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市民を虐殺するミャンマー国軍。日本政府・企業は軍と国民、どちらに立つのか?

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長
軍に抗議する市民(写真:ロイター/アフロ)

■ エスカレートする国軍

 ミャンマーのクーデター後、国軍の暴力がエスカレートしています。

 国軍の虐殺で、すでに子どもや若者を含む700人以上が犠牲になっていると報じられています。

 国軍はこれまで少数民族であるロヒンギャやカチンにも残虐行為の限りを尽くしてきましたが、今や抵抗するすべての者を標的にしています。

 10日にはバゴーで、軍が80人を超える住民を虐殺したと報じられています。

ミャンマーメディアの「ミャンマー・ナウ」は10日、中部の古都バゴーで9日に治安部隊がデモ隊を攻撃し、市民82人が死亡したと報じた。治安部隊は機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用したという。現地では夜間の電力供給が遮断された。多数が行方不明との情報もある。死者数がさらに膨らむ恐れもある。日経

 そもそも軍のクーデターは合法性が認められず、権力行使はいかなる正当性もありません。

 そして、あろうことか市民に対し、機関銃や迫撃砲など戦闘用の武器を使用するなど、「治安維持」によって正当化される範疇ではありません。

 民間人に対する軍の攻撃は、国内の事態であっても「戦争犯罪」に該当するのであり、国軍の行為は国際法上いかなる観点からも擁護できるものではありません。

 軍は、抗議活動を行う市民らを念頭に「木を育てるためには、殺虫剤をまいてでも雑草を根絶やしにしなければならない」と述べたとされ、さらに強権的な弾圧で人々を犠牲にする可能性が高いと言えるでしょう。事態は甚大です。

なぜそれでも戦うのか。

 こうしたなかでも、驚くべきことに市民は屈することなく、抗議行動を続けています。殺されるかもしれないのに、なぜ、巨大な敵に挑むのか。

 2016年の「民主化」まで、ミャンマーは軍事独裁政権下で、人々は自由のない暗黒の時代を耐え忍んでいました。ようやく民主化と自由を手に入れたいま、絶対に暗黒時代に後戻りしないという固い決意があるのです。特に、Z世代と言われる若者が強い意志で立ち上がっています。

 しかし、象とアリのようなミャンマーの市民の戦いで市民が勝利するには、国際的な支援が必要です。

曖昧 問われ、失望される日本

 特に、ミャンマーに影響力の強い日本の行動は問われています。

「日本政府は国軍と国民どちらの立場に立つのか?」

 4月2日に議員会館で開催された院内集会で、在日ミャンマー人の若者は日本政府に強く迫りました。

(4月2日多くの在日ミャンマー人が参加した院内集会)

外務省は、クーデター後、以下のような声明を公表して国軍を批判しています。

平和的に行われるデモ活動に対して実弾が用いられることは断じて許されません。日本政府は、ミャンマー国軍が、市民に対する暴力を直ちに停止し、アウン・サン・スー・チー国家最高顧問を始めとする被拘束者を速やかに解放し、民主的な政体を早期に回復することを改めて強く求めます。

 しかし、日本の態度は、「口だけ」と批判されています。具体的には何をしているのか、しようとしているのか。

在日ビルマ人とヒューマンライツ・ナウは3月、連名で、日本政府に対し公開質問状を出し、4月2日にその回答が示されました

 しかし、その内容は極めてあいまいなもので、在日ミャンマー人を絶望させるものでした。

 例えば、

質問4.日本政府は2020年総選挙によって国民に選ばれていた国会議員らによって構成される連邦議会代表委員会(CRPH)を、ミャンマー国の正式な国家機関として認めているか。認めないとするならその理由は何か。

回答: 〇我が国としては、ミャンマー国軍に対して、①民間人に対する暴力の即時停止、②拘束された関係者の解放、③民主的な政治体制の早期回復、の3点を強く求めてきている。

〇ミャンマー側とは、様々な主体とやり取りを行い、また、働きかけをしてきているが、その具体的内容については、現地の情勢が緊迫する中で、今後の対応や関係者の安全に影響を与え得るためお答えを差し控えたい。

 この点は、質問に対する答えになっていません。ミャンマー側とは、様々な主体とやり取りを行い、また、働きかけをしてきている、などとしていますが、違法なクーデターをしている軍を正式な交渉相手として認めることは一切あってはならないはずです。

 アウンサンスーチー氏が率いる与党NLDの議員らは、クーデター後、「連邦議会代表委員会(CRPH)」を結成しました。市民の支持を得て活動しており、正当な政府としての承認を求めています。

 日本はクーデターを認めない証として、CRPHを正式な代表と認め、交渉をすべきです。

 では、今後具体的に何をするか、についても質問に答えません。

質問10.ミャンマー国内では市民の反中感情が高まっており、不買運動も展開されるなど、国軍が中国に頼れば更なる反発を受ける状況にあるとされる。日本政府が国軍に対して、非武装の市民への実力行使について、経済制裁を含む強く非難するメッセージを送ることで、国軍が中国を頼ることになるとの根拠は何か。国軍との「独自のパイプ」があり、一定の信頼関係があるのであればこそ、日本政府が、国軍の過ちを正し、民主主義の回復に向けた変化を促す強いメッセージを発信するべきではないか。

回答:〇我が国は事案発生当日から、ミャンマー国軍に対して、①民間人に対する暴力の即時停止、➁拘束された関係者の解放及び③民主的な政治体制の早期回復を強く求めてきている。3月28日にも、外務大臣談話においてミャンマーで多数の死傷者が発生し続けている状況を強く非難した。

〇その上で、制裁を含む今後の対応については、事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討していく。

 すでにクーデターから2か月が経過し、700人も貴重な命が奪われたのに、いまだに「制裁を含む今後の対応については、事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討していく」 つまりまだ検討中だというのは怠慢ではないでしょうか?口だけだと言われても仕方がないでしょう。

 さらに、あまりに誠意がないのがこの回答です。

質問11.国際協力機構(JICA)が現在実施している対ミャンマー政府開発援助(ODA)事業や、国際協力銀行(JBIC)や海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)がミャンマー関連で現在融資・出資している事業について、国軍の資金調達の支援に繋がっているとの指摘がある。このような指摘に対し、日本政府は、人道目的のものを除く全ての支援・事業をいったん停止した上で、国軍と関連する企業が事業に関与していないか、または、事業の実施が国軍に経済的利益をもたらしていないかという点について事実調査を実施しているか。実施しているとすればその調査結果を公表するか。実施・公表しないとすればその理由は何か。

回答:〇日本政府は、事業の円滑な実施のため、必要に応じ、各関係機関等と連携しつつ、御指摘の点について適切に確認をしている。

 「適切に確認をしている」とはいったい何を意味するのでしょうか?

 国軍の資金源となるプロジェクトを継続することは、人権弾圧や虐殺を助長するものです。国軍や関連企業に関わるODA事業はすべて凍結するべきであり、漫然と資金供与を続けることは、共犯になることにほかなりません。

 ところが、このように重要なことに対し、イエスともノーとも答えない、これではミャンマーの人たちが愕然とするのも当然です。

(日本政府に訴えるミャンマー女性)

● 日本政府がいますべきこと

 在日ミャンマー人の若者は、「国民が毎日殺され、放火されている。どうかミャンマー国民を助けてほしい」と切実に訴えました。

 違法なクーデターに基づき権限行使する軍の行動はそもそも合法性がないうえ、住民虐殺という戦争犯罪に該当する行為を行っている軍の行為が明らかにレッドラインを超えていることは明らかです。CRPHが国軍を「テロ団体」とみなすことを国際社会に訴えており、これはうなづけます。こうしたなか、日本は「軍とのパイプ」を理由に軍と話し合って解決する宥和路線を取るべきではありません。

 日本政府には、

1 CRPHを正式なミャンマーの代表と認め、軍による政権掌握を一切承認しないこと、

2 軍に利益をもたらす経済援助を一切やめること

 がいまこそ求められています。さらに、

3 欧米諸国とともに、ミャンマー国軍関係者や国軍系企業(米国の制裁対象はミャンマー・エコノミック・ホールディングス・リミテッド(MEHL)と、ミャンマー・エコノミック・コーポレーション(MEC)など)に対し、ターゲット制裁を発動したり、軍の資金源となっている主要な産品の取引を制限するなどの措置を真剣に検討すべきでしょう。

● 企業も軍系企業との取引を断つべき

 政府だけではありません。ミャンマーに進出し、ミャンマー国軍系企業と深い取引関係にある日本の著名企業が存在します。クーデター前から国軍がカチン、ロヒンギャなどの少数民族への人権侵害を尽くしていたため、その軍とつながりの深い日本企業は国際的にも問題視されてきました。

 しかし、いまや軍の暴力が可視化され、犠牲が増え続けるなか、これ以上取引関係を続けることは人権侵害に資金提供しているようなものです。血塗られたビジネスをこれ以上続け、軍の資金源となり続けるかが問われます。

ヒューマンライツ・ナウは4月5日付で調査報告書を公表、特に深刻な影響のあるミャンマーでの事業とこれに関連している日本企業を公表しました。

 関連している企業は、

東芝、小松製作所、キリンホールディングス、TASAKI、KDDI、住友商事、

Yコンプレックス事業(東京建物 、 オークラ、みずほ銀行 、三井住友銀行、 JOIN 、フジタ)

です。

 これら企業も、沈黙を貫くのでなく、説明責任を果たし、軍に資金を提供し、軍を利するような事業は一切手を引くべきです。

● 市民を応援するために

 ミャンマーで起きていること、それは日本と無縁ではありません。もし、日本が欧米その他、ミャンマーの市民を応援する側に加わり共同歩調を取れば、クーデターを失敗に終わらせることができるかもしれません。

 日本政府や日本企業の行動次第で事態は変わり得ます。

 表面だけ軍を非難しても何ら行動しなければ、それは、命懸けで戦うミャンマー市民を見殺しにすることにほかなりません。

 政府と企業には、言葉だけでない明確な態度、クーデターに抵抗する市民の側に立つ覚悟と明確な行動が求められます。

 私たちも心を痛めてニュースを見守るだけでなく、政府と企業に責任ある行動をとるよう声を上げることができます。ミャンマーの人たちは私たちのそうした行動を切望し、注視しています。(了)

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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