金正恩の「絶対命令」に背いた、ある幼稚園保育士の末路
北朝鮮の道路で時々見かける小さなタンク車。側面には「コンウユ」の文字がある。直訳すると「豆牛乳」で、つまりは豆乳のことだ。子どもたちに栄養のあるものを食べさせるために、1992年から製造が始まり、世界食糧計画(WFP)の協力を得て工場を拡充、多くの子どもたちに届け続けてきた。
それは、1990年代後半の大飢饉「苦難の行軍」のときにさえ続けられていたが、ある幼稚園ではある頃から、豆乳の味が変わった。その原因は横流しにあった。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
恵山市内の食料品工場では豆乳を生産し、毎朝市内の幼稚園に届けていた。物価高騰で原料の豆乳が充分に確保できず、水を混ぜたものとなっていたが、それでも現在の食糧難の中で、豆乳は子どもたちの命を守る大切なライフラインとなってきた。
市内の恵灘(へタン)幼稚園では最近、豆乳の味がさらに薄くなった。報告を受けた恵山市教育部が今月4日から検閲(監査)を行ったところ、幼稚園の保育士が、配給された豆乳を市場に横流ししていたことが判明した。
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濃い豆乳は市場に横流ししてカネを儲け、子どもたちにはただでさえ薄い豆乳にさらに水を混ぜて与えていたというのだ。
国営の朝鮮中央通信は、金正恩氏が2021年6月の朝鮮労働党中央委員会第8期第3回総会の3日目会議で、次のように指示したと報じている。
金正恩総書記は、子どもの成長、発育において託児所、幼稚園の時期が最も重要な年齢期であると述べ、国家的負担で全国の子どもに乳製品をはじめ栄養食品を供給することを党の政策として樹立することに言及し、その実行のための具体的な課題と方途を提起した。
また、昨年2月の最高人民会議(国会に相当)では、子どもに乳製品など栄養食品を無償で配給するなど、立派な育児条件を保障する育児法が採択された。
つまり、幼稚園への豆乳供給は金正恩氏による「絶対命令」なわけだが、それに背く形となった保育士がどのような運命を辿ることになるか、危惧されるところだ。
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子どもたちを「国の王様」「祖国の未来」と持ち上げ、様々な育児支援を行っていると宣伝しているが、実際の現場では、意見を述べる術を持たない幼い子どもたちから大切な食べ物を取り上げる事件がしばしば起きている。
咸鏡北道(ハムギョンナムド)の清津(チョンジン)では、幼稚園の保育士が子どもたちの弁当をつまみ食いしていたことが明らかになった。
その背景には、保育士の処遇のあまりもの悪さがあると情報筋は指摘する。
「幼稚園の保育士が園児に配給される豆乳を横流ししたのは、保育士の待遇問題が改善されないからだ。国が配給など生活維持に必要な基礎的な保障をしてくれないから、保育士は他に(生きる)方法がないのだ」
コメ1キロすら買えないほどの薄給、食糧配給の停止で、保育士は保護者からワイロを受け取ったり、園児向けのものを横流ししたりしなければ、生きていけないのだ。当局は、配給システムを復旧させようとしており、一部では復活にこぎつけたところもあるが、ほとんどの地域や機関は依然として何もできていない。
教育部は、摘発した保育士にどのような処分を下したか、情報筋は触れていないが、根本的な問題が解決しない限りは、同様の問題は再発し続けるだろう。