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引退まであとわずか、プロレスラー武藤敬司はなぜ「天才」と呼ばれるのか?

清野茂樹実況アナウンサー
現時点では最後のムーンサルトプレスを放つ武藤敬司(写真:東京スポーツ/アフロ)

武藤敬司の引退試合がいよいよ3週間後に迫ってきた。デビューから38年、常にプロレス界のトップに君臨し続けてきた天才レスラーのことを知らないプロレスファンはいないだろう。しかし、なぜ「天才」と称えられるのか?武藤の能力を何となくは知っていても、きちんと認識していないファンもいるのではないか。そこで、武藤敬司がいかに類い希な才能を持ったレスラーなのか引退試合の前に解説したい。

運動神経の良さ

武藤敬司の才能として最初に挙げたいのは、何と言っても運動神経の良さだ。190センチ近い長身でありながら、コーナー最上段から宙返りするムーンサルトプレスをやってのける運動能力は天性のものである。ムーンサルトプレスは今でこそ大型選手が使うのも珍しくないが、武藤がデビューした1984年当時、使うレスラーはいなかった。しかも、武藤は使用期間が圧倒的に長い。両ヒザの怪我により封印してしまったものの、デビュー半年後からつい2年前まで試合で使っていたのである。これほど難易度の高い技を使い続けたレスラーは世界中探しても武藤の他にいない。

米国での成功

次に挙げたいのが、米国での成功である。野球やバスケットボールなどと同様、プロレスも日本人がトップに食い込むのは難しいものの、武藤は20代半ばでやってのけた。単純な比較はできないが、渡米してこの若さで世界王座に挑戦した日本人レスラーは、武藤以降は存在しない。帰国後は米国で確立した「グレート・ムタ」という悪玉と素顔の「武藤敬司」とを使い分けたのも見事だった。グレート・カブキにキラー・カーン、TAJIRIなど米国で活躍した日本人は他にもいるが、2つの顔を並行して使い分けた武藤の存在は、やはり突き抜けていると言わざるを得ない。

モデルチェンジの才能

さらに武藤が他のレスラーと違う点として、モデルチェンジが抜群に長けている点も挙げられる。一般的にプロレスラーは、一度確立したキャラクターをなかなか捨てないものだが、武藤はコスチュームはもちろん、入場テーマ曲やヘアスタイル、リング上の仕草など、頻繁にモデルチェンジを繰り返してファンの視線を集めてきた。所属団体も新日本プロレスに始まって、全日本プロレス、WRESTLE-1、そしてプロレスリング・ノアと移籍を繰り返している。きっと、武藤自身はどんな環境であっても新しい自分を表現できる自信があるに違いない。

卓越した試合運び

モデルチェンジを繰り返している武藤だが、実は試合のスタイルは昔から驚くほど変わっていない。リングで見せる技はどれもフォームが美しく、種類も無闇に増やさない。観客の目を惹きつける試合運びこそ、筆者が最も強調したい武藤の才能だ。武藤がどんな相手でも名勝負を作り出せることは、対戦相手の顔ぶれを見ればわかる。アントニオ猪木を筆頭に、天龍源一郎、前田日明、大仁田厚のような業界の先輩たち、髙田延彦や三沢光晴、小橋建太など同世代のスターから自分の子供と同い年の清宮海斗まで、日本国内でトップ選手とこれほど接点を持つレスラーは武藤だけだ。

ここまで読んで、武藤というレスラーがプロレス界でいかに特別な存在かおわかりいただけただろうか。そんな男が最後の相手に指名したのが、内藤哲也である。11年前の対戦では武藤が圧倒したが、60歳になった武藤が、20歳も若い内藤の動きについていくのはかなり難しいだろう。しかし、武藤自身もそんなことは百も承知で対戦を要求したはずだ。類い希な才能を持った天才は、ファンの想像を上回るものを見せてくれるような気がする。2月21日は入場からリングを降りる瞬間まで、武藤敬司から目が離せない。

※文中敬称略

実況アナウンサー

実況アナウンサー。1973年神戸市生まれ。プロレス、総合格闘技、大相撲などで活躍。2015年にはアナウンス史上初めて、新日本プロレス、WWE、UFCの世界3大メジャー団体の実況を制覇。また、ラジオ日本で放送中のレギュラー番組「真夜中のハーリー&レイス」では、アントニオ猪木を筆頭に600人以上にインタビューしている。「コブラツイストに愛をこめて」「1000のプロレスレコードを持つ男」「もえプロ♡」シリーズなどプロレスに関する著作も多い。2018年には早稲田大学大学院でジャーナリズム修士号を取得。

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