「オンライン安全法」SNS規制に効果はあるか、暴動受け英政府が強化を検討
「オンライン安全法」によるソーシャルメディア規制の効果が疑問視され、英政府が強化を検討――。
「反移民」「反イスラム」の偽情報拡散による英全土への暴動の広がりを受け、英政府が違法有害情報規制の見直しを進めているという。
英北西部サウスポートで起きた児童らへの刺殺傷事件をきっかけとした偽情報拡散と暴動では、すでに1,000人以上が逮捕・起訴されている。
だが、偽情報対策については、その要として昨秋に成立した「オンライン安全法」はまだ本格施行前で、英政府によるソーシャルメディアへの対応は要請どまり。Xのオーナー、イーロン・マスク氏はその要請も「ばがけている」と一蹴した。
暴動の鎮静化に注力する英政府内では、「オンライン安全法」の審議過程で議論を呼び、削除された「合法だが有害」なコンテンツ規制条項を復活させる動きもあるという。
情報汚染への有効な手立てとは。
●「虚偽通信罪」で禁固3カ月
イングランド中部のダービーシャー警察副署長、ミシェル・シューター氏は8月9日付の声明で、そう述べている。
同署は8月9日、25歳のディミトリー・ストイカ被告に同日、禁固3カ月と罰金154ポンド(約2万9,000円)の判決が言い渡されたと発表している。
同被告は、ダービー市内で暴動が懸念された8月7日、700人のフォロワーがいるティックトックを使い、極右の暴徒に追われ、命の危険を感じる、と叫びながら動画を配信した。だが、実際には暴動はなく、配信は虚偽の内容だったとされる。同被告は「冗談でやった」と述べているという。
児童刺殺事件に端を発した全国的な暴動を巡っては、すでに1,024人が逮捕され、575人が起訴されている。
今回の暴動の特徴は、ソーシャルメディアの偽情報が発火点になったことだ。
※参照:逮捕者400人、偽誤情報「反移民」「反イスラム」英刺殺傷事件でSNS起点に暴動全土へ(08/06/2024 新聞紙学的)
ストイカ被告の判決が注目されたのは、英国で違法有害情報対策の要として2023年10月に成立した「オンライン安全法」で、新たに罪とされた「虚偽通信罪」(179条)に問われた事例だったからだ。
同条では、「想定される聴衆に重大な心理的、身体的危害を与えることを意図した」虚偽情報の送信を罪に問う。それが英国を揺るがした暴動事件で適用され、有罪と認められた。
そして、「オンライン安全法」が違法有害情報への対策法として有効なのか、今回の暴動がその「試金石」になっている、とフィナンシャル・タイムズは8月14日付の記事で指摘する。
●介護の53歳に「脅迫通信罪」
イングランド中西部のアルサガーに住む53歳のジュリー・スウィーニー被告は、5,100人のメンバーがいるフェイスブックのコミュニティグループにこんな投稿をし、8月5日にチェシャ―警察に逮捕された。
スウィーニー被告は8月14日、禁固15カ月の判決を受けた。ガーディアンの報道によれば、スウィーニー被告は夫の介護を担っていたという。
スウィーニー被告が問われたのは、やはり「オンライン安全法」で新設された脅迫通信罪(181条)だった。
脅迫通信罪では、「相手を畏怖される意図をもって殺害もしくは深刻な危害の脅迫の送信」を行うことを罪に問う。
●偽情報「亡命希望者」の拡散アカウント
暴動につながる偽情報拡散の核になった事例も、摘発されている。
「サウスポート刺傷事件の容疑者、アリ・アル・シャカティは、去年ボートで英国に来た亡命希望者」。7月29日、英北東部サウスポートで児童らへの刺殺傷事件発生から5時間後の午後4時49分(現地時間)、そんなXへの投稿が拡散。130万回を超す閲覧数を集めた。
地元マージ―サイド警察も否定した虚偽の内容だったが、この情報はその1時間後の午後5時50分、「チャンネル3ナウ」というニュースメディアの体裁のまとめサイトに掲載される。
「チャンネル3ナウ」のXへの投稿は150万回超の閲覧数を集めた。さらにロシア国営メディアRTが同サイトの情報として取り上げ、拡散を加速させた。
この虚偽の容疑者名はXのトレンド欄にも上がる爆発的な拡散を生み、「反移民」を掲げる暴動の推進力となった。
もとになったXへの投稿者(55歳、女性)は8月8日、チェシャ―警察が逮捕したと発表している。
逮捕容疑では、上述のダービーシャー警察の事例と同じ「オンライン安全法」の虚偽通信罪に加えて、人種ヘイトをあおった、としてヘイトスピーチを規制する1986年制定の法律、公共秩序法(19条、ヘイト文書の出版)違反にも問われた。
だが、この容疑者は同日、保釈されており、現時点で起訴の発表はない。
「虚偽名を最初に共有した」との指摘に対して、この女性は、投稿が他のアカウントからコピーしたもので、「もしこの話が本当なら」とも但し書きをつけている、と英タイムズなどの取材に答えている。
「オンライン安全法」の虚偽通信罪の容疑で逮捕が発表されている事例は、あと1件ある。
イングランド中部ウェストミッドランズ警察は8月11日、オマール・アブディリザク被告の起訴を発表した。虚偽通信罪のほか、公共秩序法違反(人種差別ヘイト)、さらに薬物所持の罪にも問われているという。
同被告はラッパー「ツイスタ・チーズ」として活動。極右のインフルエンサー、トミー・ロビンソン氏が「モスクへの攻撃を呼びかけている」と動画で主張したが、同氏は呼びかけを否定し、逆にアブディリザク被告から脅迫を受けている、と述べたという。
ロビンソン氏は解散した極右グループ「イングランド防衛同盟」の創設者として知られ、今回の暴動では、海外からソーシャルメディア経由で暴動の動画を拡散するなど、緊張をあおってきた、と英メディアから相次いで指摘されている。
裁判でアブディリザク被告は、薬物所持と人種差別のハラスメントは認めたが、非難動画の内容については虚偽とは知らずに投稿したとし、虚偽通信罪を否認したという。
これら「オンライン安全法」による摘発ケースは、暴動への影響の度合いと規制のバランスから見ると、ややちぐはぐな印象も与える。
刺殺事件発生の警察発表から42分後に「襲撃犯はイスラム移民らしい」とXに投稿し、680万回もの閲覧数を獲得したアカウントは、影響工作の疑いも指摘されるが、なお活発な投稿を続けている。
今回の暴動に関連する投稿で、最初の有罪判決を受けたとされるのは、28歳のジョーダン・パーラー被告だ。冒頭のストイカ被告と同じ8月9日付の判決だが、パーラー被告が「第1号」と報じられている。
8月4日にイングランド北部のリーズで、ホテルへの襲撃の呼びかけをフェイスブックに書き込んだとして、公共秩序法違反(ヘイト文書の出版)に問われ、禁固20カ月の判決を受けた。同被告は「オンライン安全法」違反には問われていない。
●法規制強化の声
キア・スターマー首相は8月9日、ソーシャルメディアへの法規制を巡って、報道陣にそう述べたという。
焦点は、「オンライン安全法」の見直しだ。
虚偽通信罪、脅迫通信罪などの一部の条文はすでに1月から施行されているが、ソーシャルメディア企業を対象とした規制部分の施行は年明けになるとみられている。
このため、今回の暴動への対応では、ソーシャルメディアを巡る対応は、政府からの要請ベースとなっている。
しかし、「反移民」の偽情報をきっかけに、英国全土に暴動が広がるという事態を受け、現在の「オンライン安全法」では不十分との指摘が相次いで噴出する。
刺殺傷事件から2日後の7月31日に大規模な暴動に見舞われたロンドンのサディク・カーン市長は、8月8日のガーディアンとのインタビューでそう述べた。
「オンライン安全法には、まだ施行されていない部分も当然ある。必要であれば変更する用意がある」。8月9日には、内閣府大臣、ニック・トーマス・シモンズ氏もスカイ・ニュースにそう述べている。
政府関係者らの一連の発言のきっかけになっているのは、暴動を巡る偽情報拡散のスプレッダーとなっているXオーナーのイーロン・マスク氏の存在だ。
スターマー首相は8月1日、暴動を受けた声明の中で、ソーシャルメディア企業に向けて対策を要請した。
1億9,400万人のフォロワーを持つマスク氏は、この声明の動画に対して、「ばかげている」とコメント。英国で暴動が拡大していた8月3日には「内戦は不可避」と投稿し、980万回もの閲覧数を集めている。
また8月6日には、暴動に対する警察の取り締まりを巡り、極右グループに不当に厳しくしているとの根拠不明の主張をもとに「二巡基準のキア」と投稿し700万回の閲覧数を集めた。
さらに8月8日は「暴動参加者はフォークランドの収容所に送致される」との偽ニュースを共有し、30分で削除したものの180万回を超す閲覧数を集めた。
●「合法だが有害」条項の復活
「オンライン安全法」のソーシャルメディア規制条項については、独立規制機関、放送通信庁(オフコム)が具体的な行動規範などをまとめた上で、2025年施行の見通しとなっている。
だが、マスク氏の相次ぐ扇動的な投稿もきっかけとなり、現在の法律では不十分、との声は関係者からも上がっている。
元ツイッター欧州・中東・アフリカ担当副社長のブルース・デイズリー氏は、ガーディアンへの8月12日付の寄稿で、「オンライン安全法は即座に強化されるべきだ」と提言した。
ブルームバーグやフィナンシャル・タイムズの報道によると、「オンライン安全法」の見直しで注目されるのが、「表現の自由」への懸念やソーシャルメディア企業のロビー活動で、審議過程の2023年11月に削除された、成人にとって「合法だが有害」なコンテンツ規制の条項の復活だ。
同法では、子ども向けの違法有害コンテンツの厳格な規制と、成人向けのやや緩やかな規制を定めている。
暴力扇動、人種的・宗教的騒乱罪などの「違法」コンテンツについては、プラットフォームに積極的な対応の義務を課す。
その上で、「合法だが有害」条項では、成人にとって「合法だが有害」なコンテンツの分類を国務長官が定め、ソーシャルメディアによるその管理状況を放送通信庁が検証する仕組みを定めていた。
具体的には、オンラインでの虐待やハラスメントなどを挙げ、大規模ソーシャルメディアが利用規約で対応する義務が課されていた。
「合法だが有害」条項復活の議論は、マスク氏の「合法だが有害」とも言える度重なる投稿でのあおりに、英政府が苛立っている様子が見て取れる。
●実効性のある規制
暴動を巡り、ソーシャルメディアの責任を問う声は強い。
英調査会社「ユーガブ」が8月9日に公表した世論調査では、暴動扇動の投稿に「ソーシャルメディア企業は責任を持つべき」との回答は、3分の2(66%)に上ったという。
「襲撃犯はイスラム移民らしい」という根拠のない「反移民」「反イスラム」をあおる投稿や、「内戦は不可避」と暴動をあおるような投稿が、多数の閲覧数を集め、社会を不安定にする情報環境には対応が必要だ。
だが、「オンライン安全法」の虚偽通信罪、脅迫通信罪の摘発例で見たように、捜査機関が個別の罪状を適用して情報汚染に対応するのには限界もある。
まずは、場を提供するソーシャルメディア企業が、利用規約に基づいて、許容できないコンテンツの流通には確実に対処することが基本になる。
英国の暴動における偽誤情報の拡散事例は、ユーザーが安全安心に利用できる情報空間のルールを考える手がかりになる。
(※2024年8月15日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)