Yahoo!ニュース

ドウデュースの担当者が語る『GⅠ勝利前、武豊が最後に告げた言葉』とは?

平松さとしライター、フォトグラファー、リポーター、解説者
朝日杯FSを勝ったドウデュースと武豊騎手。曳いているのが前川和也調教助手

一流企業をやめてホースマンに

 『武豊、GⅠコンプリートに王手!!』

 昨年の暮れ、朝日杯フューチュリティS(GⅠ)をドウデュースが制した翌朝、そんな見出しが躍った。

 これでデビュー以来3戦3勝。JRA賞最優秀2歳牡馬の最有力候補となっているこの若駒を担当するのは前川和也。1976年8月生まれで現在45歳の彼は、過去にも多くの名馬に関わってきた。

朝日杯のパドックでのドウデュースと前川
朝日杯のパドックでのドウデュースと前川

 香川県の「人より猿の方が多い」(前川)という片田舎で、2人兄弟の長男として育てられた。競馬とは無縁の家庭だったが、中学生の頃にみたテレビ中継で興味を抱いた。高校3年の時、家人に「大学受験」と言って姫路競馬を見に行った。

 「小牧太さんがまだ公営で乗っている頃で、格好良いと思い、自分も馬に乗ってみたいと考えるようになりました」

 早速、乗馬を始めた。大手ビール会社に就職したが、すぐに辞めて北海道の牧場で働き出した。

 「西山牧場や大樹ファームで働きました」

 前者ではデビュー前のセイウンスカイに騎乗した。また、牧場内で行われる草競馬“西山ダービー”で優勝した。

 「僕はダービージョッキーなんです」

 また、後者での思い出は次のように語る。

 「藤沢和雄先生と大樹ファームがタイキブリザードを筆頭にバリバリ活躍していた時代。施設は当時の最先端だったし、ヨーロッパ等外国からの乗り手も多く、毎日が勉強になりました」

 その後、競馬学校に入学。卒業後の待機期間には知人の伝手でオーストラリアへ飛び、調教ライダーとして経験を積んだ。

角居厩舎時代はメルボルンC制覇にも同行

 1998年、栗東・西浦勝一厩舎でトレセンのキャリアを開始。2000年には角居勝彦厩舎へ移り、開業スタッフとして働き出した。

 「角居先生は第一印象通り真面目な方でした」

 06年には厩舎のデルタブルースとポップロックがオーストラリアへ遠征。かの地での経験がある前川は立候補して、馬と共に赤道を越えた。結果、2頭は見事に南半球最大のレース・メルボルンC(GⅠ)でワンツーフィニッシュを決めた。

06年メルボルンC制覇翌朝のデルタブルースと前川
06年メルボルンC制覇翌朝のデルタブルースと前川

 「ゴールの瞬間は興奮して頭の中が真っ白になりました。そんな事は初めての経験でした。オーストラリアでは全国民が注目しているというだけあって、レース後は街を歩いていてもサインをねだられたり、レストランもほとんど奢ってもらえたりしました」

牝馬好きの若駒との出合い

 帰国後はトールポピー(08年オークス他)、アヴェンチュラ(11年秋華賞他)、サンビスタ(15年チャンピオンズC他)らの調教に携わり貢献。しかし、厩舎の馬房削減に伴い18年からは友道康夫厩舎へ転厩した。

 「友道先生とはそれまで挨拶くらいしかした事はありませんでした。実際に下で働いてみて、器が大きくて優しい人である事が分かりました」

 21年初秋の事だった。既に新馬勝ちしている2歳馬を任される事になった。

 「運動中に牝馬を見ると喜んで駆け寄って行く」(前川)

 それがドウデュースだった。

 「馬格があるわりに乗ってみたらどこにも力が入っていない感じでした。抜かれても反応しないので正直『大丈夫かな?』と思いました」

 ところがその直後、鞍下の動きに驚かされた。

 「3コーナーあたりから走りが一変して自分でハミをとりました。結局、オンオフを使い分けていたんです。スイッチが入ると併せた相手がついて来られない素晴らしい走りをする馬でした」

 担当になって最初のレースが東京競馬場のアイビーSだった。

 「自信はあったけど、輸送を考えて飼い葉を多めに食べさせました」

 すると、当日の馬体重は前走比プラス12キロの506キロ。

 「『しまった、やっちゃった!!』と思い、騎乗する武豊さんに『すみません、重いです』と謝りました」

 しかし、レースでは1番人気馬を競り負かして早目に先頭に立つと、追い込み勢の末脚も封じ、先頭でゴールを駆け抜けてみせた。

太目残りになってしまったと言うアイビーSだが、終わってみれば完勝だった
太目残りになってしまったと言うアイビーSだが、終わってみれば完勝だった

GⅠ直前に武豊が告げたひと言

 「余裕のある体で完勝だったのでこちらが考えている以上に走る馬だと分かりました。だから続く朝日杯も充分、好勝負出来ると思いました」

 こうして迎えた朝日杯フューチュリティS(GⅠ)当日。パドックでドウデュースを曳いた前川は、本馬場入場時に鞍上の武豊からひと言、声をかけられた。

 「絞れて良かったね」

 この日の馬体重は前走比マイナス10キロの496キロ。これをチェックした天才ジョッキーが微笑みながらそう声をかけてきた。そして、その言葉を置いて馬場へ消えたジョッキーは、GⅠの勲章を手に前川の元へ戻って来た。

 「『さすがユタカさん!!』と思いました」

 追いかけられる立場になる今年は更に気を引き締めなければ、と語る前川は、続けて言った。

 「角居厩舎時代にフランスで2度ほど研修をさせていただきました。ドウデュースと一緒に是非、あそこへ戻りたいですね」

 ちなみに「女の子(牝馬)を見ると追いかけて行くのは相変わらず」(前川)との事。近い将来、海の向こうでもそんな姿が見られる事を願おう。

ドウデュースと前川(アイビーS優勝時)
ドウデュースと前川(アイビーS優勝時)

(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)

ライター、フォトグラファー、リポーター、解説者

競馬専門紙を経て現在はフリー。国内の競馬場やトレセンは勿論、海外の取材も精力的に行ない、98年に日本馬として初めて海外GⅠを制したシーキングザパールを始め、ほとんどの日本馬の海外GⅠ勝利に立ち会う。 武豊、C・ルメール、藤沢和雄ら多くの関係者とも懇意にしており、テレビでのリポートや解説の他、雑誌や新聞はNumber、共同通信、日本経済新聞、月刊優駿、スポーツニッポン、東京スポーツ、週刊競馬ブック等多くに寄稿。 テレビは「平松さとしの海外挑戦こぼれ話」他、著書も「栄光のジョッキー列伝」「凱旋門賞に挑んだ日本の名馬たち」「世界を制した日本の名馬たち」他多数。

平松さとしの最近の記事