少数精鋭から、選ばれるロケット企業へ インターステラテクノロジズ株式会社 稲川貴大
-- インターステラテクノロジズ(IST)は、2017年から打上げに入った観測ロケット「MOMO」のシリーズに加えて、超小型衛星打ち上げロケット「ZERO」開発を計画されていますね。「ZERO」の将来と開発マイルストーンはどのようになるのでしょうか?
稲川 現在は、観測ロケット「MOMO」の1号機、2号機に続く3号機の打上げが直近のマイルストーンで、なるべく早く打上げたいと準備しています。次に超小型衛星打上げロケット「ZERO」の推力6トン級エンジン開発があります。簡単な試験は2~3月から進め、来年度はエンジンを製作して統合試験までできればいいなと考えています。「ZERO」のフライト品ができたら打上げです。これから3年ほどでやりとげて、海外勢の小型ロケット企業に追いつきたいと考えています。
これまで観測ロケット「MOMO」のシリーズを1~2号機と打ち上げてきました。当時、宇宙活動法もなかったころから「超小型衛星の打上げロケットが必要です」と打ち出してきて、打上げ技術の習得、北海道の大樹町という場所での射場の開拓や、周囲の理解も広げてきました。これは実績を見せることで国や自治体に働きかけるというデモンストレーションの役割があります。数は少ないですが、観測ロケットそのものも需要があり、これもビジネスになると思っていたので、それを足がかりに衛星打上げロケットのビジネスをやりましょう、というものです。
-- 「ZERO」のビジネス展開はどのようなものですか?
稲川 根本的に、ZEROは液体ロケットなので、固体ロケットよりも振動環境に優れ、軌道投入精度などが出しやすいロケットだと思っています。衛星を打ち上げたい人が気軽に準備して宇宙へ運べる、という利便性があれば、それが競争力になります。使いやすさの要素になるのは価格、地理的条件(運搬のしやすさ)、軌道投入精度や振動環境、運べる荷物の体積、などですね。打上げが「高頻度」になるかは、射場によるところも大きいです。射場がひとつなのか、他の場所も持てるのかはこれからですね。
また、「ZERO」は液体ロケットですから、日本ではイプシロンロケットもH-IIAも固体を使っている部分がありますが、それに比べれば液体推進薬のみのロケットの振動条件は数デシベル、エネルギー量では一桁落ちるかなと思っています。衛星を切り離す機構にも無火薬のものを検討していますので、それも桁違いだと思います。加速度も優しくて、固体の20G近い加速度に比べれば液体は数Gレベルですから、アンテナや太陽電池パネルなど荷重や振動に弱く輸送が難しいものが、簡単に打上げられるようにしたいです。
今後利用しやすい要素として見逃せないのは“ITARフリー”です。ロケットの部品にアメリカのITAR製の部品が存在すると、打上げの都度、アメリカの許可が必要になります。衛星側としては、ロケット側のITAR手続きによっては、ロケットを打ち上げられないというリスクがありますが、我々のロケットはITAR製の部品が存在しないのでその点が有利になります。欧州でも同じようにPLDスペースという企業も打ち出していますね。
-- 人工衛星のオペレーターと契約を結ぶと、打ち上げまではどのようなプロセスになりますか?
稲川 一般論でいうと、衛星は打ち上げの9ヶ月前から1年前くらいに契約をします。ISTではそれよりも劇的に短い期間で契約から打ち上げまでを完了できるようにと考えています。そのために、定期便のように搭載から打ち上げまでをギリギリまで待って、その時点での空きを提示して契約期間を短くできるような売り出し方があると思っています。(複数の衛星で衛星網を構築する)コンステレーションでは難しいですが、そうしたカスタマイズするロケットとは違いますから。
現在、「ZERO」の機体製造に合わせて新規の工場計画が進んでいて、衛星側の人たちに使ってもらえるスペースを作る計画があります。引き渡しから打ち上げまでの日程は、既存のサービスと比べても利用しやすいものにする検討をしています。衛星を海外から持ってくる場合は飛行機ですね。成田や、羽田空港を経由して帯広空港まで一気に飛べますし、そこから陸送で運ぶことができます。アンテナ展開や振動に強いかなど、衛星側の都合があって船で運ぶ場合には、射場から40分の十勝港という大きな港や、国際港では苫小牧港や室蘭港からの陸送も可能です。
根本的コンセプトは「ユーザーに使ってもらいやすいロケット」です。その要素として価格や時間、振動環境などがあり、すべて含めて選ばれるロケットにしようと思っていますし、実際にできると思っています。
-- 観測ロケット「MOMO」2号機の打ち上げは残念な結果になりましたが、その後の原因究明はどのようにされていますか?
稲川 本格的に観測ロケットをやりましょう、というのは私が入った2013年当時のことです。どんな技術開発をしていけばよいか、というところから始めて、2013~2014年ごろには初期検討を始めました。初号機は2017年7月に打上げ、初めてのロケットとして離昇まではうまく行ったのですが、高度10km程度でのロケット機体にかかる大きな負荷である「MaxQ」で破損して部分的成功にとどまりました。
2号機は半年ほどかけて改良し、2018年の6月に打ち上げましたが、失敗して落下炎上し、世界の打ち上げ失敗集ベストテンに入るほどのインパクトとなりました。技術者集団としてこれは最悪の事態です。現在は、まさにその改善中で、3号機に向けて2号機の失敗の原因究明とその対策と試験を続けてきました。
原因はRCS(ロール制御スラスター)の不具合だということがわかり、2箇所の改修を行いました。まずはタンクからエンジンとスラスターへの燃料の分岐の部分です。同じタンクの出口から分岐するようになっていたのですが、2つに分岐するように供給元を変えました。スラスターは握りこぶし大で、シャワーヘッドのように穴がいくつか空いているインジェクター(噴射器)がついています。このインジェクターの設計に不具合の原因がありました。燃焼温度が上がると、一時的にでもスラスター内部の燃焼温度が上昇すると噴射器の表面温度も上昇します。噴射器表面温度が上昇しても推進剤流量は一定であるべきなところが、温度上昇によって推進剤が燃焼温度上がる方向に流れ出てしまう設計になっていました。 これは衝突型インジェクターと呼ばれる一般的に使われているものなので、解決法も知られています。前後の熱の状態によって流量が変わらないように設計を変更しました。
また、根本的な問題として、事前に試験をして問題を見つけられず、そのまま打ち上げ本番まで行ってしまったっということがあります。製造が原因ではなく、試験をパスしてそのまま行ってしまう開発プロセスにも原因があったわけです。そこで、開発プロセスの改善としてCFT(実機型燃焼試験)という試験をちゃんとやりましょう、ということになりました。まず改良したスラスター単体の試験をします。次にCFTという統合試験を行います。2018年12月から準備して1月にCFT試験を実施、120秒という大きなところまではクリアしました。
-- ISTの中で問題を発見、改良してコントロールできたというのは良いことですね。
稲川 内製できることが、もともとISTのコンセプトでもあります。買った部品やエンジンばかり使っていると、コントロールできない部分がたくさん出てきます。基本的にキーとなるコンポーネントを内製すれば自分たちでコントロールできますし、値段を下げられる。トラブルが起きても解決できる能力がある、ということが強みのひとつだと思っています。
-- これまで開発資金の取得はどのようにされていたのですか?
稲川 観測ロケットの開発費の大部分は投資家からの株式によるエクイティファイナンスで資金調達しています。そのほかに、クラウドファンディングや、ふるさと納税を利用したガバメントクラウドファンディング、ファンクラブを通じた物販などもあり、なんとか観測ロケットの開発をやってきました。「ZERO」の開発には経済産業省の宇宙産業技術情報基盤整備研究開発事業(SERVISプロジェクト)により安価なロケットシステムの開発としてZEROに使える技術開発を実施しています。「MOMO」は総額では数億円レベルで開発していて、かなり安くできたなと思います。これはなんといっても射場(実験場)があったおかげです。射場はちゃんとコンクリートがあって、あまり大きな障害や改修もなく、建屋や発射台の製造程度で観測ロケット打ち上げまでできた、ということはありがたいと思っています。
初号機でうまくいってビジネス化までこぎつけられれば、資金繰りはそれでうまくいったのですが、2号機、3号機とこれまで1年半以上開発にかかったことで、追加の資金が必要になりました。その間、エクイティファイナンスの追加で資金を調達したり、クラウドファンディングを追加したり、というのが現状です。
―― 顧客を得るための活動はどのようにされているのでしょうか?
稲川 日本の衛星ベンチャー企業には全て当たっています。あとは3U、6Uキューブサットを計画している大学ですが、大学は費用獲得が難しいので、なかなか進まないというのはありますね。海外の小型ロケット企業が契約を結んだというニュースでも、よく聞いてみると秘密保持契約を結んだ段階から、手付金の段階まで、かなりグラデーションがあると思います。
ではISTはどうするか? というと、業務提携している丸紅の力も借りながら営業活動しています。また、国際宇宙会議(IAC)など、宇宙に携わる人が多く集まる場所でマーケティング活動をしています。まだ手付金ありの打ち上げ契約まではいたっていませんが、コンセプトを見てもらって「ぜひ使いたい」と言ってくれる企業さんはあります。
―― 海外に多数の小型ロケットベンチャー企業がある中で、ISTの位置づけはどの辺だと思いますか?
稲川 海外の小型ロケット計画は、100社以上あるともいわれています。その中で本当にできるところは少ないですが、一方でヴァージン・オービットやロケットラボのような明確に「できる会社」もあります。そうした企業と比べると、われわれも始めたのはそれほど遅くないと思うのですが、ヒト、モノ、カネのうち射場というモノはあっても、ヒトとカネの部分が明らかに足りていないと思うので、資金調達をしっかりやらなければ、と思っているところです。 ビジネスチャンスとして世界で超小型人工衛星打上げロケットの需要があるということははっきりわかっていることですので、大きな遅れなくキャッチアップして、サービスとして選ばれるものになれば十分に勝てると思います。
-- 北海道という地元との関係は?
稲川 地元の大樹町はもともと、宇宙の町づくりということで支援頂いており、場所も自由に使え、射場の整備のために砂利を敷いたり、木を切って枝を払って、という細かいところまでかなりスピーディにケアしていただいています。こんな良い場所はなかなかない、というぐらい手厚いサポートです。
ふるさと納税を使ったガバメントクラウドファンディングは、宇宙の町づくりとしてそのまま開発資金に使えるもので、非常にありがたい制度を作ってもらったと思います。日本でもまだ例が少なく、町長さんを始めかなり尽力して頂きました。1月から2月末までで、4200万円とすでに目標達成しました。4月からは新たなガバメントクラウドファンディングが始まり、今度はポータルサイトのふるさとチョイスが使えるようになります。
自分も北海道にいるようになって、北海道全体で人口が減っている中で、宇宙の町づくり、新しい産業づくりをしなければという危機感を持つようになりました。産業やインフラになっていくところにその資金を使いたいということから、開発費は燃焼実験で使い切ってしまうので、射場の整備や工場の整備へ、いただいた資金は向けていきたいです。人も増えるので町への貢献もできます。ISTの工場見学が観光の目玉になっていけばいいなと思います。また、射場を整備することで、道内の小中学生がペットボトルロケットに参加するなど、宇宙教育に利用できます。
その他、北海道庁からは、道民の理解を得る宇宙セミナーやイベントなどの政策支援をしてもらっています。小型ロケットが定期的に打ち上げられるようになれば、北海道内への経済効果は年間267億円くらいとの試算(日本政策投資銀行調べ)が出ています。北海道新幹線が200億円といわれていますので、それを上回っています。十勝は酪農や農業で豊かな地域ですが、あまり観光の目玉になるものがありません。宇宙機器産業はもちろんですが、宇宙を軸に新しい観光業という産業が生まれるという点で、大きな試算になったと思います。今後、道からも大きなサポートが出れば、新しい射場の可能性もでてくると思います。
-- ロケット打ち上げの際の中継映像も強力なコンテンツだと思いますが。
稲川 SpaceXの打ち上げでは毎回、数万人が中継を見ていますし、ロケットラボも1万人近く。それだけの需要のあるコンテンツはすごいと思うので、もちろん中継もやりたいと思っています。ロケットに搭載したカメラから北海道全体を見渡すにはかなり広角レンズでないと難しいですが、道東のあたりの形が見えるのではないかと思いますね。「MOMO」でも、多少画質は荒いですがロケットから地上までの画像のリアルタイム伝送はしています。実は地上の通信回線の問題で、インターネットへのアップロードを行う回線が細すぎて、中継ができないのです。もうすぐブロードバンド回線が引けるようになるので、中継できるようになると思います。
-- 現在、ISTでは何名くらいの方がどのような仕事に従事されているのですか?
稲川 現在の従業員は22名です。本社は北海道大樹町で、千葉県浦安市にも事務所を構えています。機体とエンジンは北海道、アビオニクスが浦安です。社員の来歴はバラバラで、最初のころは、大学卒業したて、あるいは中途の人が参加してくれました。最近は大企業からの中途採用が多いです。大手自動車メーカ、大手プラント、鉄鋼、船、電機メーカなど。若手からシニア層のエンジニアまで幅広く、「これからは小型ロケットが来る!」ということで熱い技術者たちが集まっています。就職希望の問い合わせも来ますが、資金面で全採用には至っていないので、今後整備していきたいです。
-- 若い方が新しいことに惹かれるのはわかりますが、シニアの方も?
稲川 それだけロケット開発が狭き門ということだと思います。日本では輸送手段としてのロケット開発は少ないですし、新しいロケット開発に関われるということが魅力であると思っています。アンテナ感度の高い人達ですから、記事や「MOMO」の打ち上げなどを見て「本当にものを作っている、やっているんだ」ということが見えると、すごく興味を持ってもらえますね。
-- これから来てほしいと思われる人材はどのような分野の人ですか?
稲川 人手は足りていないです!
まず欲しい人材はエンジン開発ができる人ですね。エンジンをきちんとしたものにしていくのに、エンジンの燃焼屋さん、ポンプシステムの流体屋さん、機械、熱というところから、電子部品関係も。電機は弱電から強電まで、それに無線も。これから設備の増築がどんどん入ってくると、設備屋さんは高圧ガスの配管という特殊技能を持った人も、射場をつくる土木の人まで幅広く必要です。さらにバックオフィス、マーケティング、広報と関連するマーケティングなど、海外の企業では数100人規模でやっているところはざらなので、必要な人材は事欠きません。 10~15人というレベルで「MOMO」1号機の打ち上げまでできたというのはかなり少数精鋭だという自負はありますが、今後はもっとしっかりした体制を作っていくのが僕の役割ですね。本当は手を動かして開発をやりたいとは思いますが、最終的なアウトプットを増やすため、今はチームビルディングに注力しています。
「MOMO」3号機の打ち上げを控え、新しいチャレンジに臨む稲川社長の目はロケット開発の未来をしっかり見据えている。
インタビュアー: ライター 秋山 文野
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイト「S-NET『未来を創る 宇宙ビジネスの旗手たち SPECIAL/特集記事』」に掲載されたものです。