ゲームと建築の知見が融合~「少し先の未来の暮らし」を品川で体験してみた
空き家問題と住宅のDX対応を解決するためのアイディア
コロナ禍で巣ごもりの生活が続く中、住環境のあり方が新たな社会課題となっている。こうした中、大和ハウス工業・バンダイナムコ研究所・ノイズの3社による共同実証実験「XR HOUSE 北品川長屋1930」(東京都品川区)が実施中だ(2022年6月3日~8月31日)。「リアルとデジタルの融合」をテーマに、築90年以上の古民家を改装したプロジェクトで、有識者、業界関係者、学生などとの意見交換やワークショップなどが連日開催されている。今回、展示内容を見学できたので、体験レポートをお届けする。
全国の自治体で課題となっている空き家問題。それに加えてコロナ禍で浮上した住宅のDX対応。注目されているのが経年劣化した住宅のリノベーションだ。単なる改装にとどまらず、デジタル技術とエンターテインメント技術で付加価値が加えられないか……。こうした問題意識から、住宅総合メーカー、ゲーム会社、建築&デザインの専門家による共創プロジェクトがスタートした。完成まで1年半におよぶ改装作業では、デジタルとアナログ、住宅とエンタメなど、さまざまな分野の専門家が集まり、刺激的な議論が続いたという。
建物の一階で、まず目に入ったのが、人とコミュニケーションを図る住宅のモデルだ。床に立方体が組み合わされた構造物が置かれ、天井からLED電球がぶら下がっている。LED電球に触ると灯りが点灯し、天井に設置されたプロジェクターから、タイル張りの立方体に映像が投影される。それと共に四方のスピーカーから環境音が流れた。プロジェクターの映像と、LED電球がゆれることによる光の変化と、スピーカーの環境音があわさって、幻想的な雰囲気が醸し出された。
また、立方体に座ると壁に設置されたLiDARセンサーが人体を感知し、リアルタイムに映像が変化するさまもみられた。単なるプロジェクションマッピングにとどまらず、立方体の外側に映像がはみ出さないようにするなど、ミリ単位での調整が行われている。「人」の動きに「家」が音と光で反応する、まるで家が人格を持ったような空間……。「少し先の未来」における住宅のあり方というわけだ。企画・制作を手がけたのは、建築家の豊田啓介氏をはじめとしたノイズによる面々で、建築分野からのアプローチとなる。
壁面にプロジェクターで仮想空間を投影する
二階ではバンダイナムコ研究所による、現実の生活空間にエンターテインメント技術を応用する展示が見られた。はじめに通された「障子の間」では、障子を開けるとモノクロの屋外空間がひろがった。天井に設置されたプロジェクターからCG映像が壁に投影され、柱のスイッチで自在に切り替えられる仕組みだ。続く「襖の間」でも同様に、襖を開けると囲炉裏のある空間の映像が投影され、現実空間と仮想世界が地続きになっているような体験が得られた。部屋の四方に設置されたスピーカーから、雨だれや除夜の鐘などが立体音響で再生され、和みのある空間演出に一役買っていた点も印象的だった。
ポイントはプロジェクターの映像がムービーではなく、ゲームエンジン上で動作するリアルタイムCGで制作されている点だ。もっとも一階の展示と異なり、人の位置や動作で映像が変化する、などの積極的な反応はない。障子や襖を手で開けると、位置に連動して中央から左右に映像が広がる程度だ。「障子の間」であれば、障子を閉じている時は鳥の影絵などが投影され、開くにつれて外の景色に切り替わっていく。この時、障子や襖の位置と映像の連動や、映像が投影される位置が自然すぎて、逆にリアルタイムCGだと気づかないほどだった。後から説明されて、あらためて驚かされた。
制作にかかわったバンダイナムコ研究所の本山博文氏によると、「インタラクティブな要素や、ゲーム的な演出を、あえて削っていった」という。ゲームセンターのような祝祭的な空間には向いていても、実際の生活空間では情報量が多くなりすぎ、疲れてしまうのだ。むしろ、うっかりうたた寝してしまうような、和みのある空間がめざされた。障子の間で映像をあえてモノクロにしたのも、さまざまな検証の結果だという。「実際、この部屋だと集中できて、仕事がはかどるんです」(本山氏)。
椅子やソファーに座る西洋建築と異なり、畳敷きの部屋という点も重要な点だ。立ったり、あぐらをかいたり、座布団を枕に寝そべったりと、さまざまな姿勢でくつろげる。実際、寝そべって映像を見あげると、空に漂う雲のディティールが気になったり、目を閉じて耳を澄ますと、雨だれや蝉の鳴き声が聞こえてきたりと、さまざまな発見があった。映像も音もすべて人工物だが、和室という空間に良くマッチしていた。今後ホテルやコワーキングスペースに、仮想空間で拡張された「壁」が設置される日が来るかもしれない。
現実世界と仮想世界の狭間で遊ぶ時代へ
前述したように、「XR HOUSE 北品川長屋1930」で表現されているのは、リアルとデジタルの融合による住環境の体験拡張だ。一階の展示では人と家がコミュニケーションをとる住宅のあり方。二階の展示では、生活空間の向上のために、CG技術を活用する住宅のあり方が提示された。共通するのは、現実世界を舞台にした人とコンピュータの新しい関係性の提案だ。その延長線上には、都市情報がデジタルデータに変換され、現実空間が仮想空間にラッピングされた社会……いわゆるデジタルツインがある。
こうした中、バンダイナムコアミューズメントが全国の商業施設で展開する『屋内砂浜 海の子』は一つのあり方を示している。屋内に敷き詰められた砂場をスクリーンに、天井から海や波のCG映像が投影された遊び場を創出し、安全・安価な海遊び体験を提供するというものだ。子どもたちが手に持つ紙皿の位置が、天井に設置されたセンサーで見知され、CG映像の魚をすくうなどの遊びができる。ちなみに本案件にもたずさわった本山氏によると、はしゃぎ回る子ども達を尻目に、「保護者の大半が、自然の音響に全身が包まれることで、うとうとしてしまう」のだという。
歴史を紐解くと、ゲームセンターなど特定の施設で楽しむものだったゲームが、家庭、そして携帯デバイスで楽しめるものへと、領域を広げてきたことがわかる。次のステップとして検討されているのが、社会のDX化と共に広がる「都市に溶け込むゲーム」だ。『Pokémon Go』に代表される位置ゲーはその序章で、今後もさまざまな可能性が考えられるだろう。そのためには、さまざまな業界がつながるオープンイノベーションが欠かせない。「XR HOUSE 北品川長屋1930」も、その一つになったといえそうだ。