マンションで被災したとき、本当に在宅避難できるか? #知り続ける
巨大地震が都市部を襲うと、多くのマンションが被害を受けます。震源が遠かった東日本大震災のときでも、首都圏のマンションでは、エレベーターが止まったり、電気や水道などのライフラインが途絶えたりする事例も多く見られました。
こうした場合でも、マンションの居住者は在宅避難を求められるのが一般的。避難所は、損傷が大きくてそこに住めない一戸建ての居住者などが優先されます。しかもコロナ禍では、避難所の密を避けざるをえません。
そこで、マンションの居住者は、建物に危険がなければ在宅避難を求められることになるのです。そのとき、お宅では在宅避難ができる状態になっているでしょうか。
籠城生活ができるだけの家庭の備えを
マンションが被災したとき、管理会社が対応してくれるとは限りません。管理会社自体も被災していますし、交通がストップすれば管理員なども出勤できません。災害はいつ起こるかわかりませんから、自分たちで何とかするのが基本です。
まずは、地震の揺れで家具などが転倒しないように、窓ガラスが飛散して怪我をしないように防止策を施して、家族の身の安全を守るよう備えておくことが大切です。
次に、たとえ電気や水道が使えない場合でも、日常生活はマンションの自宅内で過ごすことになります。水や食料品などの備蓄はもちろんですが、夜間の照明や情報の収集発信などのために最低限の電源の確保も必要です。
一番つらいのは「トイレが使えない」ことです。そのためには、衛生面も考慮した水を使わないトイレの備えを忘れてはなりません。携帯用トイレなどが普及しているので、家族が使う一定数分を備蓄しておくとよいでしょう。
Q.被災後すぐにトイレを使ってよい?
ここで質問です。被災後にお宅では水道栓から水が出ます。では、トイレをそのまま使ってよいでしょうか?
実は答えは「×」となります。トイレが使えない理由は、水道局から来る水が止まってしまう場合のほかに、マンションの排水設備が地震の揺れで破損して流した水が漏れてしまうという場合もあります。
給排設備は住戸から地下まで排水する排水管や集まった汚水を溜める汚水ますなどがありますが、いずれも建物内や地下に納められているため、破損しているかどうか見てわかるものではありません。
排水設備が破損しているにもかかわらず、お宅がトイレの水を流した場合、下のお宅の天井から汚水が漏れてくるという可能性もあるのです。
つまり、被災後はトイレの使用などの排水を禁止して、排水設備の状態を確認して異常がないと分かってから、全戸の使用を認めたりといった判断をしなければなりません。
Q.停電だけどわが家は水が出るから、どの家も水が出る?
では次の問題です。被災後に停電をしていますが、お宅の水道栓からは水か出ます。このマンションは全住戸で水が出るでしょうか?
まず、マンションの給水方式をおさらいしておきましょう。給水方式を大別すると「受水槽式給水方式」と「直結式給水方式」に分かれます。かつて主流だった「受水槽式」の場合は、電気を使って受水槽から各戸に水を送るので、停電すると給水ができなくなりますが、受水槽に溜まっていた水を使うことができます。
これに対して、最近増えているのが「直結式」です。低層階(一般的に3階)までは水道本管から直接水が届きますが、それを超える上層階については、電気で水圧を上げて水を届ける必要があります。つまり、低層階では水が出ても、停電によって上層階では水が出ないという場合が起こるわけです。
居住するマンションが避難所になる
このように、多くの共用設備を使うマンションの場合、その仕組みを知ったうえで、被災時にどういった行動を取るべきかを決めておく必要があります。
避難所はそれを維持運営する行政のスタッフがいますが、マンション内の在宅避難ではマンション全体が避難所になるので、管理組合が被災時の避難生活上のルールを決める必要があるわけです。
マンションという避難所を維持運営するためには、ほかにも「ゴミ捨て」の問題があります。壊れた家具やガラス片などの被災ゴミに加え、携帯トイレゴミ、避難生活で発生する生活ゴミなどが大量に発生します。一方で、自治体によるゴミ回収はしばらく行われないと考えたほうがよいでしょう。
みんながゴミ置き場にゴミを捨て始めるとすぐに満杯になり、異臭が発生するなど不衛生な状態になってしまうことが懸念されます。そのためには、ゴミ収集が始まるまでの間はゴミを各戸で保管するなど、ゴミ出しのルールを決める必要もあります。
実際に被災してから、理事会で水の使用やゴミ出しに関するルールの検討を始めるのは、現実的ではありません。あらかじめ被災時のマンションの状況を想定して、どのように行動するかのマニュアルを作成しておくことが求められます。
「防災マニュアル」はあるか?使える内容か?
筆者が居住するマンションには「防災マニュアル」がありません。そこで、防災マニュアルを作成する委員会が創設されたところです。全国のマンションで、防災マニュアルを備えているマンションはまだわずかだと思います。
防災マニュアルを作成することが難しいのは、マンションごとに個別性が高いからです。200戸のマンションもあれば50戸のマンションもあるし、設置されている設備類も異なります。また、管理組合が熱心に活動しているマンションもあれば、管理会社任せというマンションもあるでしょう。
それぞれの事情に応じて、被災時の行動指針を取りまとめることは簡単なことではありません。マニュアルを作成する委員会を創設し、委員会で行動指針を作って居住者の合意を得るなど、時間もパワーもかかります。それでも、予測できない巨大地震が起きてしまったときに、マンション内が大混乱して、被災してつらいときにトラブルによってよりダメージを受けるということのないように、何らかのマニュアルを用意することを考えてほしいと思います。
カルタ形式でマンションの防災が学べるツールも
マンションを供給するデベロッパーや管理会社も、最近は防災に力を入れ始めています。そこで、ユニークな事例を一つ紹介しましょう。
三菱地所レジデンスの「そなえるカルタ」は、被災地の声と経験に学び災害時の行動に役立てるカルタです。「ザ・パークハウスの防災プログラム」サイト内に公開されているので、同社のマンション居住者でなくても、カルタを入手することができます。
このカルタは、マンションの防災に関するテーマを、「導入、トイレ、食糧、水、情報、防犯、ゴミ、物資、医療、再建、水害、運営」などに分類し、それぞれのカルタの表と裏に、“行動指針”とその“理由となる被災地の実態”について書かれています。マンションに住む多くの人が、カルタを使うことで防災意識が高まり、自分たちのマンションについて自分事として考えるきっかけになると思います。
例えば、そなえるカルタ81(医療)には、
○表面
「自分の体は自分で守ることが原則。」
→ 持病の薬を持参し、消毒や熱中症予防など簡単な医療の知識を身に着つけよう。などと書かれています。
○裏面
「最初の3日間、医療なしで過ごす!」
と、被災地の声と共に書かれ、最後にこのように問いかけています。
Q.医療がない状態で、住民の怪我や病気にどう対処しますか?
病院も被災しますし、怪我人や病人も多く出るでしょう。救急車がすぐに来ないことも多いはずです。マンション内に医師や看護師がいることを知っていると、近くに助けを求めることができるかもしれません。
居住者同士が協力し合って解決する意識を持とう
被災時のマンションにどんなリスクがあるかは、意外に考えていないものです。でも、どんなリスクがあるのかが分かると、協力し合って解決策を検討することができます。マンション自体が避難所になった時を想定して、理事会だけでなく居住者が協力して避難所の維持運営に当たるようにしましょう。
たとえさまざまな事情でマンションの外に避難する場合でも、通電火災に備えてブレーカーを切っておき、外部に避難することや緊急連絡先を知らせておくことなど、残って維持運営に当たる人たちに配慮することも大切です。
東日本大震災などの教訓を生かして、被災したときに冷静に対処できるように、日ごろから備えておきたいものです。