“あるある探検隊”を経て「レギュラー」の今
“闇営業”というワードが大きくクローズアップされた2019年のお笑い界。謹慎芸人のボランティア活動も話題となりましたが、5年前から資格を取り、本格的に介護と向き合ってきたのが「レギュラー」です。“あるある探検隊”でブレークした松本康太さん(40)と西川晃啓(40)さんですが、2014年に介護士の資格(介護職員初任者研修)を取得し、さらにお笑い芸人という立場を活かすべく「レクリエーション介護士」の資格も取りました。さらに今年7月には著書「レギュラーの介護のこと知ってはります?」も上梓。笑いを織り交ぜた独自の方法論で介護の世界でも注目の存在になりましたが、そこに至るまでには大きな迷いと苦悩がありました。
「次長課長」河本からの誘い
松本:介護に目を向ける直接的なきっかけをもらったのは「次長課長」の河本さんからでした。河本さんが地元・岡山の児童養護施設や老人ホームを2カ月に1回のペースで、ボランティアとして訪問されてまして。
5年ほど前、その頃は“あるある探検隊”のブームも過ぎて仕事がない時期で、河本さんから「もし良かったら岡山に見に来る?オレも一緒にやってくれる人がいた方がやりやすいし。ギャラは出されへんけど、新幹線代はオレが持つから」と誘っていただきました。何回か行かせてもらう中で、河本さんから言われたんです。
「“あるある探検隊”で認知度も高いし、普段あまり表情を変えない施設の皆さんもすごく笑顔になる。しかもリズムネタやし、年配の皆さんに一緒にやってもらいやすい。もし時間があるんやったら、二人で介護の勉強をしてみたら」
ま、これは“一発屋あるある”なんですけど“時間が空くと資格を取る”というのもあって(笑)。「髭男爵」のひぐち君はソムリエと同等のワインエキスパートという資格を取ったり、「天津」の木村君はロケバスドライバーの免許を取ったり。
西川:みんな何かしら取りにかかりますもんね。やっぱり不安ですし。
松本:それで言うと、僕らは若い子からワーキャー言われるようなキャラクターでもないし、どちらかというとお年寄りから可愛がってもらうキャラクターというか。そんなこともあって、漠然と介護という方向に目を向けてみようと思った。正直、最初はそんな感じからのスタートやったんです。
漫才師が介護を学ぶ意味
西川:ただ、最初から二人の足並みが揃っていたわけではなく、僕は正直分からなかったんです。介護とお笑いがどう並び立っていくのかが。
例えば、ワインエキスパートならワインの仕事が増えるだろうし、ロケバスドライバーならその仕事が入ってくる。ただ、介護の勉強をすることとお笑いが結びつかない。なかなかイメージがわかないというのが本音の本音だったんです。
完全にお笑いを辞めて介護士になるわけじゃないし、あくまでも、僕らは漫才師として介護の世界に携わらせてもらう。それがうまく融合する形があるのか。漫才で介護のネタを作るのも違うし。どうしたらいいんやと。詳しくなったとしても“釣り大好き芸人”みたいに「アメトーーク!」に出るような方向性のものでもないし。
松本:そこの戸惑いみたいなものは間違いなくありました。さらに、最初の入口として二人で介護職員初任者研修を受けて資格を取ってから、西川君の中の違和感がもっと大きくなったといいますか。
西川:介護職員初任者研修を受けて、ほんの少しですけど介護のことが以前よりは分かった。それゆえに、より一層「これはお笑いと融合させるのは無理や」と思ったんです。
そんな簡単なものでは決してないし、やっちゃいけない部分もある。とてもデリケートなものでもある。こちらが考えに考えて良かれと思ってやったことも、変なイジリみたいになって人を傷つけることにもなりかねない。
介護本のオファー
松本:ただ、ちょうどその頃、僕らが介護に関する活動をやっているというのをSNSで知ってくださった出版社の方からお話をいただいたんです。「介護の本を出しませんか」と。
介護の本って、どうしてもイメージとして暗かったりしてしまうので、まずは気軽に手に取ってもらえるような本を作りたいんですと言われまして。
ただ、僕らもまだ始めたばかりで、ありがたいお話ではあるけど、どんな本にしたらいいのかも分からない。
西川:僕としても、まだ漫才師が介護を学ぶ意味を見いだせてなかったところもあって、具体的に何か活動をしているわけではなかったので、より恐縮するというか、まだ何も僕らも分かってないなのにという思いもありました。
松本:そんな状態なので「とにかく、僕らも何も分かっていないという目線で本を作っていきましょうか」という方向性でスタートしたんですけど、始めてしばらくして、出版社の担当者さんの親御さんが倒れられまして。要介護の状態になってしまったんです。
そんな状況なので、ひとまず本の話は保留になりまして、1年から2年くらい時間が空いたんです。
その間、僕らは僕らで自分らなりに施設をいろいろとまわらせてもらって、自分らなりの接し方というか、お手伝いの仕方みたいなことを少しずつ積み重ねていってました。
じゃ、そんな中でまた担当の方から連絡がありまして「お待たせして申し訳なかったですけど、自分が実際に介護をする立場になって、より介護のこと日々考えたし、その中で自分が本当に必要だと感じた情報を軸に本を出させてもらってもいいですか」と言われたんです。
もちろん親御さんが倒れたことは本当に大変なこと。当然、担当者さんはより介護のことを切実に感じるようになった。そして、僕らも間が空いたゆえに、そこで蓄積もできた。
安易に言うようなことではありませんけど、時間が空いたことが、本に関わるみんなの思いをさらに強く、大きくした。それが本の中身を濃くしたというのは間違いなくあったと思います。
西川:本のお話があったから介護の世界に踏みとどまることにもなりましたし、そして、大きかったのは、本を作るまでの間に「レクリエーション介護士」という資格ができたことでした。
自分の特技を生かしながら、年配の皆さんに喜んでもらえるレクリエーションを生み出していく。この資格というか、存在が、僕がずっと考えていた漫才師が介護を学ぶ意味というところをしっかりと埋めてくれたといいますか。
これならば、芸人としてのやり方、見せ方ができる。芸人がやる意味がある。この資格を取ったことで、しっかりと自分の中で消化できたんだと思います。
先生ではなく生徒
松本:そこから本格的に動き出して、僕らもいろいろ変わりました。介護に関する用語で“アイスブレーク”というのがあるんです。やっぱり僕らみたいな外部の人が施設の中に入ってきたら、入居者の方って構えてしまうんですね。固くなるというか。そこを溶かすのがアイスブレークなんですけど、いかにそれをスムーズにやるかが大事だと知りました。
西川:まず、年齢的にも僕らより倍以上生きてらっしゃる大先輩ばかり。なので、皆さんからしたら若造にしか映らない僕らがどうやったら受け入れてもらいやすいのか。まずはそこだと。
松本:何回も行かせてもらう中で、僕らが一番気を付けるようになったのは「こちらが先生にならないこと」。それを心がけています。人生の大先輩に対し、僕らがいきなり「はーい、右手上げてトントンしてください」なんて言うのも、本来、不自然な話ですから。
なので、皆さんの中に入っていく時の目線の高さというか、絶対に上にならない。イメージとして、最初は僕らが先生ではなく生徒になることを心がけています。
「ここの地域って僕ら来たことないんですけど、有名な食べ物、何がありますかね?練馬大根?え、普通の大根とどう違うんですか?」みたいな感じで、生徒として聞くところから始めるというか。
これも、こうやって言葉にしていくと、何と言うのか、マニュアル化というのか、そんな感じがしていやらしいですけど…、いつもそうやって紋切り型にやるということではなく、その時、その時の空気を見ながら、やらせてもらうんです。
ただ、心構えとしては今言ったような“先生ではなく生徒から”ということを心がけてはいるということなんです。
西川:いきなり距離を詰めるのではなく、徐々に徐々に近くしていくという。ここは芸人としての“空気を読む”という能力が一番生かされている部分かなと思っています。
笑いの一番すごいところ
松本:あと、芸人の世界、笑いの世界はベースにあるのが愛なんです。メチャクチャ優しいんです。舞台とか番組で、ものすごくスベっても、必ずMCの人が助けてくれる。「全然オモロないやないか!」と言って笑いに変えてくれる。ボケを間違えても、何を失敗しても、それをつっこんで笑いに変えてくれる。
これを介護の現場でもできたら一番いいなと思っているんです。認知症が進んでいったら、ちょっとしたことでも間違えてしまう。でも、もちろんそこに悪気なんてないんです。
すごく繊細で難しいことではあるんですけど、ちゃんと全体の空気を作れば、間違えたことでも「ちがう!ちがう!そっちやない!」と笑いに変えることもできる。笑いになると、違う答えをした人も含め、全員が救われる。
僕ら自身も緊張して番組で何もできなかった。とんでもない返しをしてしまった。そんな経験が山ほどあるからこそ、そこでMCの方に笑いにしてもらって救われた喜びがわかるといいますか。
その感覚は強く、深く、刻まれてますし、全てを前向きに変えることができるが笑いの一番すごいところだと思っているんです。それを介護の場でも生かせればなと。
西川:あと、これも正直な話、僕らは芸人ですし、できれば笑っていただきたい。ただ、僕の体感として、おばあちゃんは結構笑ってくれるんですけど、おじいちゃんはなかなか笑ってくれない。なかなか厳しい。
そういう中で日常的にやらせてもらうことで、ハートはものすごく強くなりました(笑)。笑いがなくても、ちょっとやそっとのことでは動じないというか。ま、これも良いのか悪いのか分かりませんけど(笑)、ま、そこの耐久力は大きく上がったと思います。
松本:前は、リアルに気絶するぐらい、すぐに頭が真っ白になってました(笑)。
どこまでいっても、介護が本職ではない僕らが言うのは本当におこがましいことなんですけど、いつ自分の身内がどうなるかわからない。これは間違いない。なので、できるうちから少しでも関心を持つ。それは意味のあることだと思います。
そして、これも軽々しくは言えないですけど、若い人たちが自分たちの感覚で、いろいろなことを生み出していける領域でもあると感じています。もちろん大変なこともありますけど、皆さんが思っているよりも、もっと面白いことを作っていける場でもあると。
西川:僕らも今はお仕事の半分くらいが介護系のお仕事になっています。せっかく、こういう縁をいただいたので、何かしら皆さんが本当に喜んでくださるようなことをさせてもらえたらなと。
最近は各地で音楽フェスも流行ってるので、例えば、おじいちゃん、おばあちゃんが心底楽しめるフェスみたいなイベントができたらなとも考えています。
松本:おじいちゃん、おばあちゃん、そして周りの方々も本当に楽しんでもらえる空間。まだイメージに過ぎませんけど、そんな場ができたら、僕らがやらせてもらう意味が少しはあるのかなと。
ま、来ていただくゲストもいろいろ考えないといけませんけどね。おそらく、来てもらう年齢層を考えると、仮に「純烈」さんとかが来られても、超若手になるんでしょうけど(笑)。
いつか、そんな場ができたら、本当に、本当にうれしいなと思っています。
(撮影・中西正男)
■レギュラー
1979年8月11日生まれの西川晃啓と79年5月16日生まれの松本康太が98年にコンビ結成。ともに京都府出身。ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞、NHK上方漫才コンテスト最優秀賞など受賞多数。“あるある探検隊”のネタでブレークし、全国的な知名度を得る。2014に「介護職員初任者研修」、2017年に「レクリエーション介護士2級」の資格を取得。介護の現場で経験を積み、知識を生かした公演活動などを展開している。今年7月には著書「レギュラーの介護のこと知ってはります?」を出し話題となる。