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種苗法が改定されると「自家採種」ができなくなるの?

佐藤達夫食生活ジャーナリスト
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

女優の柴咲コウさんが「日本の農家が窮地に立たされる」とツイートして話題になった(現在そのツイートは削除されている)種苗法。新型コロナウイルスとの関連で、先の国会では採択されずに継続審議となったが、話題になっている割にはわかりにくいテーマだ。1度整理してみたい。

■新品種の開発には多大なエネルギーが必要

 海外旅行をすると気がつくが(海外旅行をしなくても、果物好きな人は気づくだろう)、外国産の果物よりも、日本産の果物のほうが相当においしい。「おいしさ」は個人の好みによってその評価は変わるとしても、日本産の果物は、甘くて大きくて見た目もきれいでおいしそうである。つまり総じて高品質である(高価格でもあるが・・・)。

 これは日本の品種改良技術が優れているからだ。果物だけではなく、野菜も穀物も日本産は高品質だといえる。いま、簡単に「品種改良技術が優れている」と書いたが、農産物(野菜や果物や穀類等)の品種改良はとても大変な作業(技術)である。

 農産物の品種改良は、基本的には、突然変異などでたまたま品質のよい(おいしいとか、たくさん収穫できるとか、病気に強いとか)結果が得られたら、その個体だけを選んで(あるいは、いい物同士を交配して)次世代を育てる、という方法だ。それを何代にもわたって続けていく。

 多くの植物は1年に1度しか実を結ばないので、高品質の植物が繰り返し育てても同じ性質になるように「固定」できるには何年も要することになる。たとえば「次世代のブドウ」といわれるほど高品質のシャインマスカットは、安芸津21号という品種を交配して開発したのだが、完成までに18年もかかっている。安芸津21号の開発期間までをも含めると、なんと33年を要している。

 新品種というのは、このように膨大な時間と多大な努力と優れた叡智の結晶である。もちろん多くのコストもかかっている。開発者(シャインマスカットの場合は国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構)には、その新品種を育てることを独占するなどの権利が付与されてしかるべきであろう(たとえば芸術でいえば、優れた音楽を作曲した人には著作権が与えられるように)。それが1998年に公布された種苗法だ。

■農産物の品種も「知的財産」として守られるべき!

種苗法は知的財産法の1つなのだが、著作権のように歴史が古くはなく、厳密に定められているものでもないために、いわゆる「抜け道」が少なからず見受けられる。その1つが「栽培地域」を指定できないことだ。関心のある人は、数年前に韓国の市場にシャインマスカットが売られていたというニュースを覚えているだろう。何らかの形で韓国に持ち出されたシャインマスカットが、韓国内で栽培され、商品として流通していたのである。

 じつはシャインマスカットは韓国だけではなく、中国や東南アジア諸国でも栽培や販売が確認されている。増殖(接ぎ木)を繰り返しているうちに品種が低下し、かなり質の悪い“シャインマスカット”も出回っているようだ。権利の侵害だけではなく、銘柄の品質を落とすことにもなり、大きな問題となっている。

 また、当然のことだが、日本の有力な輸出ブドウであるシャインマスカットが、他国の安い(そして品質の悪い)シャインマスカットに販路を奪われる事態も生じ始めている。

 現行の種苗法では、日本で開発された品種を、販売された後に海外へと持ち出すことは違法ではない。持ち出した種苗を(種を自家採種するなどして)海外で栽培することは禁じているのだが、それを取り締まる手段がないのだ。そのため、容易に海外が「産地化」してしまうのだ。これはゆゆしき事態である。

 そこで今回、種苗法を改定し、育成者が種苗を販売する際に「栽培地域や輸出先」を指定できるようにすることとした。つまり、農産物を海外へ持ち出して普通に食べるのであればいいが、その種苗であれば「海外への持ち出し自体」を制限できるようにしたのである。

■農産物の品種には登録品種と一般品種がある

 誤解を恐れずにたとえてみれば、先ほどの著作権でいうと、「CDを購入して(海外で)聴くのはいいが、そのCDからコピーCDを作って販売してはならない。その恐れがありそうなときはCDの(海外への)販売を制限する」ということになろうか、当然といえば当然である。

 しかし、有名女優のツイートがきっかけなのかどうかはわからないが、ちまたには「種苗法の改定は日本の農業を破壊し、農家を破滅に陥れる」というような情報も散見される。その1つが「自家採種を禁止すると、種や苗を毎回購入しなくてはならなくなり、中小や零細農家はやっていけない」というもの。

 これを考える前に、大きな誤解をいくつか整理しておこう。農産物の品種には「登録品種」と「一般品種」とがある。新しく開発された品種を、開発者が登録してそれが認められたものが「登録品種」。それ以外が「一般品種」。農産物の品種は数え切れないほどあるが、登録品種は全体の約1割。

 また、登録品種であっても、登録してから一定期間(最長で米や野菜は25年、果樹は30年)が経過すると一般品種となり、だれでも自由に使うことができるようになる。25年・30年と聞くと長いようにもみえるが(たとえば先ほどのシャインマスカットを例にとると)開発に30年以上かけて、権利の有効期間が30年というのでは、開発モチベーションは上がらないだろう。それだけが理由ではないだろうが、ここ10年くらいは登録品種の数は横バイである。

 確認をすると、今回の種苗法改定の対象となるのは登録品種だけであって、一般品種には何の影響もないこと。もちろん、自家採種も自由にできる。

■農家や消費者への影響はどのくらいあるのだろうか?

 仮に、種苗法が改定されても、新しく登録できるのは新品種に限られるのであって、既存の品種を(たとえば大企業等が)かってに登録するなどという心配はない。

 また、種苗法の改定によって、ある登録品種がかりに栽培地域が限定されて「海外では不可」となった場合には、海外での栽培はできないが、国内での使用には影響がない。

 「今までは登録に対する費用を支払ってなかったのに、これからはそれを支払わなければならなくなるので、種苗費用が高くなるのではないか」と心配する農家もあるようだ。これは勘違いであることが多く、農家は今までも「品種登録代金」という名目では支払ってないだけで、仕入れの種苗代金には(ごくわずかではあるが)品種登録代金も含まれているのが普通だ。今回の改定によって種苗代が高くなることは考えられない。

 なお、蛇足かもしれないが、農家ではなく一般家庭で自分で食べるために作っている家庭菜園、あるいは、趣味での園芸などに関しては、そもそも法律の対象外であるため、今回の種苗法改定による影響はまったくない。

 以上、消費者向けにごく簡単に解説したが、品種開発者の権利を保護し、そのことによって新品種開発の意欲が向上、あるいは、国産品種の海外進出を助長するなど、メリットは多々あっても、農業者や消費者への不利益はあまり考えられない。先の国会では継続審議となった種苗法だが、早期に成立することが望ましいと、筆者は考える。

☆このレポートは7月15日に東京都千代田区で開催された食生活ジャーナリストの会・勉強会「種苗制度をめぐる現状と課題」における農林水産省食料産業局知的財産課種苗室長・藤田裕一氏の講演を元に、佐藤達夫が執筆しました。

☆なお、種苗法に関してより詳細を知りたい人は、下記のサイトをご覧ください。  

https://www.maff.go.jp/j/shokusan/shubyoho.html

https://www.maff.go.jp/j/law/bill/201/attach/pdf/index-24.pdf

食生活ジャーナリスト

1947年千葉市生まれ、1971年北海道大学卒業。1980年から女子栄養大学出版部へ勤務。月刊『栄養と料理』の編集に携わり、1995年より同誌編集長を務める。1999年に独立し、食生活ジャーナリストとして、さまざまなメディアを通じて、あるいは各地の講演で「健康のためにはどのような食生活を送ればいいか」という情報を発信している。食生活ジャーナリストの会元代表幹事、日本ペンクラブ会員、元女子栄養大学非常勤講師(食文化情報論)。著書・共著書に『食べモノの道理』、『栄養と健康のウソホント』、『これが糖血病だ!』、『野菜の学校』など多数。

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