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「戦争になったら、どうせ死ぬ」ミサイル発射に冷淡な北朝鮮国民

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮軍の兵士(デイリーNK)

 韓国軍合同参謀本部は14日、北朝鮮が同日午前1時49分頃、平壌の順安(スナン)地区から短距離弾道ミサイル1発を発射したと発表した。韓国軍はこれに先立ち、約10機の北朝鮮軍機が南北の境界線近くを飛行したとして、戦闘機を緊急発進させたと発表していた。

 北朝鮮は10日、朝鮮人民軍戦術核運用部隊の軍事訓練が9月25日から10月9日まで行われたと明かしていたが、その後も2回にわたりミサイル発射が続いている。

 その後、一般国民に対して15日分の食糧を備蓄せよとの指示が下され、兵士に対しては「今すぐに戦争が起きるかもしれない」として、万全の体制を整えよとの指示が下されたと、デイリーNKの現地情報筋が伝えている。

 それを受け、北朝鮮国内の雰囲気はどうだったのか。デイリーNK取材班は、北部の両江道(リャンガンド)の住民と、平安北道(ピョンアンブクト)の軍官(将校)から、話を聞いた。

 両江道の住民によると先月末、「全党、全軍、全国的に常に緊張し、動員体制で仕事と生活に臨め」との指示が下された。両江道の民防衛部は、企業所や人民班(町内会)に、15日分の食糧を備蓄し、非常招集がかかれば防空壕に退避せよと指示し、適時に検閲(検査)を行うとした。

 だが、実際に食糧を備蓄したか検閲が行われることはなく、「今ではうやむやになったようで、上部からも指示がない」とこの住民は述べている。

 指示を聞いた住民からは「核戦争が起きればすぐに死ぬのに、食料備蓄がなぜ必要なのか」と鼻で笑っていたという。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

 同様の指示は情勢が緊張するたびに下されていたが、コロナ鎖国による深刻な食糧不足の最中で、そんな大量の食糧をどうやって調達すればいいのかわからない、非現実的で相変わらずの指示に、住民は呆れていると、現地の反応を伝えた。

 平安北道の軍官によると、当局は全軍に対して「敵どもの軍事演習は度を越し、一触即発の情勢となっている」「軍事演習をやめるまで、わが人民軍は毎日戦争状態を維持しなければならない」と、戦時体制を備えなければならないとの教養事業(思想教育)を行った。

 12月からの冬季訓練を控え、特になにもない時期で、訓練の準備を進めていたところに、先月の25日になって急に「戦争が起きるかもしれない」と戦争の雰囲気を煽り立てたが、現場の兵士のリアクションは薄いものだったという。

「戦争が起きるかもしれないから備えよ」「情勢は常に緊張している」という思想教育を、耳にタコができるほど聞かされている兵士の間では、「どうせ戦略軍さえあればどうにでもなる」と、平時と何ら変わらない雰囲気が流れていた。

 一方、ミサイル発射をまとめて報道したことについて、両江道の住民は「発射するごとに発表すれば、民心に動揺が起きるから、10月10日の朝鮮労働党創建記念日にまとめて発表したようだ」との話が流れていると伝えた。

 また、「ミサイル発射で事故が起きたら、誰が責任を取るのか。国は人民の生命を担保にして危険な発射をしているのではないか」との反応を示す人もいたという。

 平安北道の軍官も、兵士たちが「父母きょうだいなど多くの人民が住む土地の上で、ミサイルを撃ち、安定性と精密度に問題がないと見せつけたが、本当に恐ろしく、危険なことだ」と、ヒソヒソと話していると伝えた。

 実際、ミサイルが事故を起こしたこともあり、兵士たちの心配は決して杞憂ではない。

 ミサイルや核実験には、当然のことながら多額の予算が費やされることから、非常に国民受けが悪い。発表を繰り返すと世論の悪化を招きかねないため、まとめて報じたとの見方も可能だろう。

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

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