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餌をやらない養魚場と植林しない人工林

田中淳夫森林ジャーナリスト
自然に任せ、多様な木々のある森づくりが林業の主流になりつつある。

テレビ番組で、アメリカのオーナーシェフが持続可能な魚の養殖について語っているのを視聴した。

それによると、スペインにあるヴェタ・ラ・パルマ養魚場では素晴らしく美味しい魚を養殖しているそうだ。一種類の魚だけではなく、さらにエビなどの水棲生物も繁殖させている。

しかも鳥たちの楽園になっている。なんと250種60万羽の鳥が生息しているという。通常の養魚場では、鳥類は天敵だ。養殖している魚を餌にしようと狙っているからだ。事実、この養魚場でも、育つ魚やエビ(卵を含む)の約2割は鳥たちに食べられてしまう。

驚くべきは、この養魚場では餌を一切与えていないことである。

魚たちが食べるのは、自然発生した水草や藻、そして植物性プランクトンである。そして水が綺麗なのだそうだ。流れ込む河川の水が澄んでいるのではない。むしろ普通の川と同じ程度に汚れている。化学物質も含まれているだろう。しかし養魚場に流れ込むことによって、浄化されるのだ。水草や藻が汚濁物質を分解してしまう。

もともとこの場所は、湿地帯だった。それをアルゼンチンの業者が干拓して肉牛の牧場にした。しかし経営が破たんしてしまう。そこでスペインの会社が買い取り、再び水を導入して湿地を復元するとともに、自然の養魚場にしたのだ。広さは109平方キロメートルもあり、現在の養魚場の管理人は、魚に素人の生態学者だという。

これまで養魚場と言えば、狭い水域を囲って、魚をぎゅうづめに養殖するものだった。そして餌を大量投入するから水質が悪化する。ときには抗生物質などの薬品も投入した。そんな環境の中で育てられる魚が病気にならないようにするためだ。

だが、ここでは逆に広大な養魚場が水を浄化するのである。そして多種多様な魚介類が育つ。鳥類のような水域以外の動物にも恩恵を与えているのだから、生物多様性に大いに貢献しているわけだ。

この話を聞いて、私は林業界を連想した。

というのは、まったく同じことが林業界にも起きているからである。

林業は、木材を生産する産業である。人類が必要とする木材を、早く大量に供給する場として人工林が作られた。同じ樹種、同年齢の苗を一斉に植えて、余計な雑草や雑木を排除することで、早く目的の木を育てた。そして目的の太さになると、一斉に皆伐して収穫した。ある意味、養魚場と似ている。

だが、一斉林は生態系が単調だから生物多様性に劣り、病害虫が発生したらあっという間に広がり森全体が壊滅する。この問題をいかに解決するかが長く悩みの種だった。

ヨーロッパ中部では、今から100年以上前に、広範囲の森林が大規模な病虫害にみまわれ壊滅した。その教訓から、森づくりの方針を根本的に転換している。つまり一斉林や皆伐を止めたのだ。とくにドイツやスイス、オーストリアなどでは多種多様な木々を育てる「天然林施業」を基本とするようになった。針葉樹や広葉樹が交じり、林床には草も生えたままだ。

収穫は、択伐で行う。森の中の木を一本一本チェックして必要な木を抜き伐りするのだ。もちろん年間の生長量を厳密に計算し、それ以下の木材しか伐りださない。皆伐は原則禁止だ。

そして植林もほとんどしない。自然と樹木の種子が散布され、芽生えた稚樹を育てる天然更新という手法を取り入れた。下草も刈らない。芽生えた苗は、自己間引きを繰り返し、強いものだけが育つ。

こうして成立した森は、見たところ天然林と変わりない。だから、それらの国では人工林という概念は消えつつある。

まさに餌をやらない養魚場のように、苗を植えず手をかけない林業なのである。

スイスのベルン州エメンタールには、世界的に有名な択伐林がある。かつては一斉林だったが、1904年から天然林施業に取り組み、今やモミやトウヒ、ブナなど多種多様な木々が生い茂る森である。また樹齢もさまざまだ。

フォレスターの説明によると、面積は20万ヘクタールあり、年間20万立方メートルの木材を生産している。植林は、年間6000本程度。自然のままでは生えにくいところに、わずかに植えるだけだ。手入れにかける時間は、一ヘクタール当たりの平均で年間20分。伐採には4時間だという。

もちろん、スイスすべての森で天然林施業を行っているわけではないし、気象や土壌なども日本とは条件が違うだろう。しかしアメリカや熱帯地域でも、天然林施業は広がり始めている。世界の林業界の趨勢は、自然界のシステムを取り入れるように向かっているのだ。

そう言えば、畜産も畜舎飼いではなく、放牧に力を入れている農家が現れている。その方が健康な牛や豚が育つのだ。なかには棚田など放棄農地を放牧場にする試みも行われ始めた。

第一次産業の新たなトレンドに気づかず、大規模・画一的な農林漁業をいつまでも信奉しているようでは、世界の流れに取り残されるかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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