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『黒子のバスケ』脅迫事件初公判で渡辺被告が主張した犯行動機

篠田博之月刊『創』編集長

本日3月13日、午後2時からの「黒子のバスケ」脅迫事件初公判を傍聴しました。抽選にはずれて傍聴できないのはまずいと7人で地裁前に並んだのですが、意外と傍聴希望者が少なく、7人のうち5人も入れました。予想外に傍聴希望が訪れなかったのは、この裁判がわかりにくいせいかもしれません。既に渡辺博史被告は4回逮捕され、3件で起訴されていますが、きょうの初公判の時点でもまだ取調べが終わってないという奇妙な状況です。これはひとつには、脅迫の被害者があまりにも多数に及び、事実確認に時間がかかっているためです。これから起訴される案件もあり、証拠関係が出揃うのは4月になりそうです。

今のところ検察側は、最初の一昨年の上智大の硫化水素事件をひとつの案件、それと昨年10月のセブンイレブンなどへの脅迫や毒物菓子を置いたりした事件をもうひとつの案件と整理しているようです。10月の脅迫事件も、細かく言うと、2度にわたって脅迫状を送っているので、それぞれが別に起訴されているようで、3件の起訴、2通の起訴状とされていました。

まだ取調べが続いているという状況では、きょうの公判は認否だけしかできないだろうというのが大方の予測だったと思います。ところが、あにはからんや。被告人の意向で、長文の意見書が読み上げられ、犯行の動機や、自分の思いなど、全て被告が語ってしまうという異例の展開になりました。全てといっても、証言の途中で裁判長に「15分間にしてください」と制されて、後半の一部を割愛することに。でも趣旨は十分、法廷の傍聴人や報道関係者に伝わったと思います。事前に被告人が準備した原稿はなかなか力のこもったもので、私は最前列で傍聴していて、何やら裁判のハイライトがきょうで終わってしまったような気がしたものです。渡辺被告にとっては、きょうの公判が最大の山場だったと思います。

さてその意見陳述の内容は、恐らく大手マスコミも要旨を報道すると思うし、私も遠くない時期に全文公開をと思いますが、ここでポイントのみ紹介しておきましょう。本人はこの事件を「人生格差犯罪」と法廷でも呼んでいました。

渡辺被告は、小学校に入ってすぐいじめにあい、しかも父親に殴り飛ばされるなど、家庭でも否定され、30年前から自殺を考えていたといいます。昨年、逮捕されて手錠をかけられた時もショックはなく、「いじめっ子と両親にはめられた手錠のそれは具現化だった」と述べました。自分の人生は30代で終わったと思っており、脅迫事件は、自分とあまりにもかけ離れた成功者である「黒子のバスケ」作者へのねたみから、自殺の道づれにしてやろう、せめて一太刀浴びせて死んでいこうと考えてのことでした。

逮捕された時「負けました」と言ったのは、人生の負けがこれで確定したという気持ちからで、「ゲーム感覚」などと論評する人もいましたが全く見当はずれで、自分はゲーム感覚で犯罪を行ったわけでないといいます。犯行を続けるうちに、自分の人生で初めてといえるほど燃え、頑張れたので、この犯罪を終え、その後に自分の人生を終わらせたいと考えていたといいます。ちなみに報道では逮捕時に「ごめんなさい、負けました」と言ったとされていましたが、「ごめんなさい」と言ったことはないということでした。

送検時に自分が笑った映像が流れ、「有名になってうれしかったのでは」という論者もいたようですが、これも違っています。フラッシュを膨大にあびせられた瞬間、とうとう自分は統治権力に罰せられることになったと自覚し、自嘲の笑いがこみあげたのだといいます。

渡辺被告は、自分の命の価値が絶無であることを知っており、実刑判決が出ても控訴する気はないし、出所したらすぐ自殺するつもりです。それがせめて、迷惑をかけた方々に溜飲をさげさせることになると思うし、その人たちに対してできることはそのくらいだと思っています。人生の負けが確定し、自分の人生はもう終わったと思っていますといいます。

と、このあたりまでで裁判長から「もう時間がないのでそろそろ」という制止が入り、渡辺被告は途中を飛ばして最後の一言を大声で、まるで叫ぶように法廷でこう言いました。

「最後に申し上げます。こんな人生やってられないから、とっとと死なせろ!」

以上、私のメモをもとに被告人の意見陳述を紹介しました。もっと正確で詳細な内容をそう遠くない時期に、お伝えできると思います。

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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