成立した時点で沈みかけている被害者救済法。1世当事者の声を聞かない新法の実効性は、ほぼ皆無とみる理由
12月10日、異例の土曜日国会まで開き、被害者救済法が成立しました。
安倍元首相を銃撃したとされる山上徹也容疑者の犯行動機は、母親の旧統一教会への多額の献金による家庭崩壊であるとされています。
手段を選ばない形での献金行為を旧統一教会は繰り返してきており、その状況を一刻も早く改善しようと、短い期間で新法を成立させた国の姿勢にはとても感謝しています。しかし問題は、その中身です。
これでは正直、ダメだと思っています。
献金の規制の効果は極めて限られていて、今のままでは、新法の実効性はほぼ皆無(かいむ)とみています。2018年に消費者契約法が改正されて、霊感による取消権が入りましたが、誰も使えない法律であったことは周知の事実です。それと同じ状況になる危惧を抱いています。
その理由について「なぜ信者らが高額献金をするに至ったのか」といった、教化手法について、当事者である1世信者の声をまったく聞かずに成立させた新法だからです。うがった見方をすれば、マインドコントロールの議論に持ち込ませたくなかった思惑さえも感じてしまいます。
献金行為を”抑止する”とはならず、”躊躇する”にとどまる見込み
確かに救済新法ができることで、これまでのような強引かつ悪質な献金行為を教団に控えさせる効果はあると思います。
しかしあくまでも、”躊躇する”に過ぎず、”抑止する”とまでは、いかないと考えています。旧統一教会のことですから、新法ができてしばらくはおとなしくしているとは思いますが、ほとぼりが冷めれば、これまでと変わりない寄付や献金は続けることは目に見えています。
その根本原因は、新法の第4条「寄付の勧誘に際し、不当勧誘行為で寄付者を困惑させることの禁止」の部分です。
「不退去」や「退去妨害」「威迫する言動を交えた相談の連絡を妨害」などの困惑することによる献金の項目を規制の対象としてあげていますが、これ自体が教団にいる信者らの現在の献金事情とは大きく乖離しています。
そもそも教団の信者らは、正体を隠されて街頭などから勧誘されて、ビデオセンターに誘い込まれます。そして教団であることを隠されたまま、その後に行われる様々なセミナーを通じて、時間をかけてじっくりと教化させられていきます。
それは数か月、1年をかけて行われます。
その結果、教団名を知らされても、すでに心は教義に染まっており、抜けられない状況となります。そして信者となり、自主的な形でお金を捧げるように仕向けられます。つまり、今回の法律は教団の実情に合ったものにはなっていません。
喜んで神の前にお金を捧げるのが、信者としての姿
教団の信者らは多くの人にお金を出させることが、その人の魂の救いにつながると信じ切っており、勧誘してすべてのお金を相手から出させようとします。もちろん、自分自身が持っている財産すべてを献金・寄付することが、自らの魂の救いとなるとも思っています。そして日本を含めて全世界を統一教会の教えにするべく邁進しており、そのためにお金が使われることに対しては、喜んで献金しています。
そこには困惑して献金・寄付をしている姿はありません。あるのは、自主的にお金を捧げている姿です。今回の新法では、こうした献金行為を規制することができません。
配慮義務が守られない時の法人名公表は、効果なしと思う理由
そこで、マインドコントロールされた結果の献金行為であるという根本に立ち入る必要があります。
その点について、新法では「配慮義務」という形で、少しだけその点を配慮しています。
①自由な意思を抑圧し、適切な判断をすることが困難な状況に陥ることがないようにする。
②寄付者やその配偶者・親族の生活維持を困難にすることがないようにする。
③勧誘する法人等を明らかにし、寄付される財産の使途を誤認させるおそれがないようにする。
野党からの要望により「十分に」配慮する義務となりました。もし配慮義務が守られない時には、勧告のうえ、法人名を公表するということです。残念なことに、これが、禁止規定にはなりませんでした。ここが重要なポイントです。
その結果、教団の悪質な献金行為を”抑止する”ことにはつながらず、先に”躊躇する”程度になるといった理由にもここにあります。
それに法人名を公表する。これもまた効果は限定的だと思っています。
これまで教団は様々な関連団体を作ってきました。それにより、その団体が旧統一教会につながるとはわからずに、関係をもった政治家や地方自治体も多くありました。名前を変えた団体の元が教団とわからないようにして、献金させることは充分に考えられますので、この公表の効果が本当にあるのか、疑問です。
高額献金の被害を生んだ当事者に、話を聞かずに成立した新法
宗教の教えとはその人の人生を大きく変えるものです。最初から、その教化していることを告げる必要があります。
しかし旧統一教会は自らの教義を組織的な手法でこっそりと植え付けます。そして献金を出させるための手段の一つとしても、教義は利用されてきました。それは信者として活動してきてよくわかっています。
街頭などから、勧誘する上でも「お金のある人を伝道しなさい」と言われました。財産のない人ばかりを連れて行くと、上の人間から「お前は本気で人を救いたい気持ちをもっているのか!」と怒られて「もっとお金のある人を連れてきなさい」と言われた経験もあります。
そして、ある程度、教団に連れ込んだ本人への教化が進むと、上からは「そろそろ、印鑑(教団の物品)を買わせようか」「献金させようか」という指示が出されます。
マインドコントロールされた結果、信者は全財産を出させられることになります。そして信仰を続ける限り、ずっと献金のノルマはついてまわり、貯金などはできない状況で生活は困窮します。しまいには、自分の家族の財産も狙い、経済的困窮に陥いる人たちを増やしてしまうことになります。
そして今、問題になっている宗教2世の問題もそうです。信者の両親が多額の献金をすることで、その子供たちは経済的に困窮した状況で育ち、本当に苦しい思いのなかで過ごしています。中には、1世信者からお金を取られてしまう、2世の被害も後を絶ちません。その被害回復の道も見えず、この負の連鎖を、この新法では止められません。
足りないのは、献金をさせられた根本原因に向き合っていない点
今回の新法のもっとも足りないところは、正体を隠して伝道されたマインドコントロールによる教化手法にしっかりと向き合わずに成立している点です。
そもそも1世信者による高額献金がもとで、宗教2世や信者を持つ家族が苦しんでいます。国の相談機関にも、数十年前の被害相談も多く寄せられているはずです。
そうした状況にもかかわらず、国は1世信者の被害の声をどれだけ聞いたのでしょうか。国会の審議をこの期間、注視していましたが、そうした人たちの声はどこにもありませんでした。
どうやって信者らは騙され、教化されていったのか。それが一番、大事な点です。その声がまったく反映されていない内容の新法です。その結果、今の宗教2世の救いの観点も抜け落ちてしまったと思っています。
もしマインドコントロールによる教化の根本に踏み込みたくなかったために、あえて聞かなかったとすれば、政府の姿勢には大きな問題があると考えます。
新法はすでに沈みかけている
新法は出発した段階で、次の検討を始めなければならないという状況です。法テラスなどの相談環境の整備も岸田首相は強く訴えかけますが、これまで民事訴訟などを起こしてきた身としては、どれだけ教団を相手にした裁判が険しく、厳しい道のりであるか、わかっています。
それを起こした本人たちに裁判の状況の話をどれだけ聞いたでしょうか?
その上で発言されたことでしょうか?
当事者の生々しい声を多く聞かないことが、新法の効果は極めて限定的となる理由の一つになっています。
もっと厳しいことをいえば、成立した時点で新法は沈みかけているといえます。その自覚をもって、実効性のある運用をするための環境を早急に整えて、見直しを進めることが、新法成立の直後からの課題になっています。