レガレイラで有馬記念を勝った戸崎圭太が、ドウデュースと武豊に馳せた思い
14年のグランプリ制覇
22日に行われた第69回有馬記念(GⅠ)を制したのはレガレイラ(牝3歳、美浦・木村哲也厩舎)。3歳牝馬による有馬記念制覇は、牝馬によるダービー制覇を成し遂げたウオッカと全く同じ64年ぶり。手綱を取り、この偉業に導いたジョッキーは戸崎圭太だった。
彼が年末のこのグランプリを制すのは2度目。10年前の2014年、ジェンティルドンナで勝って以来の優勝となった。
「有馬記念は中央入りした時から勝ちたいレースの1つでした」
当時、彼はそう語った。公営・大井出身の彼がJRA入りしたのは13年。その1年前、12年の有馬記念を制覇したのはゴールドシップ。鞍上は内田博幸だった。
「内田さんは大井の先輩ジョッキーでした。JRA入りして、有馬記念を勝った姿を見て、正直『良いなぁ……』と感じました」
だから翌年に自身もJRA入りすると「いつか有馬記念を勝ちたい」と考えた。そして、移籍2年目の暮れに早くも回って来たチャンスが、ジェンティルドンナだったのだ。
この年のグランプリを勝ちたい理由は他にもあった。
前年にJRA入りした戸崎にとって、中央競馬に1年間フル参戦したのはこの年が初めて。そんな環境の中、140を超える勝ち星を挙げ、自身初のJRAリーディングジョッキーの座を確実にしていた。しかし、本人には不満があった。
「数は勝たせてもらっていたけど、GⅠ勝ちがありませんでした」
このまま終わっては、いくら勝っても片手落ちになると思った。だから、有馬記念を勝ってしめたいと考えた。しかし、同時に次のようにも感じていた。
「GⅠを勝ってリーディングに華を添えたいというのは、僕の勝手なエゴでした。そんな自分の中の悪いメンタル面が馬に伝わるのは良くないと思いました」
結果、そんな二律背反の思いに惑わされる事なく、戸崎は有馬記念を制した。
「ジェンティルドンナにプレゼントしてもらったGⅠ制覇でした」
2度目の制覇はレガレイラで
それから丁度10年、レガレイラと共に挑んだ今年は、果たしてどんな思いを胸に臨んだのかを伺うと、彼はしばし考えた後、口を開いた。
「ジェンティルドンナの時のような気持ちはありませんでした。オーナーや厩舎関係者の皆さんの期待に応えたいという気持ちは勿論あったけど、楽しんで乗ろうという思いで臨めました」
そんな心の余裕が冷静な手綱捌きにつながった。
「自身の枠(8番)も良かったですけど、先行するであろう馬が内に入った枠の並びも良かったです。ノリさん(1番枠のダノンデサイルに騎乗した横山典弘騎手)が逃げる事も想定内だったし、道中はリズム良く走れました」
その上で最後のシャフリヤールとの競り合いについては次のように続けた。
「1度はシャフリヤールに前へ出られたけど、そこからレガレイラが頑張ってくれました。ゴールの瞬間は正直、勝ったか負けたか分からなかったけど、ギリギリ勝てていたようで本当に良かったです」
「楽しんで乗る」という思いが、レガレイラに良い形で播伝したのが、最後のハナ差での勝利を生んだのだろう。それは思えば、10年前、既に戸崎が気付いていた事だった。先述したように、当時、彼は「自分の中の悪いメンタル面が馬に伝わるのは良くない」と語っていた。逆に言えば「自分の中の良いメンタル面が馬に伝わるのは良い」となる。そして、それが可視化されたのが今回の勝利だったのだろう。
ドウデュースと武豊に馳せる思い
レース後、ひと通りの会見も終え、2人きりになると、戸崎が逆に聞いて来た。
「ユタカさんは大丈夫ですか?」
ユタカさんとは勿論、武豊の事。有馬記念ではドウデュースに騎乗する予定だったが、同馬がハ行して取り消しと発表されたのに続き、本人も大一番前日に体調を崩して土日全鞍、乗り替わりになっていた。
「ユタカさんもドウデュースも可哀想でしたね……」
自らの勝利の余韻に浸る事なく、尊敬する先輩と、かつてタッグを組んだ事があり、本来なら今回の最強の相手となるはずだったドウデュースに、思いを馳せた。
皆さんご存じのように、23年の秋、主戦騎手の武豊の怪我により、天皇賞・秋(GⅠ)とジャパン(GⅠ)で急きょその鞍上を任されたのが戸崎だった。
結果、タイミングの問題もあったのだろう、好成績で応える事は出来なかった。それが戸崎の実力でない事は誰もが分かっていたが、本人には忸怩たる思いがあったはずだ。ドウデュースと武豊が出られなくなってしまった有馬記念を戸崎が勝ったのは、偶然かもしれないが、もしかしたら留守を預かるという深層心理がもたらした勝利なのかもしれない。戸崎がドウデュースから受け取ったバトンをレガレイラにつなげるのか。来年のレガレイラとグランプリ2勝ジョッキーの動向に注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)