NTT法をめぐるSNS場外乱闘であらためて考える、SNSのリスクと可能性
「NTT法」の見直しをめぐるNTTと通信3社(KDDI、ソフトバンク、楽天モバイル)の激しい議論が、その舞台をSNS上にまで拡げたことが、大きなニュースとなっています。
特に大きく注目されたのが、楽天グループの三木谷社長によるSNS上への投稿に対して、「NTT広報室」のアカウントが「ナンセンス」と強い言葉で反論を投稿したことでしょう。
参考:三木谷氏の主張「ナンセンス」、完全民営化巡りNTTが異例の反論
通常、こうした議論は記者会見や、総務省の委員会などでされているイメージですが、今回はまさに「SNS場外乱闘」とでも言うべき議論が、SNS上で展開。
筆者自身も、1995年〜2001年までNTTに勤めていた人間ですが、まさかNTTがSNS上のこうした議論に参戦する日が来るとは夢にも思っていませんでした。
ただ一方で、今回の「NTT広報室」による反論は、日本企業のSNS活動の今後を考える上で、大きな課題を明らかにしているとも感じます。
それは「個人」と「会社」の違いです。
一週間の間に各社のSNSが議論に参戦
まず、今回の議論を時系列に整理すると下記のようになります。
■11月14日早朝 自民党の「NTT法の在り方に関するプロジェクトチーム」の提言の原案がNTT法の廃止に言及されていることが報道される
参考:NTT法「廃止を」 自民の提言原案が判明 防衛財源化は見送りも
■11月14日午後8時半 楽天グループの三木谷社長が「最悪の愚策」と投稿
■11月14日午後11時 ソフトバンクの宮川潤一社長が三木谷社長の発言を受ける形でほぼ7年ぶりの投稿を実施
■11月15日午前7時 KDDIの高橋誠社長も三木谷社長の投稿をリポストし、三木谷社長の投稿にコメントする形で4年ぶりの投稿を実施
■11月17日午前10時 「NTT広報室」のアカウントが、三木谷社長の投稿を引用する形で「ナンセンス」とする反論投稿を連投。
■11月17日 テレビも含めて多くのメディアがSNS上の議論を報道する結果に
14日の三木谷社長の投稿は記事執筆時点で990万インプレッションを超えており、17日の「NTT広報室」の投稿は1470万インプレッションを超えています。
Yahoo!リアルタイム検索によると「NTT法」の言及数は、「NTT広報室」が反論をした17日に跳ね上がっています。
NTT法改正という、あまり一般には注目されにくい話題がこれだけ大きな注目を集めたというのは非常に興味深い現象だと言えるでしょう。
「個人」の投稿に、「会社」として反論したNTT
この一連の議論で最大の違いとなるのが、冒頭に提起した「個人」と「会社」の違いです。
フォロワー数で見ると、123万フォロワーを超えている三木谷さんがダントツで、各社のアカウントには歴然とした発言力の違いがあります。
・三木谷社長 123万フォロワー
・宮川社長 1.7万フォロワー
・高橋社長 3000フォロワー
・NTT広報室 9.8万フォロワー
しかし、今回の最大の違いは前者の3名は「個人」のアカウントで投稿しているのに対して、「NTT広報室」は「会社」のアカウントで投稿している点でしょう。
「NTT広報室」は、普段はNTTグループの活動などを紹介するアカウントであって、当然ながら他社に反論をするためのアカウントではありませんでした。
これまでも、NTTとして意見表明をする際には、ニュースリリースにリンクをする形で投稿がされており、その具体的な資料もPDFへのリンクという旧来の典型的な大企業のスタイルを取っています。
今回の議論において、おそらくNTT側としては、SNS上で三木谷さんの投稿が大きな反響をうけていることを気にしていて、そこにソフトバンクとKDDIの社長も参加することになったため、どうしても反論しなければいけないという焦りを感じたものと想像されます。
その結果、これまででは考えられないような三木谷社長の引用投稿で「ナンセンス」という強い言葉を使った反論に、踏み切ったのでしょう。
三木谷社長の投稿から「NTT広報室」の引用投稿までに3日の期間が空いていることに、社内でも相当の議論がなされていたことが容易に想像できます。
社長アカウントと広報室アカウントの違い
ただ、現時点での印象としては、この「NTT広報室」の選択は明らかに難しい矛盾をはらんでいます。
SNSは、基本的に「個人」がコミュニケーションをする場所です。
これまで日本の大企業においては、「会社」の肩書きで「個人」がSNS上で発言することが、メリットよりもデメリットの方が大きいと考えている企業が多いのが現状でした。
そのため、多くの企業が「NTT広報室」のように「中の人」という疑似人格をつくり出すことで公式SNSアカウントを運営するという選択をしています。
今回は、そんな「NTT広報室」としての反論だからこそ、ここまでメディアに注目されましたが、本来SNS上の議論というのは「個人」と「個人」が行うものですから、この発言主が誰なのか曖昧な形態での議論を長くつづけることには、どうしても無理があります。
実際、「NTT広報室」の投稿に対して、ソフトバンクの宮川社長が「我々は顔を出し議論をする用意がある」と、暗にNTT側が発言の主を曖昧にしていることを指摘しているのが象徴的と言えます。
議論をしている側からしても、「NTT広報室」の投稿が、社長の意思を反映しているのか、担当者が独断で投稿しているのかがはっきりしなければ、本気の議論のしようが無いとも言えるわけです。
「会社」で合議しながら議論するのは難しい
また、今回のNTT法をめぐる議論のようなシーンにおいては、当然ながらこの「NTT広報室」のアカウントでは、「個人」のスピーディーな議論に対応できません。
今回の反論までに3日の期間がかかったことが象徴的ですが、当然「NTT広報室」の投稿は、社内のチェックや関係部署の承認を受けてされているはずで、時間がかかってしまうわけです。
もちろん、各社の社長アカウントも、ある程度広報チェックはあると思われますが、最終責任を取れる社長の方が柔軟に発言や反論ができるのは間違いありません。
特に楽天グループの三木谷社長は、創業者であり自らの責任で発言ができる立場。
炎上や批判のリスクもある程度織り込んで、素早く強い言葉で発言することが可能な立場と言えます。
「NTT広報室」のSNSアカウントが、そんな三木谷社長とのSNS上での議論を長期にわたって継続するのは、かなり難しい行為と言えるでしょう。
おそらく「NTT広報室」としては今回の一連の反論投稿のみで、議論に勝とうとしたのだと思いますが、こうした立ち位置が違う相手とのSNS上での議論は、基本的に簡単に勝負はつかず、論争が論争を呼ぶものです。
少なくともNTT側はSNS上の議論を継続するのであれば、発言主を明らかにしないと、どんどん難しい構造にはまり込んでいくリスクがあると想像されます。
大企業において「個人」がSNSで反論できないリスク
今回、はからずも明らかになったのは、NTTのように社長や役員など責任ある立場の人間が、SNS上の議論に「個人」で反論できないという、「SNSを使っていないリスク」です。
もちろん、社長であっても「個人」のSNS投稿には、それはそれでその「個人」が問題発言をすることによる炎上や批判という「SNSを使うリスク」が存在します。
特に上場企業は、株価に影響を与えるような発言をSNS上で行うことは、風説の流布や相場操縦などの違法行為とみなされるリスクがあるため、役員のSNS活用は避けたり控えめにしようとする方向にあったのも事実です。
ソフトバンクの宮川社長やKDDIの高橋社長が数年間Xアカウントに投稿をしていなかったのは、そうしたリスクを避ける面もあった可能性は高いでしょう。
高橋社長のこの10年間で唯一の投稿が、ラピュタ視聴中の投稿と思われる「バルス」という当たり障りのないものであることが、非常に象徴的と言えます。
しかし、高橋社長は少なくともXのアカウント自体は2009年に開設して利用はしていたため、今回の一連の議論に「個人」のアカウントで参戦できたわけです。
もちろん、NTT側にも選択肢がないわけではありません。
今からNTTの島田社長や役員が「個人」でアカウントを開設せずとも、スシローの公式アカウントが年始の顧客による迷惑動画騒動の時に行ったように、社長名を明記して投稿を行うという選択肢もあります。
今後、こうした「個人」での議論という選択をNTT側が選ぶのかどうかが、一つの注目点と言えるでしょう。
従来型のコミュニケーションの常識の終わり
いずれにしても、今回の騒動は、従来であれば自民党や政府、そして総務省の会議室などで淡々と決まっていったであろう「NTT法廃止」の議論が、三木谷社長のSNSの投稿一つでオープンな議論に広がってしまった、という時代の変化を象徴したものと言えます。
今回の騒動までは、「NTT法廃止」をめぐる各社の議論は、記者会見やリリースを通じた従来型の議論ですすんでいた印象が強くありました。
しかし、今回「NTT広報室」が、三木谷社長の「最悪の愚策」という強い言葉に黙っていられずに「ナンセンス」という強い言葉で反論してしまったこと自体が、NTTが主戦場としていた従来型の根回しや調整の世界から、SNS上のオープンな議論の世界に引きずり出されてしまったシンボルとも言えるでしょう。
一方、実は奇しくもNTTグループには、4年前に「押しかけラグビー騒動」というちょっとした炎上騒動の際に、ネット上の誤解に対して1社員がブログ記事で迅速な反論をしたことで難を逃れた経験があります。
必ずしもNTTグループでも、「個人」で議論ができないわけではありません。
社内には多数の論客がいるはずで、当然様々な意見があるはずです。
NTT法の廃止や改正は、日本の通信業界の競争や各社の将来の戦略に大きな影響を与える選択でもあり、日本のIT業界の未来にとっても非常に重要な決断なのは間違いありません。
是非、一瞬のSNS場外乱闘としての話題に終わるのではなく、日本の未来をひらく議論につながったと振り返る結果になることを期待したいと思います。