Yahoo!ニュース

「地球でいちばん強い生き物はモンハナシャコ」という噂は本当だろうか?

柳田理科雄空想科学研究所主任研究員
イラスト/近藤ゆたか

こんにちは、空想科学研究所の柳田理科雄です。

マンガやアニメ、特撮番組などを、空想科学の視点から、楽しく考察しています。

さて、今回の研究レポートは……。

一部の小学生のあいだで「地球でいちばん強い生き物はモンハナシャコ」という噂が流れているらしい。

モンハナシャコ⁉

寿司屋でときどき食べる、あのシャコの仲間?

それが地球最強ですと?

調べてみると、確かにシャコの仲間である。

甲殻類シャコ目シャコ科の動物で、体長15cm、体重50gほど。

体は頭部、胸部、腹部に分かれ、胸部には8対の足があり、前から2番目の足が大きく発達していて、それは「捕脚」と呼ばれる。

このハンマーのような捕脚で打撃して、貝殻を割るというのだが、そのパンチのスピードはなんと時速80km!

これは速い!

人間のプロボクサーのストレートが時速40kmといわれるから、その倍も速いことになる。

この強力なパンチで、カニの甲羅も、ヤドカリの殻も叩き割る。

人間が不用意に触ると、指の骨など簡単に折られてしまうらしい。

そうでしょうなあ、モンハナシャコのパンチの所要時間はわずか0.003秒なのだから。

驚くべき生物だが、とはいえ体長15cmの節足動物である。

「地球でいちばん強い」は大袈裟では……と思ったが、実はモンハナシャコにはもっとすごいヒミツがあった。

◆キャビテーション現象とは?

モンハナシャコは、なぜ時速80kmもの高速パンチが放てるのか。

それは、節足動物の特性を最大限に活かしているからだ。

シャコ目は頑丈な外骨格を持つ甲殻類で、そのうえ捕脚は、付け根の「長節」が大きく太い。

モンハナシャコは、捕脚の先端の節を2番目の節に密着させ、長節の筋肉を縮めてフックをかけた状態にする。

このとき長節は大きく変形し、弾性エネルギーが溜まっていて、フックを外すと、先端の2つの節が前方に打ち出される。

つまり、人間のパンチが筋肉の力で打ち出すのに対し、モンハナシャコのパンチは、外骨格に溜めた弾性エネルギーで打ち出す。

弓矢と同じ原理であり、スピードが速いのもナットクである。

そして、これが前述の「もっとすごいヒミツ」につながる。

捕脚パンチのスピードがあまりに速いため「キャビテーション」が起こり、それも獲物にダメージを与えるというのだ!

「キャビテーション」とは、液体の圧力が急激に下がって、冷たいまま沸騰する現象だ。

捕脚が水中を高速で動くと、前方で水圧が上がり、後方や側面では水圧が下がる。これによって水は温度が低いまま沸騰し、水蒸気の泡が発生する。

その泡が弾けるときの衝撃がすさまじい。

あまりに高速で、泡が弾けるエネルギーで発光することがあるという。

温度が6千度に達するという報告さえもある。

イラスト/近藤ゆたか
イラスト/近藤ゆたか

つまり、モンハナシャコのパンチを食らった相手は、超高速パンチの衝撃に少し遅れて、キャビテーションの衝撃と熱を受ける。

『呪術廻戦』の虎杖悠仁の「逕庭拳」は、まずパンチの衝撃を与え、少し遅れて呪力の衝撃を打ち込むワザだけど、それと同じレベルの生物が実在するとは、あまりにもオソロシイ……!

◆視力も超絶すごい

モンハナシャコは、視力もすごい。

その複眼は1万個の個眼でできていて、視野はほぼ360度。

複眼は3つの領域に分かれていて、片目だけで立体視ができる!

そのうえ、人間の視細胞が赤、緑、青の3色を感じるのに対し、モンハナシャコは12~16色(諸説ある)!

人間は3種の視細胞からの情報を脳で組み合わせて色を細かく認識するが、モンハナシャコはそんなまだるっこしいことはしない。

16種の視細胞で赤なら赤、緑なら緑を、そのままキッパリ認識。

だから反応が速い!

さらに、紫外線も見えるし、太陽からの光には、波の山と谷がねじれながら進む「円偏光」という光が含まれるが、そのねじれの方向を識別できる!

他の動物が得られない情報を得ているのだ。

◆人間サイズになったら?

恐るべきモンハナシャコである。

筆者はこういうとき、コワイ想像が止まらなくなってしまう。

もしもモンハナシャコが人間サイズになって、あなたやワタシに襲いかかってきたら、いったいどうなってしまうのか?

体長15cm、重さ50gのモンハナシャコが、たとえば体長10倍の150cmに相似拡大した場合、体重は50kgになる。

そして、このサイズのモンハナシャコが、体重に比例する筋力を持っていたら?

長節の各部が変形する距離も10倍だった場合、パンチの速度は、加速距離の平方根に比例して√10=3.2倍の時速256kmに!

エネルギーは1万倍に!

体長15cmのモンハナシャコでも指の骨が折れたのに、1万倍ってことは、骨が1万本折れる!?

こんなパンチを食らったら、人間はひとたまりもないでしょうなあ。

人間の骨は200本しかないんだから。

モンハナシャコのすごさは、マンガや特撮でも描かれている。

『テラフォーマーズ』では、モンハナシャコの能力を身につけた元ボクサーが、推定体重560kgの巨大なゴキブリ(火星で進化した)を、パンチで10mほどぶっ飛ばした!

『宇宙刑事ギャバン』では、シャコモンスターがギャバンを異次元空間にまで殴り飛ばした!

うーむ、現実でも空想科学の世界でも、モンハナシャコは地球最強かもしれません。

空想科学研究所主任研究員

鹿児島県種子島生まれ。東京大学中退。アニメやマンガや昔話などの世界を科学的に検証する「空想科学研究所」の主任研究員。これまでの検証事例は1000を超える。主な著作に『空想科学読本』『ジュニア空想科学読本』『ポケモン空想科学読本』などのシリーズがある。2007年に始めた、全国の学校図書館向け「空想科学 図書館通信」の週1無料配信は、現在も継続中。YouTube「KUSOLAB」でも積極的に情報発信し、また明治大学理工学部の兼任講師も務める。2023年9月から、教育プラットフォーム「スコラボ」において、アニメやゲームを題材に理科の知識と思考を学ぶオンライン授業「空想科学教室」を開催。

柳田理科雄の最近の記事