【図解】まるでドラマ! 韓国を騒然とさせる脱北者の”脱南劇”。国境の川沿いの排水溝から北朝鮮へ――。
北朝鮮が26日に発表した「韓国からの不法帰国者から新型コロナウイルス流入」のニュースが韓国を騒がせている。
なにせ、北朝鮮側の発表により韓国政府・軍部・警察ともにそういった人物の存在を知り、慌てて調査を始めるという事態に陥っているのだ。27日付の「中央日報」は社説で「当局は何をしている?」と強く批判した。
いったい「脱南劇」はどうやって繰り広げられたのか。国境の川を泳いで渡る前の「有刺鉄線」を避けるの突破方法を
有刺鉄線を避け、障害物を突破し、救命胴衣を身に着け泳いで北へ
当事者は20代男性の「キム氏」と報じられている。2017年に北朝鮮側の開城から脱北。当時も国境の川を泳いで脱北した。その際には韓国側の警備に発見され、身柄を確保された。亡命が認められると他の脱北者と同様、韓国での生活の基本について研修を受ける「ハナ院」で3ヶ月過ごした。その後はソウル近郊の金浦市でコンビニでのアルバイトなどをしながらユーチューバーとしても活動していた。
泳いで帰った? 北発表の「コロナ感染の韓国からの違法帰国者」は実在か。韓国で大きな話題に。
しかし、その生活は順調ではなかった。2020年6月に知人の脱北者の女性に対する性的暴行の疑いをかけられ、数度の捜査を受けていた。また韓国での生活にも馴染めず、2000万ウォン(175万円)の借金を作り、脱北者の知人にこれを穴埋めする借金を重ねていたことが分かった。
これらをリセットするための”脱南”の準備は少しずつ進めていたようだ。数日前から家の荷物を整理、またこれを別の脱北者ユーチューバーが察し、「彼が北に帰ろうとしている」と発表していた。
”実行”の足取りとして以下の点が韓国メディアで報じられている。
(1)17日 知人の車に乗り金浦市方面から仁川市江華島付近へ移動。
前日に移動した目的は「現場の下見」だった。その後一度金浦市の自宅に戻っている。
(2)18日深夜2時頃 タクシーに乗り江華島にある燕尾亭(ヨンミジョン/仁川市有形文化財)の横の排水溝に移動。
韓国メディアの報道を総合するとこの位置と思われる。
以下、韓国の「聯合ニュース」が報じた現地周辺の写真。
(3)有刺鉄線の抜け道「排水溝」。さらにその中の障害物を越え、国境の川へ
「聯合ニュース」はさらに、グラフィックチームが”脱南時”の状況を詳しく図示した。
なぜこの場所が選ばれたのか。このルートからの脱出の場合、韓国側への脱出の最大の難関は「有刺鉄線」だったと思われるからだ。物理的に飛び越えることが難しいのはもちろん、越えれば警備の目につく可能性が高い。
排水溝はこれをくぐり抜ける格好の場所だった。
ただし、そこにも2重の障害物があった。
ひとつは中間地点に、複数の細い鉄の棒が縦に打ち込まれている点。しかし現地を取材した「聯合ニュース」は、「肉眼でも見ても錆びているところがあり、さらに鉄の棒の間が広い部分もある」。同媒体は「キム氏はこれを手で広げ、中に入ったのでは」と推測する。
さらに進むと、排水溝の形にそって有刺鉄線が張り巡らされている。ここも「少し古くなっており、キム氏が手で間隔を広げた余地がある」(28日に韓国メディアの取材に応じた合同参謀部長)。
これらに対し、キム氏が有利な点があった。体格だ。
163センチ54キロ。
「聯合ニュース」など複数の韓国メディアは彼の体格を大きく報じる記事も配信した。
二つの障害物を潜り抜け、その後は救命胴衣を身に着けて川を渡ったと推測されている。また現場には本人のものと思われるカバンが残っており、通帳から500万ウォン(約44万円)を引き出し、うち480万ウォン(42万円)を米ドルに両替した領収書などが見つかったという。
韓国警察・軍部は批判を免れえない
今回の出来事、そもそも(26日時点の北側の報道時)のポイントはこの人物が「新型コロナに感染している疑いがかなり強く、開城市を都市封鎖した」という点だった。該当者のコロナ感染については28日に韓国政府側から「感染者リストに名前はない」と発表があった。
むしろ、韓国を騒然とさせているのが、政府・警察・軍部の「落ち度」だ。先日の記事にも書いた通り、キム氏の周囲の脱北者が警察に「逃亡の可能性あり」と通報したが、金浦市の警察はこれを取り合わなかった。
そもそも「脱北者の韓国社会での定着を見守るため、5年間は警察署所属の担当官が行動を保護観察する」という決め事があるが、これも守られていなかった。「中央日報」は「性犯罪で捜査を受ける人物を観察できないとは、管理不足。責任が問われるべき」とした。
いっぽう韓国政府統一部(省)は27日に「北に戻った脱北者が11人いることは把握しているが、彼らは普通の大韓民国国民であるため、海外旅行などの制限を課すなど、行動を把握することは難しい」とコメントした。
国境の警備を見落とした軍部はさらに厳しい批判が避けられない。2012年10月、江原道の国境地帯で北朝鮮軍の軍人がまったく制止されることなく韓国軍の小屋まで到達。ドアをノックし、亡命を申し出る出来事があった。また2015年にも別の国境地帯で同様の出来事が生きている。
前出の中央日報の社説は「普通の深刻さではない」とし、こう批判した。
「(過去に国境警備の甘さに関する)事例が起きる度に軍は『再発防止』を誓ってきたが、それにもかかわらず民間人が軍事分界線を越え、北に渡った後、1週間も過ぎてようやく北側の発表によって越北の事実が公開された。その後に韓国当局が事実確認のためにあたふたする奇想天外な事件が起きているのだ」
軍の監視カメラには、深夜2時に現場付近で停車するタクシーが捉えられていたが、事態を把握できなかったという――。