温泉入浴指導員が語る、良質な温泉を求めると温泉が減るジレンマ
記事を開いていただきありがとうございます。最近温泉旅バカに名前を変えた温泉入浴指導員のひかさです。
さて、以前源泉掛け流しについて記事を書かせていただきましたところ、大変多くの方に見ていただきました。本当にありがとうございます。
それだけ源泉掛け流しが注目されていることは承知の上で、今回は源泉掛け流しだけの世界になったらどうなるのか?ということを書かせていただきたいと思います。
【1】源泉掛け流しの定義
今回の記事において、源泉掛け流しの定義については、次のように定めます。
①加温をしていない
②加水をしていない
③塩素系消毒を使用していない
④循環ろ過装置を使用していない
⑤入浴剤を添加していない
以上全てを満たすもの
実際、温泉好きの中では上記の定義のような100%源泉掛け流しを好まれる方もいます。一方で純温泉協会のように加温と加水は諸事情によりOKとする場合もあります。
【2】100%源泉掛け流しにこだわる問題点
温泉の運営というものは大変なことです。衛生面の管理のみならず、法令遵守のために様々な手続きが必要であったり、その中で利益を得なければならないといったような諸問題が発生するわけですが、残念ながらそれに対するリスペクトに欠けている方も大勢いらっしゃいます。
例えば、「この温泉は塩素臭がするから残念」「加温加水をしているからオススメしない」さらには、「詐欺」というような各施設への口コミやインフルエンサーの紹介が目立ちます。
温泉好きの私としては、確かに天然の温泉に出会えた時の喜びは強いですが、加水や加温をしていても素晴らしい温泉もたくさん存在します。循環ろ過をしたくなくてもしなければならない施設も存在します。その状況を理解されているのでしょうか。
近年の温泉は、温泉温度の低下または急上昇により、適温に保つことが難しかったり、そもそも温泉が湧出しなかったりという状況を考慮すると、源泉掛け流しによる温泉の提供というものは大変難しい状態にあります。
今回の記事は、「温泉地批判」ではなく、もし100%源泉掛け流しにこだわると、どれだけ温泉地が消えるのか、なぜこのような意見が散見されるのか、温泉施設はどうすれば良いのかという所を記事にしていきます。
この記事をご覧いただいて、皆様のこだわりはご自由にという所ですが、リスペクトは欠かさないようにしていただきたいと考えております。
【3】100%源泉掛け流しはどのくらいあるのか?
ある本で、源泉掛け流しは日本の1割〜2割しかないと書かれていました。日本は温泉大国であると言いながらも、そのほとんどは100%の源泉掛け流しではないという状態なのです。
確かに言われなくても、そう思うかもしれません。私たちは日常どこにでもあるようなものではなく、レアなものに注目していきます。すると、温泉大国における源泉掛け流しの割合が少ないことを考えると、確かに源泉掛け流しはレアで、注目が行きやすいわけですね。
ということは、もし100%源泉掛け流しのみを温泉とするのであれば、日本の温泉の8割が消え、温泉大国というには少し納得のいかない国になるのです。
つまり、100%源泉掛け流しのみを求めるのであれば日本で楽しめる温泉が減る。日本で楽しめる温泉を維持しようと思うと良質な泉質の割合が減る。というジレンマになってしまうのです。
中には有名な温泉地であっても100%ではないというところもあるようですが、ここで名前を挙げることはマイナスイメージになりかねないので、控えさせていただきます。
【4】実は「法律」が原因だった?
話は少し戻り、なぜ、温泉についてあのようなマイナスのようなコメントが見受けられるのでしょうか。それは、定義の曖昧さにあるものです。温泉の定義はご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、温泉法第2条に定められています。しかし、源泉掛け流しについての定義は法律でも、政令や省令でも定められていないのです。それが故に、その施設は温泉をそのまま使っているのか、加水や加温等をしているのかがわからなかったのです。
しかし、源泉掛け流しに近い新たなルールができたのです。
それが、平成17年の温泉法施行規則です。
温泉法施行規則第十条
法第十八条第一項の規定による掲示は、次の各号に掲げる事項について行うものとする。(1項は省略)
2 法第十八条第一項第四号の環境省令で定める情報は、次の各号に掲げる事項とする。
一 温泉に水を加えて公共の浴用に供する場合は、その旨及びその理由
二 温泉を加温して公共の浴用に供する場合は、その旨及びその理由
三 温泉を循環させて公共の浴用に供する場合は、その旨(ろ過を実施してい る場合は、その旨を含む。)及びその理由
四 温泉に入浴剤(着色し、着香し、又は入浴の効果を高める目的で加える物 質をいう。ただし、入浴する者が容易に判別することができるものを除く 。)を加え、又は温泉を消毒して公共の浴用に供する場合は、当該入浴剤 の名称又は消毒の方法及びその理由
つまり、温泉へ加水・加温・循環ろ過・入浴剤添加をする場合には掲示が義務付けられたのです。最近では温泉分析書の一部として記載されている場合もあります。
ですが、特に昔ながらの施設ではこのような法改正を知らずに、そのままにしているなんてこともある状態ですから、まだまだ浸透しきっていないという点は問題点として挙げられます。
さらに、現地に行かないとこの表記がないケースがほとんどのため、わかりやすくするためにマイナスなコメントが見受けられるのかと思います。
また、何よりも、源泉掛け流しでない温泉も法律上は温泉になっていることがそのようなコメントの増加にもつながっていると考えられます。
【5】国は源泉掛け流しをどう思っている?
では、温泉法で温泉の循環濾過などをもう温泉から除外してしまえばいいじゃないかと思われる方もいらっしゃると思います。
ただ、これらを温泉から除外しなかった理由には、環境省の意識があるようです。
この文言を見るに、環境省は循環濾過式も温泉と捉えるべきという方向性が伺えます。したがって、温泉法施行規則の条件を定めることにより、100%源泉掛け流しでなくても違法な温泉とはしなかったのでしょう。
【6】これから温泉はどうすべきなのか
では、これから日本の温泉はどうすべきなのでしょうか。良質な温泉が提供できないから廃業すべきなのでしょうか。これは経営者でもない僕の考えですから、参考になるかはわかりませんが、実際に訪れた温泉で見たことのあるものを書いていきます。対応はパターンに分けることができるかと思います。
①温度が高すぎる源泉がある場合
これについては、とにかく「成分をできる限り薄めない」手段で提供するしかありません。例えば、草津温泉の湯畑はどうでしょうか。源泉から空気に触れる時間を増やすことで、温度の低下を目指すということです。もちろん酸化する可能性は高まりますが、草津ほどの泉質であれば問題がないのでしょう。また、湯もみのような手段を使って温度を下げるということです。これは熱いお湯の時にやりがちなかき混ぜる行為です。ただしこれは50度などギリギリ入れるかなという温度かららやるものなので、90度などでは厳しいところがあります。他にも鉄輪温泉のひょうたん温泉のやぐら「湯雨竹(ゆめたけ)」もあります。これは竹に温泉を流すことでこちらも自然の力で温泉を冷ましています。
②温度が低すぎる源泉がある場合
温度が低すぎる場合にはお湯の加温ではなく、ボイラー加熱という形を取るということです。お湯を使って加温をすると普通に薄めることになりますから泉質にも大きな影響を及ぼします。そのため、お湯に熱だけを加えることで温度だけ上げるという手段があります。
③湧出量が少ない源泉がある場合
循環ろ過をしてしまう大きな原因は湧出量です。掛け流して捨てるほど温泉量がないということです。これは、逆に価値を高めてしまう手法もアリじゃないでしょうか。温泉好きはマニアックな温泉が大好き。広々とした浴槽でなくでも、本当に一人・二人しか入れないような温泉も好む方が多いわけです。広々と浴槽を作って循環濾過するのであれば、浴槽を狭くして逆にレア度を上げてしまうのも手なのかもしれません。
もちろん以上のような単純なことではないことは承知の上ですが、逆に利用者側もこのような温泉施設があるということを知っておくのもいいいのではないかと思い書かせていただきました。
【7】最後に
最後に私がお伝えしたいのは、リスペクトを忘れてはならないということです。どのような施設であれその維持には相当な苦労をされております。まず批判するのではなく、その施設の事情など知った上で、その施設の魅力をお伝えするという方に進むことで温泉の活性化が進むのではないかと思います。
温泉の魅力は確かに泉質です。しかし、それ以外の取り組みなどにも目を向けてみてはいかがでしょうか?