「働く」の不幸を取り除け!組織課題へ取り組む産業医の役割【浜口伝博×倉重公太朗】第2回
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産業医は何のために置くのでしょうか? 労働安全衛生法では、従業員50人以上の事業場では産業医を選任することが義務付けられています。従業員50 ~999人の場合は嘱託産業医でも可能ですが、従業員 1,000 人以上の事業場と、有害業務に常時 500 人以上が従事している事業場は、専属の産業医を選任しなければなりません。「法律で決まっているから」と産業医と契約したものの、毎月ハンコを押しに来るだけというケースもあるようです。産業医と積極的な関わりを持ち、職場の健康問題を解決したり、パフォーマンスを上げたりするにはどうしたらよいのでしょうか。産業医の第一人者、浜口伝博先生に聞きました。
<ポイント>
・アメリカの大企業は自主的に産業医を置く
・産業医の行為は、適正管理のために行っている
・産業医はコロナの感染対策もすべきか?
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■アメリカの企業が産業医を置く理由
倉重:コロナでテレワークになり、チームとして物理的な距離が離れている中で、テキストでの会話も増えています。普段から心理的安全性があるようなチームであればいいと思うのですけれども、そこがないようなチームだと、よりいっそう強く孤独を感じてしまうでしょうね。
浜口:特にこの4月に入社した社員などは心配ですね。入社式から始まってずっとオンラインですから。
倉重:まだ会っていないような感じですよね。
浜口:職場の人と会えないですし、トレーニングだってオンラインです。それでは限界がありますよね。
倉重:そうです。
浜口:同期のメンバーに会えないし、一緒に酒飲みもできません。やはりリアルで会うのと、オンラインで接するのは全く違うし、自然と孤立感が高まってしまいます。仕事自体はオンラインでできないことはないのですけれども、孤立感にもう耐えられないのです。
倉重:上司は大変です。そういった悩みに気付いて、ケアしてあげないといけませんから。
浜口:そうなのです。会議の前後で雑談タイムを作ってあげる、とかの工夫も必要です。新人の場合にはそもそも人間関係がないので、リアルでちょっと会う、あるいは個別にきちんと相談を受けてあげる配慮が必要です。
倉重:そうですよね。そのような中で、人の問題がコロナによって増えています。産業構造の転換以外にも、コロナによるテレワークは、非常に心理的に負荷がかかる話です。産業医に求められることもかなり変わってきていると思います。
労働安全衛生法には産業医の専任義務がありますが、ハンコを押しに月1回やってくるような産業医だと、意味があるのか疑問です。
浜口:ご存じのように産業医制度は各国で違います。例えば、米国は産業医を置かなくても構いません。
倉重:そうなのですか。
浜口:産業医は、いるにはいるのですけれども。
倉重:必要だから、置いているということですか。
浜口:おっしゃるとおりです。つまり、米国では、「わが社においては産業医を置かないと、ビジネスが成功しない」、あるいは、「危なっかしくてビジネスをやっていられない」という会社が自主的に置いています。
倉重:素人判断では怖いということですね。
浜口: 米国の鉱山や石油化学産業、製造業などは必ず産業医を置いています。私は以前IBMにいましたけれども、IBMやデュポンなどには、必ず産業医がいました。
倉重:法律で求められているわけでもないのに置いていると。
浜口:産業医を置いてアドバイスをもらわないと、安全衛生、健康管理、地域環境保全が担保できないからです。
倉重:まさに、ここです。「なぜ置いているのか」という部分が重要です。
浜口:従業員の、安全と健康の確保、人材の維持管理、地域社会への貢献について、企業がどのくらい真剣に取り組んでいるかという社会倫理観や社員重視の姿勢の違いかと思います。
倉重:そうですね。
浜口:例えばクリーンルームでは、人類の歴史上存在しなかった化学物資を使って、従業員に作業させているわけです。それが何らかの形で漏れれば環境に甚大な被害が発生する、あるいは室内においても従業員が吸ってしまう可能性があるわけで、気中濃度を測って管理していたとしても、作業者側の瑕疵があって健康障害につながらないとは限りません。
倉重:そうですね。
浜口:だから、IBMでは定期的に健康チェックをした上で、作業環境をきちんとモニタリングするのはもちろんですが、従業員の教育を徹底して、設備確認をこれでもかというくらいにやるわけです。専門チームを組んで世界中オーディットに回っています。従業員に安心して働いてもらうためです。
この背景には訴訟社会があり、レピュテーションリスクもあります。グローバルカンパニーは、リスクを顕現させないことに最大の努力をします。絶対に健康被害や環境被害を起こさないためにどうするかにお金をかけます。その一環に産業医が位置付けられています。
倉重:私も労働専門で、紛争をたくさん扱っていますので、メンタル事案なども多々見てきました。やはり産業医さんにご判断をいただきたい案件がたくさんあるわけです。その方は「復職可能です」と言っているけれども、どうも怪しい、あるいは、病気自体がそもそも疑わしいケースや、治っていないのに「治っている」と言い張ったりするケースなど、いろいろなパターンがあります。
そういったときに、「いや主治医の人がいいと言っているのだから、いいのではないか」という判断しかしない産業医だと、本当に困ってしまうのです。
浜口:先生方のなかには産業医をアルバイト感覚で請け負って、医療の延長線上で判断を進めてしまうというケースをよく見かけます。1972年誕生の労働安全衛生法の中ではじめて産業医が登場するわけですが、そこに産業医の職務例示があります。これらはすべて、医療活動に基づかないという基本理解をしていない産業医が少なくありません。産業医活動は医療活動ではない、との概念は、厚労省はもとより法務省も認証しています。
倉重:診察ではないですからね。
浜口:産業医は診察も治療もする立場ではありません。医療活動はしないのです。では何のためにやっているかというと、適正管理のための産業医活動なのです。
倉重:適正管理とは、病気をさせないということですか?
浜口:結果的にはそうなりますが、予防的な判断と行動ということです。例えば高血圧や糖尿の持病があったり、がん治療中だったりする人に、高所作業をさせていいのか? 夜勤をさせていいのか? 有機溶剤の業務に就けていいのか? そういった問題に対して判断し、適切な管理をしなければなりません。業務にはそれぞれ特定のリスクがありますし、労働者側も少なからず健康リスクやハンディがあります。その両方を勘案して、事故が起こらない、病気が発症しない悪化しない、ということを担保して労働者に仕事をしていただくわけです。それを「適正管理」といいます。それは予防的なアクションになります。
倉重:そうですね。
浜口:1次予防ができれば、その後の2次予防、3次予防が不要になります。そういう概念のなかで産業医の位置付けがあるわけです。例えばメンタルヘルスの事例があったときに、多くの先生が「専門外なので下手なことを言ってはいけない」と不必要に事例に対して及び腰になってしまっている人がいます。しかし、産業医が行うのは診断や治療の3次予防ではありません。
倉重:訴えられるのではないかという心配もあるようです。
浜口:もし自分のアセスメントが間違っていて、アドバイスを間違ってしまったらどうしよう、など、産業医の責任になるのではないかと不安を感じていらっしゃると聞きます。
倉重:「判断が怖い」と言う人が、すごく多いのです。
浜口:別に精神科の専門家でなくても、ストレスに注意とか、睡眠をとった方がいいとかの1次予防の判断はできます。もちろん、医療的な知識はある程度必要なのですけれども、使い方は適正管理なのです。
倉重:治療ではないですものね。
浜口:これらを区分けする概念として「疾病性と事例性」があります。産業医は、業務に見合う体調や体力があって、勤務が安定的にできるかどうかを確認すればいいのです。その人がどんな種類の病気であっても、仕事がきちんとできるのであれば問題ありません。業務上の安全が担保され、本人の健康が維持できると医学的に見通せるのであれば、産業医としての判断は十分です。しかし、そういった判断の際に自分はその専門ではないという医療の世界観で見てしまう先生にとっては、自分の専門外だ、などと言ってしまいがちです。だから、そこは勘違いなのです。
倉重:そうか。診断との区別が付いていないのですね。
浜口:そうです。だから、医療の延長線上に産業医活動の絵を描くと、活動性にブレが生じるのでいったんは医療から離れることが大切です、など、講演でもよく話しています。
倉重:本当にそうです。これはコロナでも直面していることです。例えば出勤が必要な会社では、会議でどこまでの配慮が必要か悩んだりしますよね。出席者の距離であったり、会議室の人数であったり、換気の程度を産業医さんに相談しても、「ちょっと専門ではないので分かりません」と言われたりします。
浜口:「専門ではないので保健所に聞いてくれないか」などと言っているようでは産業医の信頼は得られません。せめて「自分が保健所に確認をしてみるから、待ってくれ」とでも言ってくれた方が信頼感は高まります。現場が困っているのだから自分でできるところはできるだけ行う。わからないところは自分が専門家に聞いてくるという姿勢が必要だと思います。
とにかく現場主義が大切です。私は、この間も浅草のユニクロ店舗に行って、コロナ対策として「ランチ中は基本的に話さず1人で食べなさい」「ランチでのテーブルはこう座りなさい」「このテーブルには移動式でいいからパーテーションを置きなさい」「サーキュレーションを出口に置いて、対角線の向こうにも置きなさい。ちょうど上側に換気扇があるから、それを回しなさい」という指示してきたところです。こまごまと指摘するわけですが、これら全部取り決めて、要点をいま全国で展開中です。
倉重:そのような指示までされるのですね。
浜口:とにかく現場に行って基本的な施策を指示します。全国の店舗の休憩室も、レイアウトが似ています。ですから、本社の営業チームのトップと一緒にそこに行って、サーキュレーションのタイプや設置する場所なども例示しています。
倉重:素晴らしいです。やはり企業の衛生担当の人だけでやるのは難しいですから。
浜口:そうなんです。現場に行って「医学的にこうすれば問題ないです」という理屈も話してあげると、彼らは安心します。
倉重:「わたしは感染症の専門家ではないので」と言われてしまうと困ってしまいます。専門家でなくても、きちんと医学的に考えてやってくださいと思うのです。
浜口:おっしゃるとおりです。専門家でなくてもできます。ちょっと調べればいいし、各種のガイドラインも出ています。分からなかったら専門家に聞けばいいのです。
倉重:少なくとも、企業の人がやるよりはいいと思います。
(つづく)
対談協力:浜口伝博(はまぐち つたひろ)
産業医科大学医学部卒業。病院勤務後、(株)東芝および日本IBM(株)にて専属産業医として勤務。
(株)東芝では、全社安全保健センター産業医を務め、日本IBM(株)では、統括産業医、アジアパシフィック産業医を担当した。同時に、日本産業衛生学会理事、東京都医師会産業保健委員、厚労省委員会委員としても活躍する。現在、産業医、労働衛生コンサルタント、産業保健コンサルタントとして活躍中。
企業・団体での講演や医師会産業医研修会での講師担当も多い。 受賞歴:産業医学推進賞、日本産業衛生学会奨励賞、中央労働基準局局長賞、産業医科大学基本講座最優秀講師賞など。 教育:産業医科大学産業衛生教授、東海大学医学部講師、順天堂大学医学部講師としても学生を指導している。