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感情的になってしまう「老人ホームのミートボール」肉食を減らす祭典に政治家はなぜ参加したがる?

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
ノルウェーで定番のおやつ「ワッフル」もヴィーガンが増えてきた 撮影:あぶみあさき

気候危機のためにも「食べる肉の量を少し減らそう」という動きがある今、政治家は市民との相互理解を深めて、政策を現代版にアップデートさせようと必死だ。

5月に開催されたオスロ・ベジタルフェスティバルは、植物性の食材食品を気軽に生活に取り入れることをコンセプトとしている。

5月21・22日にオスロのクバ公園で開催。ヴェジタリアン、ヴィーガン、肉食を減らして植物性の食事を増やしたい人、気候活動や動物愛護に熱心な人など、さまざまなタイプの人が集まる 撮影:あぶみあさき
5月21・22日にオスロのクバ公園で開催。ヴェジタリアン、ヴィーガン、肉食を減らして植物性の食事を増やしたい人、気候活動や動物愛護に熱心な人など、さまざまなタイプの人が集まる 撮影:あぶみあさき

2010年に初めて開催されたフェスは、明らかに規模が年々大きくなっている。

気候のためにも、健康のためにも、さまざまな観点で「肉を食べる量はちょっと減らしたほうがいい」という方向へと風が吹いているノルウェー社会。

その意識が強い市民が集まるこのフェスを、政党と政治家も見逃してはいない。

プラントベースの食政策に期待する市民

左から、緑の環境党、保守党、左派社会党、自由党の代表. 撮影:あぶみあさき
左から、緑の環境党、保守党、左派社会党、自由党の代表. 撮影:あぶみあさき

「政治の話」がテーマの時間帯には4政党の代表が登壇し、こんな話をしていた

  • 気候危機の解決策として、プラントベース食品を政治家はどう見ているのか?
  • ノルウェーの農家がよりプロテイン豊富な食品を生産するために何ができるか?

会場は満席。司会者は現地の新聞記者。「観客の皆さん、ぜひ批判的な質問をしてくださいね」と呼び掛けていた 撮影:あぶみあさき
会場は満席。司会者は現地の新聞記者。「観客の皆さん、ぜひ批判的な質問をしてくださいね」と呼び掛けていた 撮影:あぶみあさき

右派左派の政党の中で、恐らく最も日本の政治家と食政策で意見が合う政党は「保守党」だ。

  • 「私たちはより多くの食べ物が必要だから、肉の生産量は増やし続けるべき」
  • 「肉税を高くすることには懐疑的。家族にとって出費が増えて負担になる」

自由党

  • 「収入が多い人もいれば、収入が低い人もいる。このことを考えずに『食品価格は高くなるべきだ』とするのはよろしくない」

左派社会党

  • 「託児施設での利用料金を無料にするなど、他の政策分野の補助で個人の収入格差はバランスをとることもできますよ」
  • 「ミートフリーの日を増やすという対策よりも、動物福祉を強化し、国産食品を増やす」

緑の環境党は、サステイナブルな食品や気候対策では最も先進的

  • 「公共企業の食堂でヴェジタリアンベースのメニューを増やす」
  • 「今の肉の価格は安すぎる。特にクリスマスなど特定の時期。肉を破格で販売することを法で規制するべき」

「参加しない」政党にも注目する

北欧社会で市民と政治家の距離が近いとされる背景には、市民のいる場所に政党が必死で行こうとするカルチャーも関係している。写真奥の緑色「V」は自由党のスタンド 撮影:あぶみあさき
北欧社会で市民と政治家の距離が近いとされる背景には、市民のいる場所に政党が必死で行こうとするカルチャーも関係している。写真奥の緑色「V」は自由党のスタンド 撮影:あぶみあさき

実は、こういう現場で注目しておきたいのは、参加者の政党が何を言っているかとは別に、「どの政党が出席していないか」だ。

与党である労働党や、農家の味方とされる中央党が出席していないのは「なぜだろう」と批判的に考える目線も大事だ。出席を拒んだとしたら、この会場にいる有権者からは1票は得にくいだろう。

ほかにもパネルディスカッションでは、「牛乳がオートミルクより価格が安いのはおかしい」から「病院や老人ホームでのミートボール」にまで話が及んだ。

老人ホームのミートボールは市民を感情的にさせる

会場の屋台には動物性の肉も魚もなく、植物性のメニュー満載。なんとお好み焼きもあった 撮影:あぶみあさき
会場の屋台には動物性の肉も魚もなく、植物性のメニュー満載。なんとお好み焼きもあった 撮影:あぶみあさき

北欧では「ミートボール」は家庭の王道メニュー。特に高齢の世代はミートボールで育っているために、愛着が強い。

だが若い世代を中心に肉離れが進んでいることもあり、介護施設の食堂メニューに「肉が多すぎる」ことは度々話題となる。

税金を多く支払い、自分たちがいずれ入居することになる国や自治体施設のメニューとなると関心も高い。

「老人ホームの食堂は肉メニューばかりで苦痛」という意見もあるが、「慣れ親しんだ食事が一番嬉しい」という人もいる。

自治体や国で規制して、プラントベースのメニューを増やす提案が出ることもある(反対も多い)。

保守党

  • 「ミートボールを禁止することが解決策とは思えない。何がベストかは現場の人が知っている」

自由党

  • 「肉の生産量を減らすことは目標ではあるけれど、特定の人たちを攻撃せずに進めたい」

左派社会党

  • 「このテーマでは市民が自分たちが負け組だと感じないことが重要」

北欧の福祉制度は世界で話題となりやすいが、ノルウェーのランチカルチャーや食堂メニューはお世辞にもいいとは言い難い。北欧諸国の中でも「乾いて冷たい」と笑われるほどだ。

食堂のミートボールだけが市民の感情に触れるテーマではない。

「病院の食堂メニューは肉ばかりで辛い」

オスロ市議会の取り組みが発表される時間もあったのだが、ここでも市民が病院食堂の「ひどさ」を意見して、会場の空気は一気に熱くなった。

観客席にいたおじいさん「2週間オスロの国立病院に入院したら、食堂メニューが肉ばかりだった。私は毎日お腹が空いていて栄養不足になった」

実は私も昨年入院したのだが、パンと肉ばかりの食堂メニューに仰天した1人だった。手術後は体力もないのに、食堂メニューが自分向けではないと知ると、テンションは落ちる。

食堂メニューというのはどうも人々の感情に火をつけるらしい。

オスロ市議会で環境・政策の責任者であるシーリン・スターヴ氏さん(緑の環境党)は、「病院で働くスタッフや医療や栄養の勉強をした専門家ばかりなのに、大臣たちが何も対策しないことに驚きだ」とも話す
オスロ市議会で環境・政策の責任者であるシーリン・スターヴ氏さん(緑の環境党)は、「病院で働くスタッフや医療や栄養の勉強をした専門家ばかりなのに、大臣たちが何も対策しないことに驚きだ」とも話す

政党や市民で「同意していること」にも注目する

常に意見対立しているわけでもなく、「私たちはこの点では同意しているよね」と意見が同じ部分を見つけることが北欧の人たちは上手だ。

自由党のとある言葉で会場は盛り上がった。

「ノルウェーでは肉の消費量が少しずつ低下している。農家や関連団体も気候契約を結んで変わろうとしている。なにより、ノルウェーは毛皮産業の全廃に向かっている!

「毛皮産業の禁止」はノルウェーで動物愛護を重要とする政党や市民たちがずっと働きかけてやっと実現した政策だ。この言葉で会場に参加していた市民も「そうだー!」と歓声をあげて拍手していた。

保守党も毛皮産業廃業は嬉しいという姿勢で、普段は絶対意見が合わない、隣に座っていた緑の環境党の党首と肘を合わせあい、ニヤリと笑っていた。

市民に人気のフェスで、政党の存在を目立たせたい

自由党のスタンドでは「あなたにとってより重要なのはどちら?」と「毛皮の輸入禁止」「犬と猫のIDチップ義務化」のどちらかにボールを入れる工夫をしていた 撮影:あぶみあさき
自由党のスタンドでは「あなたにとってより重要なのはどちら?」と「毛皮の輸入禁止」「犬と猫のIDチップ義務化」のどちらかにボールを入れる工夫をしていた 撮影:あぶみあさき

会場の広場には動物愛護団体、ペットショップ、食品会社などがスタンドを立てて、自分たちの取り組みを語っていた。国会に議席を持つ2政党もスタンドを設けていた。

自由党のインゲビョルグさんは、「こういう場で政党スタンドを立てることには意味があるんです。私たちの政党や政策の存在感を可視化できます」と話した。

コンドームや植物の種を無料配布

北欧では政党が飲食物や文房具を無料配布するのは普通だ。緑の環境党は、ひまわりの種やコンドームを配布していた。コンドームは若者に人気のプレゼントだ。

コンドームが入ったケースには「排出量ゼロ」の文字 撮影:あぶみあさき
コンドームが入ったケースには「排出量ゼロ」の文字 撮影:あぶみあさき

オーガニックのひまわりの種を包装していた紙には「小さな種でも、大きな意味がある」。市民がミツバチや昆虫の生息の手助けをすることにもなるし、ひまわりはウクライナの国花でもあると説明されている 
オーガニックのひまわりの種を包装していた紙には「小さな種でも、大きな意味がある」。市民がミツバチや昆虫の生息の手助けをすることにもなるし、ひまわりはウクライナの国花でもあると説明されている 

私がノルウェーに引っ越した2008年は、まだ肉食が当たり前の時代だった。今は随分と社会の風向きが変わったなと感じる。

こうして対話が積み重なっていくことで、私たちの冷蔵庫や食卓の中身も、少しずつ変化していくのだろう。

時には政治家とミートボールの話で熱くなるのも悪くない。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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