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名人候補・藤井聡太二冠(18)長丁場のB級2組順位戦4連勝でトップグループ快走中

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月9日。東西の将棋会館にわかれてB級2組順位戦4回戦の一斉対局がおこなわれました。

 3回戦が終わった時点で3戦全勝は横山泰明七段(39歳)、中田宏樹八段(55歳)、阿部隆九段(53歳)、藤井聡太二冠(18歳)の4人でした。

 阿部隆九段は過去にA級1期、B級1組8期在籍。また中田宏樹八段はB級1組に3期在籍していたキャリアがあります。

 初のB級1組昇級を目指す横山七段。前期B級2組では惜しくも次点でした。

 横山七段は崩れることなく、今期も安定した実力でここまで白星を重ねてきました。4回戦は空き番。この日はABEMAで王座戦五番勝負第2局の解説を務めていました。

 中田宏樹八段は東京で畠山成幸八段と対戦。畠山八段先手で、戦型は相掛かりとなりました。

 互いに腰掛銀に組んだあと角交換がおこなわれます。中田八段は玉近くの銀も中段に押し上げていき、相手の腰掛銀にぶつけます。

 戦型は違いますが、この中央で銀3枚が縦に並んだ形は▲谷川九段-△藤井二冠戦でも現れ(谷川九段が銀をぶつけた)藤井二冠が長考に沈むという場面もありました。

 畠山八段が筋違い角を放っての反撃に対して、中田八段は手厚く受け止め、ペースをにぎったようです。

 中田八段は相手玉をにらむ位置に角を据え、その角を基軸として鋭い攻めを繰り出していきました。最後は中田八段が押し切って21時23分、90手での終局となりました

 阿部隆九段は大阪で野月浩貴八段と対戦。熱戦の末に23時32分、115手で敗れ、今期初の黒星となりました。

 藤井聡太二冠は大阪で谷川浩司九段と対戦しました。結果は既報の通り、藤井二冠の勝ちでした。

 長考相次ぐスローペースの中盤戦。そこで藤井二冠が優位に立ってから終局までは、自然に進んだように見えました。

 ただしネットで観戦している側からは、最後の最後で悲鳴が上がることになります。

 ABEMA中継のアーカイブ上では、12:35:00ぐらいからの最終盤。

 71手目、谷川九段は盤の中央5五の地点に角を打ちます。これが遠く2二にいる藤井玉への王手となっています。

「16%-84%」

 ABEMA中継の勝率表示は藤井二冠の側に大きく傾いています。筆者手元のコンピュータ将棋ソフト「水匠2」の評価値は2500点以上後手よし。つまりは、藤井二冠が勝勢であることを示しています。

 残り時間は谷川30分。藤井17分。

 藤井二冠はノータイムで玉を3一に逃げました。

「27%-73%」

 ABEMAの勝率表示はかなり動きます。水匠2の評価値は1500点前後へと巻き戻りました。つまりはこの2手のやり取りで、谷川九段が大きく差を詰めたことになります。

 谷川九段は1分を使い▲6五銀。自陣の守り駒の銀で、相手の桂を取ります。谷川玉がいるのは6八の地点で、相手の桂がふさいでいた7七の地点への逃げ道が開けています。ほとんど時間を使わず淡々とした手つきながら、最善を尽くしています。

 74手目。藤井二冠は△6五同歩と銀を取り返せば、依然優勢だったようです。本譜、藤井二冠は1分を使い△4七角成。角を成り返って馬を作りながら金を取ります。

 次の瞬間、中継を観ている世界中の将棋ファンの中には、悲鳴をあげた人も多かったのではないでしょうか。

「47%-53%」

 ABEMA中継では、勝率はそう表示されています。水匠2の評価値ではわずかに300点前後。

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 つまりは藤井勝勢から、ほぼ互角に近いところにまで形勢は戻ったことになります。

 もしかして終盤で大波乱が起こったのか?

 視聴者は固唾を飲んで谷川九段の次の手を待ちます。

 この次、コンピュータが示す最善手は▲7六銀。自分の銀を逃げる手でした。なるほど、そう進んでみると、確かに難しそうにも見えます。少なくとも谷川玉がすぐ寄る形ではなく、そう簡単に終わりそうにはないようです。

 一呼吸を置いたあと、谷川九段の手が盤上に伸びます。消費時間は1分。谷川九段は自分の銀を逃げず、相手の銀を取りました。

「5%-95%」

 ジェットコースターのように、勝率表示は動きました。形勢は再び藤井七段勝勢です。

 76手目。藤井二冠はほとんど時間を使うことなく、谷川玉の下から金を打ちます。王手。谷川玉は三段目に逃げる一手です。そこで△6五馬と銀を取る手が絶好で、角取りとともに谷川玉の上部を押さえて、藤井二冠の勝ち筋です。もし谷川九段が銀を逃げていれば、その馬引きは生じていませんでした。

 谷川九段は居住まいをただします。そして次の手を指さず「負けました」と一礼。藤井二冠も深く礼を返して、対局が終わりました。

 12時間以上にも及ぶ長丁場の対局においては、以上の最後の場面は、ごく短い時間のうちに推移していきました。

 谷川九段の淡々とした様子からは、藤井二冠の力を深く信頼している様子がうかがえます。対局室の様子からは、波乱が起こりそうな雰囲気はなさそうでした。

 しかしもし――。勝負に「たら」も「れば」もありませんが、谷川九段が▲7六銀を指していたら、藤井二冠はどのような反応をしていたのでしょうか。

 ともかくも、結果は藤井二冠の勝ち。名人位に向かって、また白星を積み重ねたことになりました。

 B級2組は4回戦が終わった時点で、4戦全勝は中田宏樹八段と藤井聡太二冠。両者が暫定トップに立っています。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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