相次ぐ突然の保育園「閉園」 なぜ行政は止めることができないのか?
相次ぐ「突然」の保育園閉園
近年、保育園の職員による一斉退職が問題になって久しい。他方で、経営者が保育園を突然閉園する事件も目立ち始めている。昨年11月末には、東京都世田谷区の認可外保育園が即日で閉園した。今年2月には、豊島区の認可保育園が3月末での閉園を突然発表し、問題になっている。
そんな中、千葉県印西市の認可保育園が10月末で突然閉園することになった。NCMA株式式会社(代表は西内久美子氏、前身はNPO法人日本チャイルドマインダー協会)が経営する認可保育園だ。
驚くべきことに、保護者のもとに閉園を知らせる手紙が届いたのは、10月18日だった。閉鎖まで残り2週間を切り、平日の日数がわずか10日しかない中での閉園強行である。しかも、会社によれば、この閉園は印西市とも協議した結果だという。
なぜ「突然」の閉園がまかり通ってしまうのか。歯止めをかける方法はないのだろうか。今回の千葉県印西市の例を、保育士たちが加入する「介護・保育ユニオン」の情報を元に検証しながら、考えてみたい。
認可保育園なのに? 手紙1枚で2週間後の閉園を告知した経営者
「当社といたしましては、これまで以上の経営環境のますますの悪化に加え、上記人員不足の状況等の下で安定的な保育サービスをご提供し続けていくことは極めて困難であると思っており…(略)…2020年10月31日をもって当施設を閉園すること(印西市様との協議により、まずは休園としての手続きを行った上でその後に廃園の手続に移行することを予定しています。)を判断いたしました」
10月18日、NCMAの代表である西内久美子氏の名前で、保護者に突然、このような文面の手紙が送りつけられた。保護者たちは驚き、途方に暮れてしまったという。「認可保育園だから、当然子どもが卒園するまで安心して預けられる」と思っていた矢先、突然の閉園なのだから当然のことだろう。
非情にも、会社から保護者には説明会も開かれなければ、代表による口頭での説明も謝罪も何もなかった。紙切れ一枚で説明を済ませようというわけである。
あとわずか10日で友だちや先生とお別れになる、そう保護者から知らされたある園児は、「嫌だ」と涙を流したという。だが、苦しい思いをするのは子どもだけではない。保護者にとっても、突然の閉園は深刻な問題をもたらすことになった。
急な閉園による「慣らし保育」に苦しむ保護者たち
新しい園に転園したとしても、当面は「慣らし保育」(短時間のみの保育を一定期間続け、子どもに新しい保育園に慣れてもらうこと)が必要となる。裏を返せば、勤め先を一定期間、短時間勤務にするということだ。
いきなり年末に保育園を理由として短時間勤務が続くことを、職場に理解してもらうことがまず大変だ。子どもによっては、慣らし保育最初の数日は1日1〜2時間だけしか保育園に預けず、すぐにお迎えにいく日が続くこともある。
また、保護者が時給制で働いている非正規雇用労働者の場合、短時間勤務のために、収入が大幅に下がってしまう。特に、ひとり親家庭などで、家計の主な担い手が非正規雇用となる家庭への影響は深刻だ。突然の閉園・転園は、利用者家族の生活基盤すら脅かしてしまうのである。
こうした懸念の中、印西市はある保護者に対して、慣らし保育をせず、最初から新しい保育園に子どもを一日中預けることを提案したという。確かに人見知りしない子どもであれば、すぐに新しい環境に慣れることもある。ただ、大半の子どもにとっては、知っている友だちも職員もいない中で、いきなり丸1日を過ごすことは心理的負担が大きすぎる。
それに、保護者は通勤先との距離や時間などを考慮して、新しい保育園を探さなくてはならないが、10日間で希望する転園先が見つかるのかという問題もある。印西市は今回保護者に対して、市の担当者が指定した公立の保育園を転園希望先とするよう促し、転園届を至急提出するよう急かしているという。しかし、保護者からすれば、じっくり考慮する時間もなく、市の提案する園以外を検討する余裕も与えられていない状態だ。
経営者の一方的な閉園によって、保護者は、職場の都合や経済的な事情と、子どもの心理的ストレスの板挟みに追い込まれている。保護者には、転園届の提出を躊躇し、転園の拒否を模索する声もあるという。
小規模認可保育園なら、市町村の承認さえあれば突然の閉園が可能
ここで気になるのが、制度上、こんなにも容易に突然の閉園が許されるのかという問題だろう。根拠となる児童福祉法を見てみたい。
公立の認可保育園を廃園・休園するには、都道府県知事への3ヶ月前までの届出が必要と定められている(第35条第11項)。一方、民間の認可保育園の廃園・休園については、都道府県知事の承認さえ得れば良く(第35条第12項)、期間の定めがないため、その点でハードルが低い。なお、東京都は独自に、民間の認可保育園でも都知事の承認の3ヶ月前の書類提出を定めている。
さらに、今回の印西市の認可保育園は、利用定員6人〜19人の「小規模認可保育園」である。小規模認可保育園の廃園・休園については、市町村長の承認さえあれば良く(第34条の15第7項)、やはり期間の定めは法律上ない。ちなみに東京都世田谷区は独自に、廃園・休園の「相当期間前」の書類提出を定めている。
このように、民間の認可保育園(利用定員20名以上)の閉園は、東京都のような例外をのぞき、知事の「承認」だけで、突然の閉園は可能である。小規模認可保育園の閉園に至っては、市町村長の「承認」さえあれば、簡単にできてしまう。小規模保育園に子どもを預ける利用者にとって、突然の閉園はいつ起きてもおかしくないことなのだ。
市の「承認」が厳格に行われているのかは、甚だ疑問だ。現に今回、印西市は「10月末での閉園は合意していない」と主張しているという。それにもかかわらず、NCMAは「印西市様との協議の上」、10月末の閉園を判断して、保護者や職員に通知している。
それどころか、同社の代理人弁護士(スプリング法律事務所)は、同社に勤務する保育士を組織する「介護・保育ユニオン」に対し、「(閉園にあたって)市の合意が必要であるかどうか」とまで漏らしたという。NCMAが市の「承認」をいかに軽んじているかを露呈したものと言って良いだろう。
これでは実質的に、印西市の「承認」が、保育園経営者の身勝手な突然の閉園の前に骨抜きになっていたというほかない。
人員不足は半年以上続いていたはず 突然の閉園の本当の理由とは
市による「承認」が心もとない理由は、今回の閉園を通じて、ほかにも指摘できる。
市町村長が閉園を承認する際には、閉園の「理由」が必要となる(児童福祉法施行規則第36条の37)。しかし、今回の閉園の理由が正当なものであるかは、疑問符がつく。
NCMAは今回の閉園の理由を「経営環境のますますの悪化」「人員不足の状況等」「安定的な保育サービスをご提供し続けていくことは極めて困難」としている。この「人員不足」だが、保育士の人数は今年度4月当初から変わっていない。6ヶ月間半も同じ環境で保育を続けてきたのに、10月に突然閉園を通告し、2週間で実行に移すのは不可解である。「安定的な保育サービス」を提供できないなら、なぜもっと早く閉園しなかったのか。閉園するとしてもなぜ10日前の閉園連絡となったのか。
実は、これには経緯がある。この保育園の正社員保育士全員が、個人加盟の労働組合「介護・保育ユニオン」に加入し、保育環境と労働条件の改善をNCMAに要求していたのだ。
保育士たちによれば、同園では代表の西内久美子氏が、子どものことより園の利益ばかり優先し、壊れたベビーベッドの買い替えや荒れた庭の修繕を放置していること、内閣府や厚労省の通知まで無視してコロナ禍での臨時休園中の休業補償の全額を払わなかったことなど、様々な問題が起きていた。NCMAの保育現場を軽視した態度の数々は、こちらの記事の後半を参照してほしい。
参考:横浜市の保育士が90日間の「ストライキ」 「一斉退職」からスト急増の理由とは?
職員たちは、これらの問題を印西市に何度も相談していたが、組合加入を行政に知らせるまで、一向に代表の西内氏を強く指導した様子は見られなかったという。そうした中での「突然の閉園」である。
そして、同社は介護・保育ユニオンに対して、団体交渉の開催を拒否する書面を送りつけている(これは違法行為である)。それが閉園通知の直前の10月16日だった。今回の閉園は、労働組合に誠実に対応して保育環境や労働条件を改善することを拒否するためのものだった疑いが強いのである。
保育士たちを50キロ離れた高円寺と池袋にバラバラに「左遷」
実は、今回の閉園によって、大きな被害を受けているのは、子どもたちや保護者だけではない。閉園を理由として、NCMAは印西市の職員全員を他の園に異動させることになった。同社は、印西市の隣にある佐倉市でも認可保育園を経営しており、どこも職員不足だ。ところが不可解にも、保育士たちは県境を大きく超えて、元の園から50キロメートル離れた、東京都内の高円寺や池袋の認可保育園へ、11月1日付の異動を命令されてしまった。
保育士たちの現在の住所から新園には、往復5時間近くかかる。しかも、異動通知が職員のもとに来たのは、閉園まで残り11日しかない10月20日のことだ。引っ越すにしても、残り日数はあまりに少ない。
東京都内への異動を命じられた保育士の中には、かかりつけの地元の病院で持病の治療が必要な職員や、介護の必要な家族を抱える職員もいる。そうした個人の事情も一切無視である。職員たちは、「閉園も異動も、声をあげた私たちに対する嫌がらせとしか思えない」と憤っている。
このように、そもそも保育園の閉園が「組合潰し」目的であった疑いは深まるばかりだ。介護・保育ユニオンは東京都労働委員会に、労働組合法第7条に違反する不当労働行為であるとして、救済申し立てを出す予定だという。違法が認められれば、印西市の「承認」の問題を裏付けることになるだろう。
「利益のための保育」が突然の閉鎖の原因
経営者の野放図な経営の都合による突然の閉園は、利用者を混乱に陥れた。さらには、閉園自体が、保育環境と労働条件改善を求める労働組合を潰すための違法行為である可能性も強い。
根本的な問題は、民間の認可保育園が事実上「自由」に、突然の閉園を行うことができ、行政がそれに歯止めをかけづらい現状だ。認可外保育園は一層悪く、閉園後1ヶ月以内の都道府県知事の届け出があれば良いとされている(児童福祉法第59条の2第2項)。
現在、待機児童対策が叫ばれ、保育園の拡大が続いている。その一方で、保育園の質を顧みず、利益のためだけに保育園に参入する経営者も後を絶たない。利益にならないと判断されれば、利用者を差し置いて、突然の閉園が強行される可能性の高い保育園が増えているということだ。
今後、社会全体で子どもの数が減少していくことを考えれば、NCMAのような突然の閉園の流れは加速するだろう。行政による閉園の規制強化が強く求められる。現行法の範囲でも、都道府県や市町村が、日頃から保育園の動向をチェックし、突然の閉園をさせないようにすることが求められよう。
今回のケースについて、保育園の職員たちはユニオンを通じて、保護者と協力しながら、閉園拒否を最大限追及していく予定だという。もし閉園が強行される場合には、職員たち自身による自主運営の道も追求できないかと考えているという。実際、介護・保育ユニオンでは昨年に世田谷区の保育園の突然の閉園に対して、自主運営を行って保護者や子どもたちをサポートしている。閉園に対して、行政や経営者まかせではなく、現場から利用者を守っていくことは、非常に重要な取り組みだ。
参考:世田谷の保育園が「即日閉鎖」から「自主営業」へ 「一斉退職」しなかった保育士たち
今回の印西市の事件は、利益追求の論理に食い荒らされてしまった保育園に、規制をかけられるかどうかの試金石となるだろう。行政の規制強化と、保育園職員たちの労働運動に注目していきたい。
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