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“朝鮮学校の行く末を案ずる”ラグビー神戸・李承信が開幕戦「兄弟対決」で後輩を招待して伝えたかった事

金明昱スポーツライター
リーグワン開幕戦で対戦した弟の李承信と兄の李承爀(写真提供・李東慶氏)

「小さな思い出と刺激が生徒の未来につながる。今日がその一歩です」

 李承信は様々な思いを巡らせながらラグビー・リーグワン開幕戦の舞台に立っていた。それにしてもこの瞬間をどれほど待ちわびていただろうか――。彼は今季初のトライを決めたあと、片手でボールを頭上に投げ飛ばし、喜びを爆発させていた。

 2023―24シーズンの開幕戦(9日)。コベルコ神戸スティーラーズは、今季から1部昇格の三重ホンダヒートを相手に12トライを挙げて、80-15で圧勝した。

 神戸の李承信(リ・スンシン)は“本職”のスタンドオフ(SO)ではなく、今季開幕戦はセンター(CTB)での出場。10番の司令塔は新加入のブリン・ガットランドが務めたほか、今年からチームに加わったニュージーランド代表でロックのブロディ・レタリックとフランカーのアーディ・サベアも2トライずつ挙げて、世界レベルの違いを見せつけていた。

 李承信は本来のポジションではなかったが、自身の持ち味でもある鋭いランからのパスでトライにつながるチャンスを何度も作り出していた。この日は後半8分に1トライを決め、新戦力のガットランドが後半26分に退いたあとからは、SOに回るとキックも2本成功。華麗なキックパスでトライも演出した。

「練習から10番(ガットランド)、センターの13番(ナニ・ラウマペ)ともうまくコミュニケーションが取れていましたし、12番に入ってからは見るスペースや時間も違います。(昨季は)10番をしている時に、どういうコールやコミュニケーションが欲しいのかは理解している部分でもあるので、そういう面でも今の自分にはしっくりきています」

「昨季は10番をしたいというこだわりは強かった」

 所属の神戸でもフランスW杯前のテストマッチでも10番として司令塔を担った。ただ、W杯では1次リーグの4試合中、メンバー入りしたのはサモア戦の1試合。出場は終了間際の後半36分と力を出し切れないままノーサイドとなった。

 自身にとっては今季で4年目のシーズンとなる。昨季は神戸でも日本代表としても司令塔の10番でのプレーにこだわり続けていた。今も司令塔としてプレーしたいという気持ちが消えたわけではないが、彼が現状にどう折り合いをつけているのかは気になる部分だった。

「正直、昨季はW杯を見据えて10番をしたいというこだわりは強かったです。でも今はチームが勝つために自分ができる役割や、貢献できるところを重視しています。フランスW杯ではゲームタイムもなく、出ること自体がすごく幸せに思っているので、今はそこへの(10番への)こだわりは特にないですね」

 与えられた役割をきっちり遂行し、自分のパフォーマンスを最大限に発揮したいという。試合後に彼の話を聞きながら、今年はまた新たな役割を与えられることで、プレーの幅が増え、チームの躍進につながる1年になるかもしれないと、試合を見ながら感じたものだった。

 開幕戦では勝利への貢献度が高かったにもかかわらず、「今日の出来は80点くらい。コミュニケーションやオーガナイズのところはもっと成長できるかなという実感はあった」と発言はまだ控えめ。ただ、「去年はトライを決められなかったので、今季初トライは嬉しくて(笑)」と、昨季のうっ憤を晴らすかのような気合いの入り方からも今季にかける意気込みを知るには十分だった。

李承信と李承爀の2人は母校・神戸朝鮮初中級学校の学生たちを開幕戦に招待(写真提供・李東慶氏)
李承信と李承爀の2人は母校・神戸朝鮮初中級学校の学生たちを開幕戦に招待(写真提供・李東慶氏)

兄・承爀と共に母校の後輩たちに示した“進む道”

 もう一つ、李承信にはこの開幕戦に挑むにあたって特別な思いがあった。それは三重ホンダヒートにいる2つ上の兄でフッカーの承爀(スンヒョ)との初の兄弟対決が実現したこと。さらに2人は母校の神戸朝鮮初中級学校の学生と教員を開幕戦に招待したこともモチベーションの高さにつながっていた。

 この粋な計らいに観戦した学生たちも大興奮。「李承信!李承爀!」とスタジアムに響く声が、記者席まで聞こえるほどだった。

 途中出場した承爀と先発の承信は何度かタックルでマッチアップするシーンがあった。兄・承爀は試合には敗れたが、清々しい表情で「あまり意識していなかったですが、不思議な感じでした。2~3回マッチアップして、タックルしました。大体、あいつが走ってくるコースはわかるので読みながらいきましたが、『弟やな』って思いました(笑)。いろんな人の支えがあって、2人とも1部でプレーできている。特にお父さんと兄(長男・承記)に感謝しています」と笑顔を見せていた。

 弟の承信も「生まれ育った神戸で兄と対決できて本当に幸せでした。家族の前でプレーを見せられたのも良かったです。兄と何回かマッチアップがありましたが、タックルは外しましたよ(笑)」と兄弟での真剣勝負を家族に見せられたことに満足した様子だった。

 そして、最後は朝鮮学校の後輩たちへの思いも忘れない。

「学校自体も(学生数の減少などで)難しい状況ではあるのですが、こういう小さな思い出が一つの刺激になり、生徒たちの未来にすごく影響してくると思います。今日はその一歩。自分がそういう人になれたらという思いで今日の試合に招待しました」

 自分のプレーを見て育った朝鮮学校に通う後輩たちが、いつかリーグワンの舞台で、ラグビー日本代表としてW杯の舞台に立ちたいと夢を抱いてくれればいい――。幼少期の李承信が躍動する日本代表の姿を見て、W杯でプレーしたいと憧れたように、彼もまた自分のプレーと背中を見せることで後輩たちに一つの“可能性”や“道”を示したかったのだろう。

神戸朝鮮の小学生たちは「李承信選手、李承爀選手 ファイト!」とハングルで書いたプラカードで応援(写真提供・李東慶氏)
神戸朝鮮の小学生たちは「李承信選手、李承爀選手 ファイト!」とハングルで書いたプラカードで応援(写真提供・李東慶氏)

「W杯での悔しさを糧にどれだけ自分が頑張れるか」

 そして次に見据えているのは、もちろんチームがリーグワンで優勝すること。さらには4年後のW杯で、雪辱を果たすことだろう。フランスW杯は「出られない」ことで学ぶ部分もあったとはいえ、やはり悔しさのほうが大きく、その時の気持ちを忘れることはない。

「W杯では出られるレベルじゃないというのが、あの時のプレータイムだったと思うんです。そこは本当に次に向けていいエネルギーというか、悔しさを糧にどれだけ自分が頑張れるかです。(W杯では)試合に向けての準備、メンタルの準備のプロセスに関しては成長や学びを得られた部分です。W杯が終わってから神戸に帰ってきたあとも、試合に向けて例えば1週間のなかでどれだけいい準備ができるのか、自分の取り組み方にフォーカスしています。これからもそれをどんどん積み重ねていけるようにしたい。まだ22歳ですし、これからラグビーキャリアは続いていくので、日々成長できるようにしていきたい」

 大事な開幕戦で兄弟対決を家族の前で見せ、さらには1トライ2ゴールで結果を示してみせた。そして、朝鮮学校の後輩たちには刺激と夢を与える“第一歩”となったが、この日の試合は李承信にとっても4年後のW杯で雪辱を果たすための“第一歩”となったはずだ。

スポーツライター

1977年7月27日生。大阪府出身の在日コリアン3世。朝鮮新報記者時代に社会、スポーツ、平壌での取材など幅広い分野で執筆。その後、編プロなどを経てフリーに。サッカー北朝鮮代表が2010年南アフリカW杯出場を決めたあと、代表チームと関係者を日本のメディアとして初めて平壌で取材することに成功し『Number』に寄稿。11年からは女子プロゴルフトーナメントの取材も開始し、日韓の女子プロと親交を深める。現在はJリーグ、ACL、代表戦と女子ゴルフを中心に週刊誌、専門誌、スポーツ専門サイトなど多媒体に執筆中。

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