まるで駄々っ子 トランプ米大統領がイギリス国賓訪問の中止・延期を検討
弱り目に祟り目の英首相
[ロンドン発]これこそ弱り目に祟(たた)り目とでも言うのでしょうか。8日投開票の総選挙で議席を増やすどころか、よもやの過半数割れに追い込まれたイギリスの首相テリーザ・メイを新たなバッド・ニュースが襲っています。
ロンドン橋や食材市場バラ・マーケットで起きた暴走・刺殺テロに関するロンドン市長サディク・カーンの発言を批判して、物議をかもしたアメリカの大統領ドナルド・トランプがエリザベス女王の招きに応じて国賓としてイギリスを訪問することを考え直すと言い出したのです。
欧州連合(EU)との本格的な離脱交渉が始まるのを控え、イギリス国内の政権基盤は弱まっています。それに加えて第二次大戦以来「特別な関係」を維持してきた同盟国アメリカからもそっぽを向かれるとイギリスは「栄光ある孤立」(19世紀後半における大英帝国の非同盟外交)とは程遠い「失意の孤立」を強いられます。
総選挙の思いもしなかった過半数割れでブレグジット(イギリスのEU離脱)は相当な困難が予想され、イギリスの落日が浮かび上がってきました。
左派系の英紙ガーディアン電子版は11日、首相官邸顧問の話として「2~3週間前にトランプはメイと電話会談し、国賓として訪英する際、大規模な抗議活動が起きるようなら、行きたくないと伝えた」と報じています。
イギリスの国民に嫌われているようだから、国賓としての訪英をしばらく見合わせるというわけです。
メイは今年1月、訪米してトランプと会談した際、共同記者会見で年内に国賓としてイギリスにお越し頂けないかというエリザベス女王の招待状を手渡したことを明らかにしていました。
英BBC放送やロイター通信は「イギリスの首相官邸はトランプの訪英に変更なしと説明」「米ホワイトハウスもその話題は電話会談の俎上に上がらなかった」と報じ、ガーディアン紙の報道を否定しました。
がしかし、トランプ批判の急先鋒の一つ、米紙ニューヨーク・タイムズは政府高官2人の話として「トランプ大統領は今年に予定されていた国賓としてのイギリス訪問をキャンセルするか延期するか慎重に検討している」と報じました。
今回の騒ぎは、6月3日にロンドン橋やバラ・マーケットで8人が死亡、48人が重軽傷を負った暴走・刺殺テロについてロンドン市長のカーンが「今日もしくはここ2~3日のうちにロンドンの街頭警官は増えるのを見ても怖がる必要はない」と発言したことをトランプがツイッターで批判したのが発端です。
カーンは同時に「警戒レベルは上から2番目の『シビア』で、これはイギリスでテロが起きる恐れが依然として高いことを意味している」と警戒を呼びかけていましたが、トランプは知ってか知らずか文脈を全く無視してツイートしました。
「ロンドン市長は怖がる必要はないと言っている」
トランプのツイートを見ておきましょう。
「我々は政治的に正しい言葉遣い(ポリティカル・コレクトネス)は止めて、国民の安全を守ることに注力すべきだ。賢くならなければ犠牲が増えるだけだ」
「テロ攻撃で少なくとも7人が死亡、48人が負傷した。にもかかわらず、ロンドン市長は『怖がる必要はない』と言っている」
「今、銃保有の議論が行われていない。だからテロリストはナイフやトラックを使うんだ」
ロンドン市長の広報官は「市長の発言は、ロンドン市民が街頭で武装警官を含め警官が増えるのを見ても怖がらないように、というものだった。トランプ大統領は意図的にこの文脈から切り離してツイートした。間違った情報に基づいたトランプ大統領のツイートに反論するより大切な仕事が市長にはある」と反論しました。
6月12日始まったロンドン・テク・ウイークのイベントで市長のカーンは「この瞬間、トランプがどんなツイートをしているか、私には分からない」と皮肉りました。
「ヴォルデモートもトランプには及ばない」
昨年のアメリカ大統領選でイスラム教徒の米国入国禁止を呼びかけ、メキシコ系移民を犯罪者やレイプ犯人と決めつける差別発言を行ったトランプに対して、イギリスの世論は厳しい姿勢を示してきました。
昨年1月、トランプのイギリス入国禁止を求める電子署名が57万6千人以上も集まったため、英下院で約3時間にわたって審議が行われました。イギリスでは、公序良俗を乱し、公益に反する言動を繰り返す人物について入国禁止にするかどうか決める権限が内相(当時はメイ)にあります。
ヘイトスピーチでイスラム教の聖典コーランを燃やした米フロリダ州ゲーンズビルのキリスト教会「ダブ・ワールド・アウトリーチ・センター」の牧師テリー・ジョーンズ、イスラム排斥を公然と唱えるオランダの極右政党・自由党党首のヘルト・ウィルダースら84人が入国禁止になっています。
トランプのイスラム教徒入国禁止発言などについて、人気魔法使いシリーズ「ハリー・ポッター」の作者J.K.ローリングは「邪悪なヴォルデモートもトランプ氏の足元にも及ばない」と批判しました。イギリスでは、間接民主制を補完する手段として、10万人以上の電子署名が集まった場合、下院で審議を行うかどうか検討するルールが2010年に導入されました。
下院の審議では「英国人は牛肉をローストするのが得意だ。代わりにトランプ氏をローストにしてやろう」(保守党議員)「トランプ氏が私の選挙区の有権者に会ったら、彼らはトランプ氏を馬鹿な奴!と言うでしょう」(保守党の女性議員)「奴をここに連れて来い。足の間についている尻尾と一緒に送り返してやる」(北アイルランドの民主統一党議員)など勇ましい意見が相次ぎました。
「ムスリムに対する無知が危険を拡大させる」
昨年5月、ロンドン市長に選ばれたカーンはムスリム(イスラム教徒)の「パキスタン系移民のバス運転手の息子」で、24歳まで兄弟で2段ベッドを利用していたそうです。EU加盟国の首都でも初のムスリム市長だったため、大きなニュースになりました。
カーンは米誌タイムや英紙デーリー・テレグラフのインタビューで、差別発言を繰り返すトランプを厳しく批判しました。
「英保守党の戦術家は(社会を分断するトランプ流の)こうしたやり口でロンドン市長選に勝てると考えたが、彼らは間違っていた。トランプ氏のアプローチでは米国でも勝利を収めることはできない」
「トランプ氏のムスリムに対する無知は、英国と米国により大きな危険をもたらすだろう。世界中のムスリムの大多数を疎外し、過激派に利用される危険性がある」「トランプ氏とその取り巻き連中は西洋のリベラルな価値はイスラム教と両立できないと考えているが、ロンドンはトランプ氏が間違っていることを証明した」
トランプは英テレビITVにこう反論しました。
「カーン氏は私のことを知らないし、私と会ったこともないし、私が何者かも知らない」「彼のコメントは非常に失礼だ。率直に彼に言ってくれ。私は彼の発言を忘れない。非常に不愉快な発言だ」「そのようなことを言う彼の方こそ無知だ。IQ(知能)テストで決着をつけよう」
「私たちはイスラム過激派のテロによって非常に大きな問題を抱えている。世界中で起きていることだ。世界が爆破されようとしている。テロを起こそうとする人たちはスウェーデンから来たわけでない。分かった?」
「トランプの知性は原生動物並み」
首相になったメイが今年1月に訪米してイギリスへの国賓としての訪問を要請した際も審議に必要な10万件をはるかに上回る186万3707件の署名が集まり、国賓ではなく公式訪問に格下げするかどうかが2月に下院で審議されました。
労働党議員は「トランプ大統領の知性は原生動物並み。不機嫌な子どものように振る舞っている」「国賓として招待すればイギリスがトランプの言動を容認していると受け止められる」と痛烈に批判しました。
アメリカにとってイギリスは昔ほど大切な同盟国ではなくなってしまいました。トランプにしてみれば、大規模な抗議活動に見舞われるというリスクをとってまでイギリスを訪問する意味はあまりないのです。
EU離脱交渉を有利に進めるため、アメリカとの蜜月ぶりをEUに見せつける計画だったメイの思惑は大きく揺らいでいます。
(おわり)