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井上尚弥への挑戦を、IBF&WBO世界1位サム・グッドマンが渋る理由─。

近藤隆夫スポーツジャーナリスト
東京ドームで対戦を誓い合った井上(左)とグッドマン(写真:東京スポーツ/アフロ)

「挑戦したい」と話したグッドマンだが…

「次戦は9月頃、隣にいるグッドマンと防衛戦の交渉をしていきたいと思います」(井上尚弥)

「世界のベルトが欲しくてここまでボクシングをやってきました。挑戦したい、闘いましょう」(サム・グッドマン)

5月6日、東京ドーム。

ルイス・ネリ(メキシコ)に逆転TKO勝ちを収め井上尚弥(大橋)が王座防衛を果たした直後、サム・グッドマン(豪州)がリングに上がった。

彼は、IBF&WBO世界スーパーバンタム級トップランカーで、指名挑戦者になりうる選手だ。二人が言葉を交わし握手した時点で「9月、井上尚弥vs.サム・グッドマン」が決定したように思われ翌日のスポーツ紙でも一斉に報じられた。

しかし、そうではなかったようだ。

あの時点では何も決まっておらず、グッドマンは7月に豪州で試合をすることになっていた。

「王座挑戦は12月にしたい」

グッドマン陣営が、大橋ジムにそう伝えてきたというのである。

俄かに信じ難い話だ。目の前に王座挑戦のチャンスがある。にもかかわらず別の試合をしたいという。そんなことがあるのだろうか。たとえ別の試合が以前から決まっていたとしても、優先すべきはタイトルマッチであろう。

グッドマンが世界タイトルマッチ、それも井上尚弥に挑むとなれば相手陣営は試合キャンセルに理解を示すはずである。もし契約上の違約金が発生したとしても、井上戦で得られる多額のファイトマネーで十分に賄えるはずだ。

昨年10月、豪州ゴールドコーストで米国のミゲール・フローレス(左)に判定勝利を収めたサム・グッドマン。技巧派パンチャーで通算戦績18戦全勝(8KO)を誇る(写真:AAP/アフロ)
昨年10月、豪州ゴールドコーストで米国のミゲール・フローレス(左)に判定勝利を収めたサム・グッドマン。技巧派パンチャーで通算戦績18戦全勝(8KO)を誇る(写真:AAP/アフロ)

世界王者になるための最善の策

私は思う。

グッドマンは逃げたのだと。

(イノウエと闘っても勝ち目がない)

陣営は、そう判断したのだろう。

挑戦者たちにとって、井上と闘うメリットは2つある。

一つは、多額なファイトマネーを得られること。それは、通常のスーパーバンタム級世界挑戦に比して4~5倍に及ぶ。

もう一つは、勝利すれば一気に4本のベルトを手にすることができボクシング界のスーパースターの座にのし上がれること。つまりは、井上が得てきたすべてを奪い取ることができるのだ。

井上との試合が決まれば多額のファイトマネーは自動的に手に入る。

しかし、もう一つを得るのは困難だ。

これはグッドマンだけではなく次期挑戦者に名前が挙がっている選手に共通して言えることだが、いまの彼らの実力でモンスターに勝てるとは思えない。

そのことは、グッドマン陣営もよく理解している。

多額のファイトマネーは魅力だが、ここまでに築いてきた無敗の戦績に傷をつけたくない。だから、こう考えているのだろう。

(井上が階級をフェザーに上げた後に、スーパーバンタム級王座を狙うのが得策だ)。

おそらく12月にも彼が井上と対峙することはない。

時の王者があまりにも強い場合、真っ向から挑むのではなく「マッチメイクの綾」で世界のベルトに辿り着こうとする選手は少なからずいる。

各階級に世界チャンピオンが一人なら、ナンバーワンでなければベルトを腰に巻くことはできないが、4つあれば対戦相手を選ぶことでそれが可能だというわけだ。

このやり方に「志の高さ」は感じられないし「潔く」もないが、それでも自分の実力を理解していてクレバーだとは思う。

9月に井上尚弥にグッドマンが挑んだとしても、おそらくはKOで敗れるだろう。

モンスターを相手にアップセット(番狂わせ)を起こすには条件がある。それは、一撃で相手を仕留められる強打を持ち合わせていること。試合序盤にそれを見舞うことができればアップセットを起こす可能性もあるが、グッドマンのファイトスタイルはそこにあてはまらない。

「多額のファイトマネーが得られるのだから、とりあえず試合はやる」ではなく、「グッドマンを無敗のまま世界王者にするための最善の方法を選ぶ」との陣営の考えも分からないではないのだ。

9月の井上の対戦相手はテレンス・ジョン・ドヘニー(WBO2位/アイルランド)が最有力。リアム・デービス(WBC5位/英国)、ジョンリエル・カシメロ(WBO3位/フィリピン)になる可能性も残される─。 

スポーツジャーナリスト

1967年1月26日生まれ、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から『週刊ゴング』誌の記者となり、その後『ゴング格闘技』編集長を務める。タイ、インドなどアジア諸国を放浪、米国生活を経てスポーツジャーナリストとして独立。プロスポーツから学校体育の現場まで幅広く取材・執筆活動を展開、テレビ、ラジオのコメンテーターとしても活躍している。『グレイシー一族の真実』(文藝春秋)、『プロレスが死んだ日。』(集英社インターナショナル)、『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)、『伝説のオリンピックランナー”いだてん”金栗四三』、『柔道の父、体育の父  嘉納治五郎』(ともに汐文社)ほか著書多数。

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