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フェイスブック問題で懸念強まるケンブリッジ・アナリティカの手法:トランプ大統領誕生「影の立役者」の今

前嶋和弘上智大学総合グローバル学部教授
ケンブリッジ・アナリティカの問題について報じるMSNBC(3月21日前嶋撮影)

 フェイスブックのユーザー情報流出問題が大きく報じられている中、渦中のデータ分析会社であるケンブリッジ・アナリティカの際どいデータ収集の話は実は2016年選挙でのトランプ氏当選以降、アメリカ政治では「常識」として語られてきた。トランプ大統領誕生の「影の立役者」として注目されたこの会社の手法と問題は何だろうか。

 ケンブリッジ・アナリティカ(CA)はイギリスに本社を置く政策コンサルティング会社であり、2013年に設立。2016年大統領選挙でトランプ氏の陣営のソーシャルメディア戦略に深く関与したことで一躍世界的に注目されるようになった。また、英国の欧州連合(EU)離脱を主導した独立党の党首だったナイジェル・ファラージ氏らの運動にも加わったとされている。ただ、事業の実態がなかなかつかめない謎の存在であった。

ケンブリッジ・アナリティカが何をしていたのか

 このイギリスの会社がやっていたのは、「サイコグラフィクス」という手法を利用した選挙情報の収集と広告などの配信である。ソーシャルメディアの利用履歴を洗い出し、さらに様々な情報を組み合わせ、データマイニングし、どんな性格の持ち主かを分析する。その情報には、買い物履歴などの消費者データ、有権者個人の性別や人種、年齢、宗教などの属性、有権者登録情報(政党支持)や実際の投票の履歴など幅広く、マーケティング情報を専門とするブローカーなどから購入したものも含まれる。

 こうして集めたビッグデータを使い、個々の有権者の性格を丸裸にし、それぞれの心に突き刺さる選挙広告・選挙情報を提供するのがCAの手法である。2016年選挙ではCAは、選挙戦の半ばからトランプ陣営に呼び込まれ、ソーシャルメディア戦略を進めたクシュナー氏(現上級顧問)や2020年選挙の選対責任者にすでに任命されているブラッド・パースケール氏とともにターゲット広告を幅広く配信した。

「主戦場はフェイスブック」

 もう少し具体的に説明してみる。

 例えば、アメリカで社会問題となっている銃に対しては、トランプ陣営は徹底して規制に反対してきた。トランプ氏のコアな支持者なら規制に反対であり、おそらくそのまま投票もしてくれる。しかし、潜在的に投票所に行く可能性があるが揺れている層がポイントで「銃は危険だ」というニュースが増えれば心が揺れる。その中で不安を感じやすい性格の人には「護身に役立つ」というメッセージが入った政治広告をフェイスブックなどで届ける。一方で、他人への同調性が強い人には「銃所持はアメリカの憲法修正第2条で認めてきた人々の権利であり、他の人もそう思っている」と別の情報を届ける。また、脅しに弱いタイプの人には「あなたが銃規制を支持するクリントンに投票すれば、善良な人々から銃を奪われるだけだ。ギャングだけが得をする。あなたの街を危険にするのはあなただ」と伝える。

 各種情報によると2016年選挙では一つの政策について、それぞれの心理タイプを75ほどにわけ、それに合わせた広告・情報を用意しておいたという。

 敵側に対する偽の情報の流布(いわゆる「ディスインフォーメション」)も効果的だ。2016年選挙では対立候補のクリントン氏の支持者に投票意欲を失わせるため、「ハイチ地震復興の支援金がクリントン財団関係者の懐に入っていた」と真偽が怪しい情報もハイチ系住民の多い地区を狙って配信する戦術もとったとされている。

 CAのCEOアレクザンダー・ニックス氏ははたびたび「ぎりぎりの感情に訴えることがポイントだ」と主張している。上に書いたのは、やや穏当な言葉だが、より直接的でより衝撃的な広告が2016年選挙では飛び変わっていた。

 CAのデータは重用され、16年夏から選挙戦を仕切ったスティーブ・バノン氏(元首席戦略官)は「フェイスブックが主戦場」と何度も発言した。CAの設立には命名も含めバノン氏がかかわっていた。また、現在はバノン氏への支援をやめているといわれているが、保守系団体などに多額の支援をするロバート・マーサー氏がCA設立の資金を提供したといわれている。

これまでとの継続性

 ところで、上述の有権者情報収集などはアメリカでは公的に公開されているケースも少なくなく、1980年代から発達し続けている「選挙産業」の各種データ収集は「情報手段」であった。

 さらに、CAと似た手法もトランプ陣営が初めてではない。2012年選挙ではオバマ氏の陣営は有権者の性別や職業だけではなく、ネットの閲覧履歴、フェイスブックの書き込みなどから趣味や選挙への関心の強さなどのデータを後半に収集し、徹底的に選挙に利用した。データは有権者ごとに「重要度」を100点満点で評価し、投票場に行くか迷っているような層に対しては、ボランティアを連日戸別訪問(戸別訪問は日本では禁止されているが、アメリカでは選挙戦の基本である)させることで勝利をつかんでいった。ビッグデータを使ったマイクロターゲティングの原型はこの段階でほぼ完成されていたといっても過言ではない。

何が問題だったのか

 それではCAは何が問題だったのか。大きく分けて3つある。

 まず第1に何よりも、CAの元社員の暴露によって不正の事実が白日の下にさらされたことが大きい。CAのリサーチディレクターであったクリストファー・ワイリー氏が3月17日付のニューヨークタイムズで内部告発をし、その後も連日アメリカのテレビに登場。自分の良心の呵責を伝え続けた。この告発でフェイスブックが保有する5000万人超のユーザー情報が不正に外部に流出していることが明らかになった。

いずれにしろ、ここ2年間以上、出ていた話がようやく裏付けられる形になった。

 第2に流出したデータの量である。CAが不正に入手したとされる5000万人というデータは膨大である。2016年当時の人口は3億2340万であるため、その15%強。ただ、投票可能年齢で大統領選挙に実際に投票したのは1億3666万人であるため、実際にはより多くの割合で有権者のデータを分析していた可能性がある。

 そして第3に、CAそのものの事業の怪しさもある。データ収集にはロシアを行き来している大学教授との関連も指摘されている。2014年にケンブリッジ大学のロシア系米国人アレクサンドル・コーガン教授が学術調査目的でフェイスブックと契約したうえで、ユーザーへのアンケートを通じて集めたデータを悪用し、CAに提供していたという疑惑である。契約に従い、フェイスブックはこの教授にデータ破棄を命じたものの、そのままCAが使い続けたという疑いもある。

 ロシアといえば、16年選挙戦に嘘のデータをソーシャルメディアに流し続けた疑いでアメリカ連邦議会の追及が続いている。さらに、CAはロシア疑惑でトランプ陣営とロシア側との共謀の証拠になっている可能性もある。さらに、3月19日には沈黙を保っていたCAのCEOアレクザンダー・ニックス氏の隠し撮りカメラでの映像が報道されたが、その中には政敵に対するハニートラップについての発言もあり、極めてイメージは怪しい。

選挙戦のコントロールの道具としてのソーシャルメディア

 CAがどれだけトランプ氏の勝利に欠かせなかったのかは具体的な証拠はない。また現時点ではロシアとの共謀は何とも言えない。

それでもCAの問題がもたらした影響は計り知れない。それは選挙制度に対する信頼そのものを揺るがしている点に他ならない。

2008年の大統領選では、オバマ氏の支持者が自主的にネット上で連携し、支援の輪を広げた。この段階ではソーシャルメディアは『下からの起爆剤』だった。しかし、その後ビックデータ分析などが進む中、2012年には、オバマ陣営が情報拡散のツールとしてネットを徹底的に利用し、『上からのコントロールの道具』に変貌した。その延長戦にトランプ陣営のCAを使った戦略がある。ソーシャルメディア上の「闊達な議論」もかなり計算されて作られたプロパガンダの上で踊らされるような時代に突入した。

 「プラットフォーム」として中立を保っていたフェイスブックだったが、2016年選挙直後から様々な自己規制を導入し続けている。対策を講じないと安心してユーザーは使えないため、フェイスブックという会社としては大きな課題を抱えてしまっている。

 アメリカでは連邦議会などで、ソーシャルメディアの選挙情報についての規制強化案も出てきているが、どうなるかまだ見えない。

 ソーシャルメディアをどのように人々のものに取り戻すか。なかなか前途は容易ではない。

上智大学総合グローバル学部教授

専門はアメリカ現代政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(北樹出版,2011年)、『キャンセルカルチャー:アメリカ、貶めあう社会』(小学館、2022年)、『アメリカ政治』(共著、有斐閣、2023年)、『危機のアメリカ「選挙デモクラシー」』(共編著,東信堂,2020年)、『現代アメリカ政治とメディア』(共編著,東洋経済新報社,2019年)等。

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