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蓮舫叩きに見る日本の問題をノルウェーの女性政治家の連帯から考える

鐙麻樹北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事
アジア人系の顔、笑顔、若い女性で差別対象になったランさん 筆者撮影

東京都都知事選をノルウェーから観察していて、気になることがありました。

メディアの蓮舫さん叩きです。10年ほど前のノルウェーを思い出しました。

特に「怖そうに見える顔写真」をあえて使うイジメ手法。ノルウェーでは、一部の市民を感情的(イライラ)にさせる政策の記事だと、「笑顔」の写真も使って、さらに読者の感情をあおることもありました。異文化背景のある女性政治家は、ネット差別の大好物です。

なぜこのような現象が早くに起きていたかというと、北欧のマスメディアのデジタル化が日本よりも早かったのと、ネット選挙に規制が少ないからです。

ノルウェーの「緑の環境党」のランさんは、アジア系を背景に持つ若い女性で、まさにこの現象の餌となり、差別オンパレードでした。クリック数を短期間で稼げるので、メディアは依存的にこの現象にのっかっていました。

2015年の統一地方選挙で、首都オスロで緑の党は躍進し、無名だったランさんが、市議会議員になるだけではなく、都市の交通環境政策のリーダーとなりました。

突然誕生した、異色の政治家

1987年生まれの当時の彼女は32歳。彼女は単なる「若い女性政治家」ではありませんでした。

  • 母親はノルウェー人だが、アジア人の外見
  • 父親はベトナム出身でノルウェーに移住
  • 常に笑顔
  • 美人
  • ファッション大好き
  • 政治の経験は一切ない
  • 政治家としてインタビューに慣れていないから、言葉選びに失敗することもある

本来は「美人」はルッキズムになるので使用は避けたい言葉ですが、彼女の場合は「恵まれた外見」も差別された要素のひとつでした。ノルウェーでは、外見に恵まれた他の政治家に対しても「美形・美女だから、その権力の座につけたのでは」ということがメディアから問われることも当時はありました(フィンランドのサンナ・マリン元首相にも始終つきまとった指摘のひとつです)。

「若い政治家」「女性政治家」という点での差別はノルウェーにはこれまでもありました。しかし、ランさんが受けた差別の嵐は、これまでとは比較にならないほどひどいものでした。それには彼女の「アジア人にしか見えない外見」が大きく影響しました。

「笑うのをやめろ」「あまり笑わないほうがいいんじゃない」と言われ続けたランさん 筆者撮影
「笑うのをやめろ」「あまり笑わないほうがいいんじゃない」と言われ続けたランさん 筆者撮影

ノルウェーにはイスラム系の政治家はいますが、アジア人の外見の議員はほとんどおらず、ランさんのような外見の議員に市民は慣れていませんでした。驚いた一部の市民が、内在化された差別や偏見をむき出しにして、パニックになりました。

「黄色人種が」「笑いすぎ」

ノルウェー国籍、ノルウェー育ち、ノルウェー語もネイティブとして話せるのに、「国に帰れ」「出ていけ」「黄色人種が」と、SNSでは差別の言葉が飛び交いました。

それだけではなく、ランさんは「これまでの政治家らしくない」要素が他にもありました。「いつも笑っている」彼女の顔写真をニュースで見て、さらに苛立つ人もいました。公式な場などでも、カラフルなワンピースなど、ファッション好きが出ている服装選びにも文句がつきました。

「そんなに笑わないほうがいい」
「口を開くと、IQが低いってバレちゃうよ」
「バカが」
「ベトナムのビッチ」
「服装は選んだほうがいい」
「あなたはまだ子どもも産んでいないから、私たちの気持ちはわからない」
「ノルウェー語、そこ間違えているよ」
「黄色人種が」

ランさんの妊娠が発覚すると、さらにひどい言葉がSNSに溢れました。

「政策の議論から、認知症がひとり、しばらく席を外すね」
「彼女は体内に子どもを宿せるのか」
「ノルウェーがかわいそう」

他にも様々なヘイトの言葉がありましたが、性的な罵声もあり、この記事では掲載することができません。

アジア人がリーダーの座に立ったら、北欧ではいかにヘイトの対象になるかも示唆していました。

女性政治家の変顔写真でクリック数をあげる

当時のメディア状況にも問題がありました。マスメディアが紙・テレビからネットへとデジタル化する中、経済的にどう生き抜くかを迫られていた時期。ニュース記事をSNSに掲載してクリック数が高いことは、当時のビジネスモデルで重要とされました。

そこで、ランさんの顔写真をトップ写真にすると、クリックされることは多かったのです。顔のシワが目立つ写真、大きな笑顔の写真、変顔写真は定番でした。

首都オスロから気候排出量を減らすために「車を追い出す」カーフリー政策も、「まるでランさんひとりに権力があるかのように」「ランがひとりで決めたかのような」印象操作が強い記事も、当時は差別を悪化させました。

また、北欧では写真サイズが日本のメディアよりも何倍も大きく使用されるために、もともとランさんにイライラしていた一部の市民は、SNSを開くと、ランさんの笑顔の写真がドアップでスマホに表示されるので、さらに怒りをため込みました。

結果として、ランさんの顔写真を採用したネット記事はページビューを叩き出しました。同時にコメント欄には差別の言葉が続きます。もはや、その記事の内容が良質かは関係ありませんでした。

ランさんに起きていたのは、性差別、外見差別、人種差別、アジア人差別、年齢差別、女性嫌悪など、さまざまな「差別の交差」(インターセクショナリティ)でした。

そして、それを黙って見て耐えられなかったのは、特に誰だったと思いますか?

政治家たちでした。

白人ばかりの政治家が多い北欧諸国ですが、政治家は権力者という理由で、ネット時代になり、毎日たくさんの差別や批判を浴びています。特に、若者、女性、出産していないのに政策を進める女性政治家、移民背景のある政治家は。

しかし、ランさんに起きていることは、もはやだれから見ても「異常」でした。

そこで数年経つうちに、「緑の環境党」とは、本来は政策では絶対に折り合わないだろう、中道右派や極右政党の議員たちまで彼女を守り始めたのです。

右派左派を超えて、「いいかげんにしろ」

当然ながら、中道左派や極左政党はランさんの擁護にすぐ回りました。

しかし、差別はひどくなる一方で、とうとう「ミソジニーだよね、人種差別だよね」と、右派左派は関係なく、「いいかげんにしろ」と政治家たちが次々と声を上げ始めたのです。

「ランさんに起きている差別は非民主的であり、容認できない。彼女が今経験していることは、誰もが経験したことのあることの大半をはるかに超えている」当時のソールバルグ首相(保守党の党首、ノルウェーで二人目の女性首相)


「ネットのいじめっ子たちは、マナーを学んだほうがいい」(リストハウグ移民大臣・極右政党の進歩党・女性)


「いい加減にしなさい」(アストルップ開発大臣・保守党・男性)


「大人たちには礼儀というものが欠けている」(イーサクセン産業大臣・保守党・男性)

「私は緑の環境党の政策には強く反対です。しかし、すべての政治家は尊敬されるに値し、ヘイトを浴びせられる筋合いはない。罵声を浴びせる人たちはマナーを学ぶべきでしょう。ラン、がんばって、そして赤ちゃんおめでとう!」(イェンセン財務大臣、極右の進歩党の党首・女性)

これらのコメントは、緑の環境党とは政策が両極端で、普段は政治的には対立する政党からのものでした。

当時のソールバルグ首相、保守党は石油政策を積極的に進める。石油産業に批判的な緑の党と政権レベルで協力する可能性はゼロだが、ランさんに起きている差別には黙っていなかった 筆者撮影
当時のソールバルグ首相、保守党は石油政策を積極的に進める。石油産業に批判的な緑の党と政権レベルで協力する可能性はゼロだが、ランさんに起きている差別には黙っていなかった 筆者撮影

さて、当時、首相率いる「保守党」や極右「進歩党」のトップらまでが動いたことには大きな意味があります。ランさんが特に差別を受けていた当時は、中道右派率いるソールバルグ政権下でした。

「政策には同意できない、けれど……」「白人男性だったら、これほど差別されていただろうか」と、「政党の政策」と「彼女に対する差別」を別として議論する傾向は強まりました。

「ランに起きている差別」を「社会の構造問題」として考えることができたのは、北欧がもともと「個人の問題」は「社会の構造問題」として議論することに慣れていたこともあります。自己責任論が強い日本では、まだ苦手な部分といえるでしょう。

差別は、政府や国会が国レベルで取り組まらなければいけない問題です。だから、市民は首相がなにか言うのを待っていました。

左派色が強めの「緑の党」の政治家に起きていることとはいえ、もう右派も黙って見過ごしてはいられなくなったほど、差別がひどくなっていたのです。

「もう我慢できない、耐えられない」

今でも有名な、2021年のティーナ石油大臣・保守党のフェイスブック投稿を紹介します。

「もう我慢できません。本当に耐えられない。 もう耐えられない! いい加減にしろ 黙れ
ランがどうやって持ちこたえているのかは疑問です。私だったら、とっくに打ちのめされてる。私はランを知らないけれど、彼女は明らかに私より強い人間だ。 それは彼女の功績だ。 あなたがこの状態を我慢したり、耐え続けるだろうと、誰にも望むことなんてできない。公人であるために、こんな代償を支払いたいなんて、誰も思わない。こんなことは止めなければならない。 でも、そうはならない。これが今の現実だ。 私には答えがない。 だから、私に残されたのは『黙れ』という苛立ちの叫びだけだ!」

石油大臣だった保守党ティーナさん。緑の党はノルウェーの石油政策を批判するため、正反対の立場にいる両党。しかし、ランさんへの差別をティーナさんは見ていられずに、怒りを露わにした 筆者撮影
石油大臣だった保守党ティーナさん。緑の党はノルウェーの石油政策を批判するため、正反対の立場にいる両党。しかし、ランさんへの差別をティーナさんは見ていられずに、怒りを露わにした 筆者撮影

ティーナさんは、英語のFワードに当たる、汚いノルウェー語も使いました。それほどランさんに起きている差別を、他人事とは思えなかったのでしょう。

ランさんは、差別に対して公のコメントはあまりしない戦略をとっていました。しかし、「公人だからと」普段から言われたい放題の立場にいる女性政治家や、市民たちが、連帯して「いいかげんにしろ」と声をあげたのです。

特に、女性政治家たちに差別や偏見の経験がない人はいません。「これは個人的なことではなく、社会の構造に問題がある」と身をもってわかっています。

だからこそ、右派左派の垣根を超えて、政策の違いは別として、ランさんに起きていることは「明らかにおかしい」と次々と指摘が続いたことは大きな変化でした。

差別の議論に政治家は参加しているか

他国の背景も持つ女性政治家を差別することは、時間をかけて、じわじわと自国のヘイト問題の強化につながります。だからこそ、差別がひどい時は、政治家が率先して議論に参加しなければいけないのは、北欧の常識です。

ノルウェーのマスメディアが女性政治家を対象に顔写真の意地悪な使い方をするのは、何年かかけてやっと激減しました。緑の党の政策を取り上げる記事でも、トップ写真にはランさんの変顔写真ではなく、決定に関わった他の政党や政治家たちとの写真や現場写真などが使用されることが増えました。

民主的な社会が大事なら、メディアはクリック数に依存しない勇気を

マスメディアに必要だったのは、クリック数の依存症治療で、そのためには女性政治家たちが右派左派の垣根を超えて、「叱る」必要があったのです。記者やカメラマンの中にも、社会の差別を悪化させる原因になりたくないという人も、もともといたでしょう。

反省を含めて、公共局とかはこの種の記事はSNS掲載をやめました。コメント欄がヘイトと差別の温床になるから。編集部も最初はコメント欄の管理・注意をしていましたが、差別が終わらないために、コメント欄を閉じるだけではなく、記事で取り上げられた人物が差別される可能性が高い場合は、記事そのものをSNSで紹介するのをやめました。

公の場から去る女性たち

ただ、残念なことに、いま、優秀な女性の国会議員が、来年の選挙立候補を次々と辞退しています。ランさんもティーナさんも、来年の国政選挙には出馬しないと表明しました。家事育児も求められて「もう無理」問題もあるけれど、クリック数狙いで若い女性政治家にヘイトのシャワーを浴びせる装置になったメディアの責任もあるでしょう。

ノルウェーでは精神科医などのさまざまな立場の人も、権力者や公人がネットで差別されると、見ている多くの人の心も破壊すると警告を出していました。

ノルウェーでは、ランさんや女性政治家に起きる差別を「民主的な問題」とよく呼びます。このような人たちがお構いなく差別されることで、移民・難民・女性・若者などのマイノリティ要素を持つ人たちが、公の場で発言することを控えるようになるからです。

想像してみてください

ランさんに起きた問題では、常に構造に「レイシズム」と「ミソジニー」が指摘されました。

日本では、蓮舫さんに起きていることを、「民主的な問題」「社会構造の問題」「ミソジニー」「人種差別」だと捉えている人はどれほどいるでしょうか?

右派左派は関係なく、社会構造の問題であれば、連帯して「おかしい」と声を上げることはあるでしょうか?

政策は違い、連立する可能性はゼロで、普段はその政治家を好きではなくても、相手がジェンダーや人種で差別されている時に、「いじめを止めようとする」政治家はどれほどいるでしょうか?

小池百合子さんも女性ですが、「人種」要素を含んだ差別対象ではないことが蓮舫さんとの違いです。「女性」に「人種」の要素が重なると、差別は何十倍もの破壊力を持ちます。

女性政治家だから起きるミソジニーや人種差別を放置したままだと、数年後に女性がリーダー職を断ったり、政界に出るの避けたり、続投を辞退したり、ネットいじめを目撃した市民がネットで意見を言うのためらうことになるでしょう。

蓮舫さんへのバッシングを遠くから見ていて、「これはノルウェーで見たことがある光景だな」「他の女性議員は黙っているのかな?」「閲覧数の依存症にメディアがかかると、社会の差別構造が悪化するけど?」ということが気になったので、この記事を書きました。

だれもが差別を内面化しています。蓮舫さんに対して、何か「もやもや」を感じるのであれば、それは本当に政策に対する不満なのか、それとも自分の中で向き合ったほうがいい内在化された差別、嫉妬、恐怖、女性蔑視、いじめ意識があるのか。

タイムラグで同じことを日本で繰り返すのではなく、他国での反省を参考に、ひどい社会問題になる前に、立ち止まってみることが必要なのではないでしょうか。

北欧・国際比較文化ジャーナリスト|ノルウェー国際報道協会理事

あぶみあさき。オスロ在ノルウェー・フィンランド・デンマーク・スウェーデン・アイスランド情報発信16年目。写真家。上智大学フランス語学科卒、オスロ大学大学院メディア学修士課程修了(副専攻:ジェンダー平等学)。2022年 同大学院サマースクール「北欧のジェンダー平等」修了。多言語学習者/ポリグロット(8か国語)。ノルウェー政府の産業推進機関イノベーション・ノルウェーより活動実績表彰。北欧のAI倫理とガバナンス動向。著書『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』SNS、note @asakikiki

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