「口に石を詰めて処刑」北朝鮮の苛酷な実態をアニメ化 監督が“エンタメ”にこだわる理由
「公開処刑される人は、口に石を詰めてさるぐつわをされるんです」。北朝鮮の政治犯強制収容所に収監された家族の苛酷な実態を3Dアニメーションで描き、世界中の映画祭で高い評価を受けている『トゥルーノース』(6月4日公開)。実話を基にした衝撃的な物語をなぜエンタテインメントとして発信しようとしたのか。リアルを描くがゆえに身の危険も感じながらの制作であったことを明かす清水ハン栄治監督に胸の内を聞いた。
■アクティビズムではなくエンタテインメントとして一般層へ届けたい
ーーこれまでに人権をテーマにした偉人伝記漫画シリーズや、“幸せとはなにか”を追求した映画『happy-しあわせを探すあなたへ』をプロデュースされています。「普遍的な大きな問い」に向き合う清水監督が、今作で北朝鮮の強制収容所を題材に取り上げた理由を教えてください。
「漫画で人権問題を告発するプロジェクトを手がけていくなかのリサーチで、友人から送ってもらった本のひとつが北朝鮮の強制収容所から生き延びた人の手記でした。それまでにもいろいろな人権問題に取り組んでいましたが、この手記の内容は3日間くらい食事が喉を通らなくなるほどの衝撃でした。あまりにもひどすぎる。これは優先してやらないといけないと考えました」
――なぜ映画というメディアを通してエンタテインメント作品として発信しようと考えたのでしょうか。
「世界中にいろいろな人権のアクティビズムがありますが、同じ主張を持つ少数の人が集まって、いつもの濃い話をしている印象です。大きな声を上げて抗議活動などをされていますが、いままでの手法で一定の効果を得ている一方、あまり裾野が広がっていないのが正直なところ。しかし、その現実を一般の人に届けたら無反応ではない。そこに大きなギャップを感じていました。
では、なにが欠けているかというと、難解だったり、アンタッチャブルだったりする素材を、学者やアクティビストではない一般の人に伝えるコンテンツのデリバリーなんです。私がそれまでの自身の活動から感じていたのは、漫画的なソフトコンテンツで人権を伝えるときのパワーの大きさと、ドキュメンタリー映画を通じいろいろな人にアプローチすることができ、かつ多くの人が影響を受けている事実です。
そう考えると、世界中で親しまれており、日本が得意とするアニメは効果的。アクティビズムの裾野を広げるための手法としてアニメには大きな可能性があると考えました。アニメ制作の経験はありませんでしたが、作れる人と組めばいいという楽観的な発想から少しずつ紡いでいきました」
――苛酷な事実を広く一般層に届けるためのコンテンツとして成立させるために意識したことや清水監督のこだわりは?
「完全なフィクションにはしたくない。取材をしっかりすることで、事実に基づいた内容を克明に伝えたいという思いがあり、脱北者など関係者への取材やリサーチを綿密に重ねました。
かつビジュアルでも実際に起こっていることを忠実に再現したい。インドネシアでの制作だったのですが、元収容所の看守や元収容者にインタビューする際には、現地のアニメーターを韓国の取材地まで連れて行って、実際に資料を見て話を聴きながらタブレットで画を描いていきました。
収容所の周囲の風景など北朝鮮の情景のほか、公開処刑する際に人をくくりつける木の形、身体と木の紐の結び方やさるぐつわの仕方、さるぐつわをする前には口に石を詰めることなど、実態を詳細に聞くことで3Dモデルを作る際に活かしました。実際に起こっていることを克明にビジュアルで再現できたと思います」
■人の心の奥底に響かせるために大事にしたヒューマニティ
――事実があるがゆえに物語の部分の描き方は難しかったと思います。なぜ母と息子、その友人の人間ドラマにしたのでしょうか。
「それはとても大事なポイントです。収容所にいた人の手記をそのまま伝えると、あまりにもひどい、悲しい現実のオンパレードになります。教科書やドキュメンタリーでそれを観ることもあったかもしれません。でも、こんな悲惨なことがあったと頭の中で認識はしても、人の心の奥底まで響かせ、人を動かすことはできないと思いました。
人の心を動かすには、主人公たちが僕らと同じ人間であり、家族への温かいいたわりあいの気持ちがあり、夢を持って冗談を言い合う人間である側面を外してはいけない。その部分は収容所にいた人たちに聞いても、すぐには話してくれません。
公開処刑があったあとどうやって慰めあったのか、そこにはユーモアはあったのかなど、時間をかけて信頼関係を築き、少しずつ話を深めていきました。地獄のなかのヒューマニティを大事にピックアップしています」
――どんなに貧しくても自らの信念と正義を見失わない劇中の母親の精神性に心を打たれます。
「悲惨な環境のなかで助け合っている人たちも、家族のために自分を犠牲にした人の話も事実としてあります。それを具現化して彼女のキャラクターを作りました」
――ラストには驚きとともに思わずこれまでのストーリーを振り返ってしまうような、より胸を打たれる展開があります。エンタテインメントとしての見せ方にも趣向を凝らせていることがわかります。
「絶対的にコンテンツとしてのエンタテインメント性がないといけない。告発プロパガンダ映画で終わらせたくない。どうしたら収容所問題に関心がない人たちにおもしろいと感じてもらえるかを考えたときに、ひねりにひねることは大事です。
では、この設定のなかでどうやってひねるか。予算も限られていてシーン数も増やせないなかで、考え抜いた結果、そういった仕掛けになりました。脚本は米L.A.で書いたのですが、19歳の頃からの友人のクリストファー・ノーラン監督は観客を驚かすのが得意。彼のような“どんでん返し”を真似したいという気持ちもありました(笑)」
■家族の反対を押し切って“危ないコンテンツ”を完成させたミッション感
――作品は世界の映画祭で賞を受賞するなど高く評価を受けています。作品が知られていく一方で、圧力がかかったり、自身の身に危険を感じることはありませんでしたか。
「コンテンツ自体が危なっかしいので心配はしていましたが、気づいている限りではとくにありません。ただ、もしそれがあったとしても、やらなくてはいけないミッション感は持っていました。
母親が在日なので北朝鮮の危なさはよく知っていて、制作中はやめろと言われていました。僕以上に家族が心配していましたし、僕自身も電車に乗るときはプラットフォームの最前列には立たないようにしたり、気を配っていました。ただ、作品がここまで世に出てしまえば、もしなにかが起こればフリーパブリシティ(笑)。今はそういった心配はしないようにしています。
本作の制作はジャカルタで行っていて、バリ島と日本の3拠点をクアラルンプールの空港をハブに頻繁に往復していたのですが、まさに金正男氏が暗殺された場所をいつも通っていました。でも、僕はひねくれているので、怖いと思ってしまったら負けだと(笑)。
劇中でTEDのスピーチシーンがあるのですが、利用許諾をもらわないといけないのでTEDレジデンシーというNYでの滞在プログラムへ応募しました。そこで1分間のPRビデオをリクエストされて、それならばと作品の概要とともに、クアラルンプール空港でオペラ『エビータ』の替え歌で「北朝鮮、私を殺さないで!」と歌いながら歩いている動画を送ったら、おもしろいと受け入れられて合格しました。怖い思いはしましたが、僕も一筋縄ではいかないんです(笑)」
――一般の観客に向けては生きることの意義を問いかける作品である一方、国際社会のリーダーに対してはこの状況を放置していいのかという強烈なメッセージでもあります。
「政治のリーダーに届きつつある感触はあります。試写会に国会議員が来てくださったり、韓国の議員から国会で試写会をやりたいという話が来たり、アメリカでも同じような話があります。
この問題は、各界の関係者総動員で連携していかないといけない。映画作家がひとりでがんばってもだめだし、政治家だけでも一般の人がついてこない。まして古いタイプのアクティビストが大声を上げても届かない。いろいろな人たちがコラボしないと動かないんです。これからも積極的に政治のリーダーやインフルエンサーに声をかけて、一緒に活動していきたいと考えています」
Profile:清水ハン栄治
1970年、横浜生まれ。在日コリアン4世。2017年のTED Resident、University of Miami MBA、著書に『HAPPY QUEST』がある。東南アジアのアニメーター・ネットワーク「すみません」主宰。2012年より62ヶ国で公開され、世界の映画祭で12の賞を獲得したドキュメンタリー映画『happy - しあわせを探すあなたへ』をプロデュース。人権をテーマにプロデュースした偉人伝記漫画シリーズは世界15ヶ国語に翻訳されている。『トゥルーノース』は初監督作品。
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