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新型コロナ治療薬の現在 結局レムデシビルは効くのか?トランプ氏に使われたモノクローナル抗体の効果は?

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

新型コロナウイルス感染症が世界中に広がりもうすぐ1年になろうとしています。

当初、新型コロナに対しては有効な治療薬が全く分からなかったところから、現在はある程度有効な治療薬が使用できるようになり、致死率の低下に貢献しています。

現在の治療薬の進捗状況をご紹介します。

新型コロナウイルス感染症の治療の考え方

新型コロナウイルス感染症の経過(https://doi.org/10.1136/bmj.m3862 に筆者加工)
新型コロナウイルス感染症の経過(https://doi.org/10.1136/bmj.m3862 に筆者加工)

新型コロナウイルス感染症の患者は、発症から1週間くらいはインフルエンザのような症状を呈します。

この時期には新型コロナウイルスが体内で増殖しています。

大半の人は、このようなインフルエンザ様症状の時期を終え自然に良くなりますが、一部の患者では発症から約7日目前後くらいから、ウイルス量は減少しているにもかかわらず、息切れなどの肺炎の症状が増悪し、さらに一部は重症となり集中治療室での治療が必要になることがあります。

この時期は、感染者の免疫反応による過剰な炎症が症状悪化の原因と考えられています。

新型コロナウイルス感染症の経過と治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)
新型コロナウイルス感染症の経過と治療の考え方(doi:10.1016/j.healun.2020.03.012を参考に筆者作成)

こうした病態に基づいた治療として、

・ウイルスが増殖している発症早期に抗ウイルス作用を持つ治療薬を投与する

・過剰な炎症反応が起こっている発症約7日目以降には抗炎症作用を持つ治療薬を投与する

というのが現在の標準的な考え方となっており、国内で承認されているものとして前者はレムデシビルが、後者はデキサメタゾンなどのステロイドが使用されるのが標準治療になっています。

しかし、これらの薬剤も使えば必ず良くなるというものではないため、現在も「抗ウイルス作用を持つ治療薬」「抗炎症作用を持つ治療薬」それぞれの治療薬候補の開発・研究は続いています。

すでに数え切れないくらいの治療薬が新型コロナウイルス感染症に研究として投与されていますが、ここでは最近の主要な医学誌などで発表された臨床研究の結果などを中心にご紹介します。

結局レムデシビルは効くのか?

レムデシビルは2020年5月に国内でも緊急承認を受け、中等症・重症例で使用可能となっています。

この承認は、レムデシビルが新型コロナウイルス感染症の臨床症状改善を短縮する、というランダム化比較試験の結果に基づいたものですが、その後も2つのランダム化比較試験が報告されています。

その中には、WHOが主導して行ったSOLIDARITY trialも含まれており、以下のように「ほとんど効果がなかった」という結果が発表されています。

「レムデシビル」、新型ウイルスには「ほとんど効果なし」=WHO 製薬会社は反論

レムデシビルの4つのランダム化比較試験の結果の概要(筆者作成)
レムデシビルの4つのランダム化比較試験の結果の概要(筆者作成)

これまでに4つのランダム化比較試験の結果が出ており、

・NCT04257656:有意差なし

・ACTT1:症状期間短縮

・NCT04292730:5日治療群は標準治療群に対して症状短縮効果あり 10日治療群は標準治療群に対して有意差なし

・SOLIDARITY trial:死亡率に有意差なし

という結果になっています。

同じランダム化比較試験なのになぜこれだけ異なる結果が出るのか不思議に思われるのではないでしょうか。

これは対象となった患者の

・重症度の違い

・人種の違い

・発症から投与された日までの時間

・プラセボ薬の有無

などによるものと考えられます。

レムデシビルの4つのRCTの登録患者を重症度別にまとめた死亡率のメタ解析(https://doi.org/10.1101/2020.10.15.20209817 を筆者加工)
レムデシビルの4つのRCTの登録患者を重症度別にまとめた死亡率のメタ解析(https://doi.org/10.1101/2020.10.15.20209817 を筆者加工)

実際にレムデシビルを使用している臨床医の実感としては、「効いてないことはないだろう」と思っていますし、これら4つのRCTの患者を全てまとめて解析をすると「人工呼吸器を使用していない患者」では有効性が示唆されています(厳密には95%信頼区間が1をギリギリまたいでいますが)。

いずれにしても劇的に効く治療薬というものではなく、重症化してしまう前になるべく早く投与すればある程度効果は期待できるものなのだろう、というところかと思います。

モノクローナル抗体は有効か?

モノクローナル抗体と言えば、トランプ大統領が新型コロナに感染した際に使用されたことで話題になりました。

トランプ大統領 新型コロナ 体調改善の抗体医薬の普及強調

新型コロナ以外の感染症では、エボラ出血熱に対してこのモノクローナル抗体が使用されて、レムデシビルよりも有効であったというランダム化比較試験が発表されています(レムデシビルは元々エボラ出血熱の治療薬として開発された薬剤なのです)。

モノクローナル抗体は、新型コロナウイルスを中和する「中和抗体」を人工的に製造し投与するものであり、現在はEli Lilly社の開発する「LY-CoV555」と、Regeneron社の開発するカクテル(2つの中和抗体の組み合わせ)「REGN-CoV2」の臨床研究が進んでいます。

トランプ大統領は後者のREGN-CoV2が投与され、その後回復していますが、このモノクローナル抗体はどれくらい有効なものなのでしょうか?

Eli Lilly社の開発する「LY-CoV555」の効果を検証するための、軽症を中心とした新型コロナ患者を対象としたランダム化比較試験では、プラセボ群と比較して新型コロナウイルスのウイルス量が有意に減少していた、という報告がNEJM誌に発表されています。

またプラセボ群と比較して入院に至った患者も少なかった、とのことです。

この研究では発症から中央値で4日目にはLY-CoV555が投与されており、少なくとも発症して早期にこの中和抗体を投与すればウイルス量を減らすことが可能であり、重症化も阻止できるかもしれない、ということが示唆されます。

しかし、一方で残念なことに重症の入院例を対象にしたLY-CoV555のランダム化比較試験は中間解析で「研究に参加する患者にメリットがない」と判断され中止されました。

同様に、Regeneron社は「REGN-CoV2」の有効性を検証するためのランダム化比較試験のうち、高流量酸素を要する患者および人工呼吸機が必要な患者の登録を一旦中止することを発表しています。

これらの結果が意味することは、発症から時間が経過しすでに重症化してしまっている症例に対しては効果は期待できないのではないか、ということです。

レムデシビルにせよ、中和抗体にせよ、理論的には新型コロナウイルスに対して有効と考えられますが、「どの時期に」「どういった患者を対象に」投与すれば効果が得られるのか、という問題に議論が移行してきています。

新型コロナウイルス感染症治療薬の開発は少しずつ前進している

このように、新型コロナウイルス感染症に関してはなかなか特効薬と呼べるような治療薬が現れない状況です。

先日も、効果が有望視されていたトシリヅマブというIL-6阻害薬に関するランダム化比較試験が3つ(アメリカイタリアフランス)報告されましたが、いずれも芳しくない結果でした。

しかし、少しずつですが有効性が示された治療薬も出てきており、臨床現場では丸腰で戦っていた第一波の頃と比べて明らかに治療薬の効果を実感できる場面が増えてきています。

臨床医としては、このような研究による進歩に感謝しつつ、今後も引き続き重症患者に有効な治療薬や、軽症患者に有効な低コストな治療薬も登場を待ち望んでいます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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