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【松浦民恵×倉重公太朗】第4回「同一労働同一賃金のホンネ~派遣編~」

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

倉重:さて、同一労働同一賃金に関する説明義務がより難しいのは、派遣だと思います。派遣は、比較対象が派遣先社員であったりするのでもっと難しくなってくると思いますが、これはどう考えたらいいですか。

松浦:派遣については、派遣先均等・均衡方式と労使協定方式の選択性ということで、2つのやり方が提示されていますけれども、どちらも準備や対応に時間を要する方式だと思います。

 今後どうなるかは、派遣元の労使がどちらを選択するかにかかってきますが、派遣先均等・均衡方式については、派遣元だけでは、派遣先の直接雇用の労働者と派遣労働者との均等・均衡について判断できないので、派遣先から必要な情報を提供してもらう必要があります。

倉重:そうですよね。派遣元で賃金制度を設計している人は、派遣先で働いているわけではないですからね。

松浦:そうなのです。ですので、派遣先がどういう社員を比較対象に設定し、どのような情報を出すかというところが一つのポイントになってきます。そういう意味で、派遣元だけでなく、派遣先も、均等・均衡規制を守るうえで重要な役割を担うことになります。

倉重:誰と比較するのかのところから、派遣先が必要だと思う情報を出すところから始まるわけで、そもそも設定が正しいかという問題もあるし、出した情報が適切かという問題もあるし、いずれも派遣元では検証できないですね。

松浦:そうです。派遣元は、派遣先から出された情報をもとに派遣料金を交渉し、賃金を支払うことにならざるを得ないので、そういう意味では、情報を出す派遣先も、ある程度責任を伴うということは理解しておく必要があるのではないかと思います。

倉重:派遣先の責任、あるいは手間も、かなり増えますね。情報提供を最初の段階でもしないといけないですし、また、状況が変わって何か変更があった場合に、また通知もしないといけないですものね。

松浦:そうですね。ただ、その情報がないと派遣元は均等・均衡が保てないです。

倉重:そういうことを考えると、やはり労使協定方式のほうが、派遣先としてはありがたいと思うところが増えてくるのではないでしょうか。

松浦:その可能性は否定できないですが、実際どうなるかはまだわからないですね。また、均等・均衡を確保するための賃金の財源は派遣料金になりますので、規制に対応するためのコスト負担の一定部分は派遣先にかかってくることになります。ただし、この点は労使協定方式においても同様です。

倉重:そもそも労使協定方式が出てきた経緯については、いかがですか。

松浦:当初、同一労働同一賃金ガイドライン案が出されたときは、労使協定方式の考え方は盛り込まれていなかったはずです。同一労働同一賃金ガイドライン案が出たところで、派遣先均等・均衡方式に対して、さまざまな懸念点が指摘されました。そういう懸念点を踏まえて、その後働き方改革実行計画が出されたときには、労使協定方式も盛り込まれたのだと思います。

 懸念点というのは、大きく2つあって、1つ目の懸念点は、派遣先が変わるたびに均等・均衡のあり方が変わってしまうということです。例えば、ある派遣先に派遣されているときは、均等・均衡の観点からこういう手当も適用されるべきだし、派遣料金や賃金水準もこれぐらいに設定すべき、となったとしても、次の派遣先に変わると、手当も時給も根こそぎ変わってしまう。それは派遣労働者のキャリア形成を支援するという観点から本当にいいのか、という問題提起です。

 ですので、いろいろな仕事を経験し、より難しい仕事に変わる中で派遣労働者の賃金を上げていきましょう、キャリア形成を支援していきましょうという流れが2015年の派遣法改正の中でできてきた一方で、派遣先均等・均衡方式にすると、例えば大企業のほうが派遣料金や賃金が高いとなると、仕事内容やキャリア形成に関係なく、そこに派遣されたいという希望が集中してしまうのではないか等。そうなると、派遣労働者のキャリア形成が、むしろうまくいかなくなってしまうのではないかというのが1つ目の懸念点です。

 もう1つは、派遣先の直接雇用の労働者と全く同じ業務をしている派遣労働者がいて、双方の賃金を全く一緒にしなさいとなると、派遣料金には派遣会社の人件費等もプラスされるわけですから、派遣労働者にかかるコストが直接雇用よりも高くなってしまう。そうなった結果、直接雇用に転換することになれば、それはそれで派遣労働者にとってハッピーなケースもあるかもしれないですが、必ずしもそういうシナリオになるとは限らなくて、派遣労働者の雇用自体が脅かされる可能性もあるのではないか、というような指摘もあったわけです。

 こうした議論を踏まえて、労使協定方式というものも議論の俎上(そじょう)に上ってきたと理解しています。

倉重:なるほど。実際、料金体系の水準がどの程度になるかは、厚労省は統計問題でいろいろ大変だと思うので、6月は無理ですかね。6月、7月ぐらいではないかと言われていましたけれども。ただ、そう遠くないうちには出てくるのでしょうね。それを見ないと、派遣料金の水準は分からないので、どちらの方式によるべきかの検討が難しいですね。

 やはり派遣先としては、いろいろな義務も増えるし、料金がどうなるかを踏まえて適切な派遣の業の仕方を考えていかないといけないです。ただ、どちらにしろ、いろいろ検討はしなければいけないでしょうね。

派遣労働者に担当してもらう業務や、役割は結局どう違うのかなど、そこは一回、再整理が必要だということになりそうですね。

松浦:そうですね。

倉重:それから派遣の場合は、これは特殊性ですけれども、比較対象労働者を設定するときに、派遣の人しかやっていないという業務もありますよね。こういうのは、一応マニュアルなどを見てみると、仮にその仕事で雇うとしたら幾らかで設定せよと書いてありましたけれども、存在しない仕事を前提に料金決定するのも、派遣先としては難しい判断ですよね。

松浦:非常に難しいと思います。そうはいっても、同じような仕事をしている人が誰もいないということも確かにあり得るので、やむを得ずああいった文言が入っているのだと思います。

倉重:そういうことなのでしょうね。

松浦:ええ。非常に悩ましいところではあります。

倉重:実際に派遣先責任者になっている企業の方は、すごく悩むだろうなという気がします。

松浦:そうですね。

倉重:要するに、細かく考えていくと、まだ難しい問題点がたくさんあるなというところですが、来年の施行に向けてどうなっていくかというところですかね。

松浦:はい。

倉重:あとは、同一労働同一賃金の関連で言っておきたいことはありますか。

松浦:そうですね。厚生労働省の同一労働同一賃金の特集ページに、『不合理な待遇差解消のための点検・検討マニュアル』が掲載されています。

倉重:ありますね。

松浦:それが、たぶん、同一労働同一賃金関係のいろいろなパンフレットやマニュアルの中では一番詳しいかと思います。

倉重:あれは、すごいページ数ですものね。

松浦:そうです。詳しいバージョンだと思います。

 それを全部読み込むのは大変かもしれませんが、実務上の悩ましさも踏まえながら、一番丁寧に解説されているものだと思いますので、ぜひご覧になって頂きたいと思います。業界共通編と業界別があり、業界別のなかには派遣業界のマニュアルもあります。

倉重:そのマニュアルのリンクを、このページにも貼っておきますので。

松浦:そうですか。ぜひお願いしたいと思います。

倉重:はい。そこから飛べるようにしたいと思います。

同一労働同一賃金業界別マニュアル

(最終回へ続く)

【対談協力】

松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏

法政大学キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所 を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。著書、論文、講演など多数。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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