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米朝首脳会談決裂の「反動」と「負」

辺真一ジャーナリスト・コリア・レポート編集長
米朝首脳会談でのトランプ大統領(当時)と金正恩総書記(朝鮮中央通信から)

 今日(6月12日)は6年前に史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開催された日でもある。

 世界中が注目した「予測不能」のトランプ大統領と「統制不能」の金正恩(キム・ジョンウン)総書記の組み合わせによる首脳会談は大方の予想通り、1年を待たず、翌年2月のハノイでの2度目の会談で決裂した。

 「歴史にもしはない」と言われるが、仮に物別れに終わらず、合意を見ていたならば、どうなっていただろうか?少なくとも今とは状況が大きく変わっていたであろう。少なくともその後の負の連鎖は避けられていたかもしれない。

第一に、弾道ミサイルや軍事偵察衛星の発射はなかったかもしれない。

 北朝鮮は2018年4月21日の労働党中央委員会第7期第3次全員会議で核実験と長距離弾道ミサイルの発射については中止を決定し、実際に2018年はミサイルを1発も発射しなかった。北朝鮮がミサイル発射を再開したのはハノイ会談が決裂した2か月後の4月17日からである。その後は、毎年狂ったように連射しているのは周知の事実である。

第二に、「国防科学発展及び兵器システム開発5か年計画」は存在しなかったかもしれない

 北朝鮮がこの5か年計画を打ち出したのはハノイ会談から2年後の2021年1月に開催された労働党第8回党大会の場である。従って、首脳会談が決裂していなかったならば、米本土を狙った大陸間弾道ミサイル「火星17」も固形燃料を使用する「火星18」も、「ヘイル」と呼ばれる「核無人水中兵器」も、軍事偵察衛星の開発も必要なかったかもしれないし、また原子力潜水艦の建造も見送られていたかもしれない。

 第三に、北朝鮮の核兵器が増えることも、核保有や使用を憲法に定めることも、7度目の核実験を検討する必要もなかったかもしれない。

 スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が2017年3日に発表した世界の核軍備に関する最新報告書によると、北朝鮮は2017年1月の時点では「推定10-20発の核弾頭を保有している」と報告されていた。ところが、昨年6月12日に発表されたSIPRIの報告ではその数は30発に増えていた。寧辺にある核施設が稼働している限り、この数はさらに増え続けることは明白である。「地下に隠匿されている」とされるウラン核施設での生産を含めると三桁に達するのも時間の問題である。

 北朝鮮は米朝首脳会談で存在するのか、しないのか不明な地下施設は別にして、寧辺の核施設は差し出し、解体することを約束していた。英国の国際戦略問題研究所(ISIS)とロシアのエネルギー・安保研究センター(CENESS)が2021年7月に公表した「朝鮮半島内の北朝鮮の戦略的力量と安保」と題する報告書には「2019年2月に論議された寧辺の核施設が解体された場合、核兵器製造に必要な核物資生産能力を最大で80%削減できた」と記述されていた。

第四に、南北関係も大幅に改善されていたかもしれない。

 米朝首脳会談が決裂しなかったならば、南北首脳会談を3度も並行してやっていたわけだから、開城の南北連絡事務所の爆破も、南北軍事合意の破棄もなかったはずだ。北朝鮮が韓国との関係を完全に断ち切り、敵対国扱いにすることもなかったはずだ。

 「北朝鮮の非核化を持続的に追求しながら現在の断絶と対決の南北関係を開放と疎通、協力の南北関係に転換させる」ことをベースにした尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権も文政権の対北政策をそのまま継承していたはずで、今日のような愚かな「宣伝ビラ合戦」もやらないで済んだはずだ。

第五に、北朝鮮の対露武器供与もなかったかもしれない。

 米朝首脳会談では「平和と繁栄に向け、新たな関係を築く」ことを謳った共同宣言が発表され、両首脳はワシントンと平壌に連絡事務所を相互設置し、国交を樹立することで意見の一致を見ていた。

 「共同宣言」に沿って米朝関係が敵対関係から友好関係に転じていたならば北朝鮮がロシアのウクライナ侵略を支持することも、まして現在国際社会が憂慮しているような対露軍事支援はあり得なかったかもしれない。

最後に、日朝交渉も再開され、拉致問題も進展したかもしれない。

 日本政府(安倍政権=当時)は米朝首脳会談を受け、「金正恩氏と無条件対話する用意がある」と、制裁、圧力から対話路線に舵を切ったのは周知の事実である。

 仮に、米朝首脳会談が決裂せず、米朝関係が好転し、併せて南北関係も前進していたならば、おそらく日朝にも跳ね返り、日朝首脳会談が実現し、2014年に合意しては立ち消えとなった拉致被害者の安否再調査も再開され、何らかの進展をみたかもしれない。

 岸田政権は今、「日朝間の懸案を解決し、両者が共に新しい時代を切り開いていく観点から私の決意をあらゆる機会を逃さず金氏に伝え続ける」と、日朝首脳会談を呼び掛けているが、北朝鮮の優先順位は米国であるだけに米朝関係改善が先行しない限り、待てど暮らせど北朝鮮の扉は開かないのが現状である。

ジャーナリスト・コリア・レポート編集長

東京生まれ。明治学院大学英文科卒、新聞記者を経て1982年朝鮮問題専門誌「コリア・レポート」創刊。86年 評論家活動。98年ラジオ「アジアニュース」キャスター。03年 沖縄大学客員教授、海上保安庁政策アドバイザー(~15年3月)を歴任。外国人特派員協会、日本ペンクラブ会員。「もしも南北統一したら」(最新著)をはじめ「表裏の朝鮮半島」「韓国人と上手につきあう法」「韓国経済ハンドブック」「北朝鮮100の新常識」「金正恩の北朝鮮と日本」「世界が一目置く日本人」「大統領を殺す国 韓国」「在日の涙」「北朝鮮と日本人」(アントニオ猪木との共著)「真赤な韓国」(武藤正敏元駐韓日本大使との共著)など著書25冊

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