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史実を取材し続けるNHK解説委員が「虎に翼」のフィクションにどう向き合ったか 4分間の判決文は本物

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
「虎に翼」より 写真提供:NHK

「国民から見た司法の歴史」を知ってもらいたい

「虎に翼」取材担当、NHK解説委員清永聡さんインタビュー

清永聡さんとは KIYONAGA Satoshi
NHK解説委員。1993年にNHKに入局。社会部記者として司法の取材が長く、2016年からは解説委員を務めている。「みみより!解説」「午後LIVEニュースーン」「時論公論」などに出演。著書に「家庭裁判所物語」「三淵嘉子と家庭裁判所」「戦犯を救え BC級『横浜裁判』秘録」などがある。「気骨の判決―東條英機と闘った裁判官―」はNHKでドラマ化されている。

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

できるかぎり遺族や関係者のかたに確認をとっている

大人気朝ドラこと連続テレビ小説「虎に翼」(NHK)は実在の人物、日本で最初の女性判事・三淵嘉子さんの半生を大胆に再構成してリーガルエンターテインメントに仕立てている。

モデルの実話とドラマとの違い、創作はどこまで許されるのか。そこが気になっている視聴者に向けて、ドラマの取材を担当したNHKのジャーナリスト・清永聡さんはNHKの解説番組で、ドラマと平行してモデル三淵嘉子さんの真実を紹介している。これが画期的で興味深い。この企画が可能になったのは、清永さんにもともと、三淵さんが働いていた家庭裁判所に関する著書があったからだった。

長い取材に基づいた確かな知見がドラマの精度をあげている。ドラマとの関わり方を清永さんに聞いた。

――清永さんはご著書の「家庭裁判所物語」(日本評論社)で「虎に翼」の主人公・寅子(伊藤沙莉)のモデルである三淵嘉子さんの存在に出会ったのでしょうか。

清永「そうです。『家庭裁判所物語』の執筆は仕事の休日を使って3年間ぐらい取材をしながら行い、2018年に出版しました。その本を読んだ尾崎裕和チーフプロデューサーと石澤かおるプロデューサーが、ドラマが始まる前々年の秋、三淵嘉子さんは朝ドラにできると思いますかと私に聞くので、できると思いますし、必要あれば協力しますと答え、業務として企画の立ち上げから協力しました」

――「取材」というお仕事はどのようなものなのでしょうか。

清永「脚本を書くために、関係記録をリストアップしたり資料を提供したり、『家庭裁判所物語』の参考文献や資料からドラマに役立ちそうなものを貸し出したり、司法担当の解説委員として普段から最高裁や法務省も取材しているので、ロケの許可を取るために挨拶に出向いたりもしています。提供した材料をもとに吉田さんが脚本を書くと、監修のようなこともやり、スタッフたちからもうちょっと深掘りできませんかという要望があると、さらに記録を探すこともよくありました。吉田さんや伊藤沙莉さんと勉強会も行いました。勉強会は合計3回やりました」

――そう伺うと、「家庭裁判所物語」を原作と謳っても良いように感じますが、そこでは三淵さんはあくまで群像劇のなかのひとりで、メインは宇田川潤四郎さんです。その後、23年暮れに、三淵さんが中心の書籍「三淵嘉子と家庭裁判所」を上梓されました。

清永「ドラマのだいたいの流れができた段階で、原爆裁判や総力戦研究所など、ドラマのモチーフになった人物たちの要素を盛り込んで、もう一冊、参考書のようなものを作りましょうと出版社のかたと相談のうえ、出したものです。例えば、原爆裁判や乾太郎さんの総力戦研究所のことも以前から調べてはあったので、この機会に『三淵嘉子と家庭裁判所』に書きました」

――「虎に翼」の登場人物のモデルがたくさん出てくる清永さんのご著書「家庭裁判所物語」がすごく面白くて。出てくる人物が皆、ノンフィクションなのだけれど、フィクションのようにキャラが立っています。

清永「私が意図して造形したわけでは決してなく、多岐川(滝藤賢一)のモチーフ・宇田川潤四郎さん、久藤(沢村一樹)のモチーフ・内藤頼博さんなど、もともとキャラが濃い方々ばかりだったんです。それだけ個性的な面々が戦後の家庭裁判所を作り上げていたということが分かります。それをドラマでは吉田恵里香さんの脚本、演出チーム、俳優の皆さんが面白がってくれて、ますますキャラを濃くしてくれました。私はご遺族から苦言を呈されないかひやひやしましたが、幸い宇田川さんのご遺族はドラマを見て喜んでくださいました」

――遺族や関係者のかたに確認をとっているのですね。

清永「ドラマ化にあたって、出来る限り、事前にご遺族にフィクションになる部分を説明して、理解を得るようにしました。これが私の『虎に翼』における仕事のひとつでもあります。ドラマだからフィクションでも問題ないのではないか。理屈はそうですが、作る側としたら基本的には誠実でないといけないと思っていますので、尾崎裕和チーフプロデューサーや石澤かおるプロデューサーと私とで、できる限り関係者・おひとりおひとりに説明して回っています。第21、22週で、寅子は航一と事実婚を選択します。モデルの三淵さんは再婚の際、夫の姓を名乗り、従来の結婚をしていますので、これも尾崎や石澤と手分けをして双方のご遺族に事前に説明してご理解をいただきました」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

「ニュースーン」や「みみより!解説」で史実を伝える

――取材担当の清永さんは、取材した事実がフィクションに変わってしまっても気にならないものでしょうか。

清永「『虎に翼』では、僕自身が解説委員であることを活用して、ドラマを放送した後に、ドラマで描かれた出来事の元はこうであり、ドラマはフィクションですということを『ニュースーン』や『みみより!解説』でお伝えしています。いわば、種明かしですよね。直近でいえば、寅子の再婚について、モデルの三淵嘉子さんと航一のモチーフの三淵乾太郎さんの再婚はどうだったか、ドラマは事実婚だけれど、実はちゃんと法律上の婚姻をしていて嘉子さんの息子さんは前夫の『和田』をそのまま残して母子で名字が異なる結果になりました、と解説しました。昨今、歴史を扱ったドラマを放送すると、ネットで視聴者のかたが史実かそうでないか盛んに議論されます。物語の創作部分の解釈は自由でいいのですけれど、事実に関しては時々、誤った情報が拡散してしまうこともあるので、それを防ぐことができればと思っています」

――清永さんの解説とドラマ、ふたつそろってパーフェクトになるような気がしています。NHKの解説委員で、三淵さんに関する本も出されているジャーナリストの清永さんが語ることほど、安心材料はない。解説委員のかたがドラマの取材に入ることは稀有なのではないでしょうか(*ドラマに限らずテレビ番組にはリサーチャーという職種がある)。

清永「司法という、ドラマであまりとりあげない分野を今回取り上げたことが大きいと思います。私はもともと、戦争と司法をテーマに取材をしてきたので、今回の座組にうまくハマったのだと思います。例えば監修をお願いするような法律の専門家の先生でも、戦前の共亜事件、戦後の原爆裁判など実際の事件や個別の訴訟の解説や資料探しは専門外なので難しい。ドラマのスタッフもそこまで深く調べるには手が回らないでしょう。その点、僕はもともと司法取材をすることが仕事であり、戦中や戦後の司法の動きが専門です。今回、『虎に翼』で僕がやったことは、日常の記者の取材と全く同じです。ただ、今後も歴史的事実を扱うドラマには、専門の職員が入るのが理想ではありますが、システム化することは未だ難しいと思います」

――すでに調べてあった資料のほかに、ドラマのために新たにまた取材をされたそうですが、例えば、毎日新聞の尾崎さんと清永さんへの記事を拝読すると、共亜事件のモデルである、帝人事件の判決文を見つけて使用したとあります。

“清永さんは、モデルにされた昭和初期の「帝人事件」の裁判資料を探し回り、最高裁や法務省には保存されていなかったが、国立公文書館で判決の一部をなんとか見つけ出した。被告全員に無罪を言い渡し、「あたかも水中に月影を掬(きく)せん(すくい上げよう)とするの類」と検察側の強引な捜査手法を非難した判決文の内容は、台本でも生かされた。”(毎日新聞7月8日公開記事より)

清永「判決文の活字記録は公刊物に残されています。ただ、判決文や裁判で使われた文書の写し書きが国立公文書館に保存されていました。こうした当時の空気を正確に伝える裁判記録を小道具さんが本物そっくりに再現してくれました。国立公文書館で開示請求をかけると貴重な資料がたくさん出てきます。ほかにも法務省の図書館や最高裁の図書館、国会図書館などであらゆる資料を探しました。やっていることは調査報道と同じです」

――貴重な資料はドラマのスタッフと共有するのですね。

清永「パソコンの共有フォルダにプロデューサーの石澤が『家裁マニアの部屋』というものを作ってくれました。私がそこにどんどん資料を放り込んで、みんなで情報共有しています。ドラマのなかでは使用されなくてもかまいません。『みみより!解説』で三淵乾太郎さんの総力戦研究所の辞令や三淵嘉子さんが判事に就任した時の内閣への上申書などを紹介しました。その解説でもお話しましたが、三淵さんが判事補になったのは昭和24年夏で、判事として名古屋地裁に転勤したのは昭和27年です。判事補から判事になるのは通常、10年のキャリアが必要です。これだと3年半しかないのですが、この公文書には『弁護士兼裁判所事務官だった時期を通算した』いう内容が書かれています。こういうことは、ドラマで言及されなかったとしても、物語の背景となるファクトとしてチームに認識してもらえればいいと思っています。今回、法律関係者の方もリアリティを評価してもらえているひとつは、こういうことにもあるように思います」

「虎に翼」より 写真提供:NHK
「虎に翼」より 写真提供:NHK

三淵嘉子さんはなぜ8年にもわたる原爆裁判に関わり続けたのか

――第23週・第115回では8年にわたった原爆裁判の判決が出ます。尾崎CPに伺ったら、裁判記録が誰もがネットで見られるようになっているそうで、それを生かしたとか。

清永「日本反核法律家協会のホームページに掲載されています。所沢にある日本反核法律家協会という法律家の団体で、原爆裁判の資料はそこにすべて保管されています。ドラマのなかで使用された判決文は、そのサイトを見るとわかりますが、すべて実際に書かれたもので、短くしただけで内容は変えていません」

――ドラマを作るにあたり、原爆裁判は外せないと思われたのでしょうか。

清永「原爆裁判は、まさに司法に関する重要な出来事です。ところが、いまや、三淵さんが原爆裁判の陪席判事をしたこともごく一部の人しか覚えていませんし、そもそも原爆裁判自体が一般には半ば忘れられた裁判となっていました。それが、今回、朝ドラで、原子爆弾の投下は国際法に違反するかどうかということを真っ正面から争ったという事実を、改めて紹介できることは意義のあることだと思います。その点を踏まえて私は、ぜひしっかり扱ってほしいとお願いし、吉田さんもそれに答えてじっくり時間をかけてくれました。第20週から準備手続きが始まりますが、その準備手続きも記録が残っていまして。第100回に出てくるのが、日本反核法律家協会にある第1回準備手続きの調書です。吉田さんはこの準備手続きの場面も何度も登場させるという念の入れようでした。準備手続きは本来なら動きもなく地味な手続きです。吉田さんはそこも省略せずに描いて、しかもおもしろい。大したものだと思いました」

――思い入れのある場面で、清永さんが意識したことはありますか。

清永「広島と長崎の人たちに対して誠実に伝えたい、その1点に尽きます。極めて難しい話ではありますが、ここだけは事実を捻じ曲げることはやめたいと思いました。例えば、第115回で汐見(平埜生成)が裁判長として判決を読み上げる場面の収録に立ち会いまして、平埜さんがおよそ4分間、本物の判決文を読んでいます。平埜さんが感情を抑えながらも熱量をもって読んでいて、スタジオ中が感動で聞き入りました。冷静に見るとただ本物の判決文を4分間、読んでいるだけなのですが、演出の巧みさや平埜さんの熱演に加えて、おそらく元の原爆裁判の判決の持つ力が強いのでしょう。そこは、史実から逃げないというスタッフたちの意思があのシーンを生んだのだと思いました」

――清永さんは福岡生まれの広島育ちだそうですね。

清永「生まれてすぐ広島に、父親の仕事の都合で引っ越して、小学校まで広島にいました。当時、1970年代で近所には被爆者の方がたくさんおられましたし、親に原爆資料館や平和公園に連れていってもらったりしましたので、広島と長崎の方々の思いをドラマで伝えているのだと思ってもらえるようにしたかったのです」

――原爆裁判の場面でフィクションの部分はありますか。

清永「史実に忠実と言いましたが、違う部分もあります。例えば、3人の裁判官の中でどういう話し合いが行われたかは一切分かりません。裁判官には「合議の秘密」という言葉がありまして、裏を返せば、そこだけはドラマで自由に創作できる部分になります。だから寅子が『もう少しだけ私たちで(判決文を)書き加えては』と言っているのはフィクションです。また、原告本人の尋問――ドラマでは当事者尋問という言葉を使っていますが、被爆者の女性が法廷に来る予定が結局断念し、代わりに手紙を轟(戸塚純貴)が読むエピソードは、創作です。これも実際に原告の尋問の請求はしていましたがなぜか実現しなかったという事実はあります。そこを吉田さんが空想を膨らませて書いてくれました」

――ドラマでは竹中記者(高橋努)が記事にして、当時の世論を賑わせたように描かれています。当時はそれなりに注目されていたのですか。

清永「当時の記録や記事などを読むと、最初は傍聴席がガラガラだったそうです。ところが審理の途中、国際法に違反するかどうかという最大の争点で裁判体(3人の裁判官、ドラマでは汐見、寅子、漆間)が双方の国際法学者を証人として呼ぶことを決めます。これに当時の司法記者クラブの面々がざわめいたようです。どうやら裁判所は本気で国際法の判断をするらしいと。そんなことをしなくても判決は出せるわけです。『原告には賠償を請求する権利はありません』で済むところを、国際法学者を史実では3人採用しています。それをきっかけに記者がたくさん傍聴に訪れるようになったということです」

――個人的な興味ですが、三淵さんだけがこの原爆裁判の8年間ずっと関わっていてほかの2人は入れ替わっていることに理由はあるのでしょうか。

清永「いえ、おそらく偶然だと思います。三淵さんが東京地裁に異動してきたのは提訴がなされたあとで、三淵さんがいるから事件を恣意的に係属させたことはあり得ません。その後も彼女は8年ぐらい同じ東京地裁の民事部部にいたので、そのまま担当をし続けたのだろうと思います。ただし、彼女の経歴を見ると、“昭和37年12月東京家庭裁判所判事兼地方裁判所判事”とあります。恐らく37年12月に本来家庭裁判所に彼女が異動することになったはずです。が、「原爆裁判をやり続けたい」と希望したのではないでしょうか。その結果、東京裁判所判事という肩書きを兼務で残し東京家裁に所属しながら原爆裁判の時にはて地裁の審理に加わった。そして結審までやって東京家裁に異動したのではないかと思われます。実は判決言い渡しの時には三淵さんは法廷にはいなかったのです。結審まで担当した裁判官が判決を書くことになっていますので三淵さんの名前が判決文にはあります。おそらく彼女は判決文を書くところまではやりたいと希望したのでしょう。やりかけた原爆裁判を最後までやりたいという彼女自身の思いがあったのだろうと僕は思います」

――三淵さん以外、女性でこの裁判に関わった人はいないのでしょうか。

清永「昭和30年代前半なので、女性裁判官は10人ぐらいしかいない時代です。ほかにも女性が参加することはまずありえないでしょう」

――この件に関して三淵さんは何も思いを書き残していないそうですね。

清永「三淵さんの息子さんにも直接質問しましたが、原爆裁判自体は有名な裁判なのでお母さんが担当していることは知っていたそうです。しかし家では一回もその話題は出なかったそうです。原爆裁判に限ったことではなく、基本的に家ではあまり個別の事件の話をしなくて、それが特別なこととも思っていなかったそうです。ただし、彼女の心の中がうかがえるエピソードはあります。三淵さんが退官して日本女性法律家協会の会長だった1982年、第二回国連軍縮特別会議が開かれます。この時期に三淵さんは協会の活動として自らも池袋の駅前で反核の署名運動をしていたそうです。元裁判官でそんなことをする人は多くはないので、後輩の女性法律家たちは、三淵さんには平和問題への思い入れが強かったのではないかと話しています」

――ドラマとともに清永さんの解説がたくさんの人に届くといいなと思います。原爆裁判のあと、ドラマでは司法関連は何を取り上げますか。

清永「ドラマは1960年代から70年代にかけての時代に入っていきます。私はこのドラマを通じて、『国民から見た司法の歴史』を知ってもらいたいと考えています。ですので、この後も時代に応じた社会の動きに密接に絡んだ司法の出来事がつぎつぎ出てきます。でもドラマは私が中心に作っているのではありません。脚本の吉田恵里香さんにプロデューサーの石澤、そして梛川善郎、安藤大佑、橋本万葉など演出チームのみなさん。このドラマは珍しいくらいそれぞれが優れたスタッフで、しかも異なる問題意識を持っている。そういうメンバーを上手にまとめてくれたのが制作統括の尾崎です。この後も、ぜひお楽しみにしてください」

◎取材を終えて

筆者が清永さんのことを知ったのはNHKスペシャル終戦ドラマ「気骨の判決」(09年)だった。「虎に翼」で寅子の恩師・穂高を演じた小林薫さんが不正と戦う判事を演じるドラマで、原作は清永さんの著書である。ただ、そのとき清永さんは原作者としてドラマづくりには関わってはいなかった。ドラマの制作に関わったのは「虎に翼」がはじめてだという。

清永さんはふだん、NHKの解説者としてニュースや情報番組で、戦争と司法、事件事故、災害等について、明晰な声で語っている。昨今の豪雨について泊まり込みで原稿を書き、2024年の元日には能登半島沖地震のニュースをスタジオにこもり語り続け、日夜、正しい情報を視聴者に伝えようと働いている。

今回のインタビューにもあるように、「虎に翼」では、日々、事件や事故の報道に向き合っているジャーナリストが、ドラマの精度をあげると同時に、別番組で、フィクションと史実の違いをわかりやすく解き明かしている。誰もが気軽にネットで発信と検索ができるようになり、物事の真偽の境界が急速に曖昧になっているいま、報道チームとドラマ制作チームが手をつなぐことで、リアリティのあるおもしろい物語が生まれる可能性を感じさせるのが「虎に翼」である。

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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