを選ぶ今回の選挙で、主な候補者が立候補を表明したタイミングは、最も早くて石丸伸二氏の告示34日前。ほとんどが告示1ヶ月前を切っていた。公約もなかなか発表されず、大半が告示の数日前だった。
これは今回に限ったことではない。公職選挙法上、投票を呼びかけられるのは告示以後となっていることもあって、直前の発表がほとんどだ。
このあと見ていくが、首長選挙の候補者が直前になって明らかになるというのは、海外を見渡しても非常に異例のようだ。
まず、選挙運動期間を厳しく制限する制度は珍しいとの指摘がある。公職選挙法の根幹にかかわるため、ここを変えることは容易でない。
ただ、候補者選びを目的とした予備選は、工夫をすれば公職選挙法を変えなくても実現できるはずだ。だとすれば、選挙運動期間のあるなしと、予備選を行うかどうかは、切り離して考えられそうだ。
政党が何ヶ月も前に首長候補を選ぶのが一般的
もうひとつ、日本の地方選挙に特有の問題と思われるのが、行政首長(知事)と議会議員をバラバラに選出しているしくみだ。
知事と議員の任期がずれていることもあり、都知事選と都議会選挙と同時に行われるようになっていない(今回、都議会補欠選挙が同時に行われたが、全面改選は2025年)。主要候補と目される人も無所属として立候補するケースがほとんどだ。
だが、調べてみると、主要国では、地方議会の議員を住民が選出し、自治体行政の首長を議会(多数派の政党・会派)が議員の中から選ぶところが多いようである(例えばパリ市長選)。国政で与党が首相を選ぶ「議院内閣制」と似たような形態だ。
一方で、アメリカは、州知事と州議会議員をそれぞれ住民の選挙で選ぶ、いわば「大統領制」型(二元代表制)だ。日本の地方自治制度もこのタイプに属する。
だが、アメリカの州知事の候補者は、議会で議席をもつ主要政党が予備選を経て擁立するのが通例。知事選・議会選は中間選挙で同時に行われている(例えば、2022年のフロリダ州知事選とフロリダ下院選)。
ほかにも、議員とは別に首長を住民の選挙で選ぶ例として、ロンドン市長選、台北市長選の例がある。こちらも何ヶ月も前から、政党が候補者選びを行い、本選では政党が擁立した候補者どうしで争われる構図となっている(上記資料参照)。
こうしてみると(主要各国の制度を調べ切れているわけではないが)、これまでの東京都知事選は、比較制度的にみて、かなり特殊な形態で行われてきた可能性が浮き彫りになる。
そもそも、事前の選考プロセスを経ずにメディアが勝手に選んだ「主要候補」を軸に報道される場合と、一般有権者に支持基盤をもつ政党・会派が選んだ候補者が「主要候補」として扱われる場合とを比べれば、どちらの方により「民主的な正当性」があるだろうか。後者の方であることは、おそらく誰の目にも明らかではないだろうか。
もちろん、どんな制度を作っても欠陥はある。だが、より優れた候補者、選択肢を生み出すためには、試行錯誤をしながらゲームのルールを改良していくしかないはずだ。都知事選に限ったことではないが。
4年後の都知事選もあっというまにやってくる。議論を始めるのに、早すぎるということはない。