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事故から教訓を学ぶ 大阪市交通局の「輸送の生命館」

伊原薫鉄道ライター
大阪市交通局の「輸送の生命館」過去に起こした事故から教訓を学ぶ施設だ

「安全の確保は、輸送の生命である。」

これは、国土交通省が鉄道業務に従事する者へ向けて表明している「運転の安全の確保に関する省令」に記載された言葉である。いうまでもなく、鉄道にとって安全の確保は絶対であり、何事に替えてでも守らなければいけない。多くの鉄道会社は安全綱領としてこの言葉を掲げ、胸に刻んで日々の業務を行っている。

しかしながら、事故は起こってしまうものだ。その時大切なのは、事故から学び、再び起こらないようにすること。そのためには事故原因を徹底的に追及するとともに、その内容を正しく伝えていく必要がある。

近年いくつかの鉄道会社で、過去に起こした事故を展示し、そこから得られる教訓を学習できる施設が設置されている。これら施設は基本的に自社社員の教育を目的としており、他の鉄道会社や一般への公開はしていないところがほとんどであるが、このたび大阪市交通局が研修施設を一般公開することになった。これに先立ち、この施設の内部を見せてもらう機会を得たので、ご紹介したい。

大阪市交通局の全職員が研修を受講

7号線(長堀鶴見緑地線)事故で破壊されたポイントの実物
7号線(長堀鶴見緑地線)事故で破壊されたポイントの実物

大阪市営地下鉄と大阪環状線の森ノ宮駅から徒歩約10分。地下鉄森之宮検車場の一画にあるこの研修施設は「輸送の生命館」という。一見こじんまりとした建物に入り、まず最初に案内されたのは研修ルーム。ちょうど新人職員の研修が行われていた。既に在籍している全職員が研修を終えているという。施設の簡単な説明、そして「安全とは何か」「なぜ事故を起こしてはならないか」といった映像資料を見たあと、展示ゾーンへ進む。

ニュートラム事故の原因となった電子部品。たった1個の部品が大惨事を引き起こした
ニュートラム事故の原因となった電子部品。たった1個の部品が大惨事を引き起こした
実物資料のほかパネルや映像で、事故の概要・対策が学べる
実物資料のほかパネルや映像で、事故の概要・対策が学べる

展示ゾーンでは、大阪市交通局が過去に起こした重大事故の現物が保存されている。例えば、平成22(2010)年に起こった長堀鶴見緑地線の事故では、列車の冒進によって破壊された線路が、平成5(1993)年のニュートラム事故では、事故の原因となった電子機器(同型のもの)などを展示。どのような状況下で事故が引き起こされたのかがよくわかる。さらに関係者の証言映像などもあり、1件の事故がどれだけの影響を与えるのかも学習できる。

利用者にも知ってほしい、駅や車内の設備も

駅構内や車内の設備を実際に操作・体験できるゾーン
駅構内や車内の設備を実際に操作・体験できるゾーン
車内の通報装置など、利用者が使う設備ももちろん展示されている
車内の通報装置など、利用者が使う設備ももちろん展示されている

続いて、安全を守る機器の取り扱い方法を学ぶゾーン。ここでは、例えば駅構内で煙が上がった場合はどうするのか、列車がトンネル内で停止した場合の避難手順などを、実際に機器を取り扱って学ぶことができる。今回の一般公開にあたり、利用者に知ってほしいことのひとつがここだと担当者は話す。

「もし車内に煙が発生したとしても、非常停止するとかえって危険な場合もあります。線路際には高圧電流が流れていたり、隣の駅まで走った方が避難しやすいかもしれません。乗務員も日頃から訓練を重ねていますが、利用者のみなさんにも実際に通報用の機器などを触ってもらい、万が一の際には一緒に安全を守るパートナーになっていただきたいと考えています。」

実際に損傷した車輪を展示。このまま走っていれば大事故につながったかもしれない
実際に損傷した車輪を展示。このまま走っていれば大事故につながったかもしれない

この他に、メンテナンスの重要性を学ぶゾーンなどもある。一時期、トンネル天井からコンクリート片の剥がれ落ちる事故が問題となったが、この種のトラブルの調査方法である「打音検査」などが体験できる。用意された2つのタイル壁は、見た目は同じだがハンマーで叩くと確かに音が違った。鈍い音がする方はタイルと壁の間に空洞があり、これが剥落の兆候なのだという。他にも傷のついたレールのサンプルなどが展示されていて、知識や訓練の大切さを学習できる。

タイルの「浮き」を判別するサンプル。正常な状態と剥がれた状態では音が違う
タイルの「浮き」を判別するサンプル。正常な状態と剥がれた状態では音が違う
エントランスには、研修を終えた全職員の決意表明カードが掲げられている
エントランスには、研修を終えた全職員の決意表明カードが掲げられている

局内だけでなく、他社や一般にも開放を

「輸送の生命館」は、前述の通り大阪市交通局の施設であるため、同局の事故については一番詳しい。鉄道事故の原因は様々で、その当事者となる鉄道会社が事故の原因や対策を一番よく知っているのは当然。例えば各社の安全教育施設で交流を深めれば、より多くの教訓が得られるだろう。

「我々の得た教訓を活かしてもらうため、今後は他の鉄道事業者さんに「輸送の生命館」を活用してもらうことも検討しています。我々の失敗を全ての鉄道事業者に共有してもらうことが、更なる安全につながりますから。」

今回の一般公開は、定員40名に対し2倍以上の応募があり、中には中学生や関東地方からの応募もあったそうだ。交通局では今後もこういった機会を設けたいとのこと。また、大阪市交通局をはじめ全国の鉄道会社では、踏切や車内の非常通報ボタンが実際に触れるキャンペーンを、各社のイベント等で開催している。機会があればぜひ体験して、鉄道の安全を一緒に守るパートナーになっていただきたい。

鉄道ライター

大阪府生まれ。京都大学大学院都市交通政策技術者。鉄道雑誌やwebメディアでの執筆を中心に、テレビやトークショーの出演・監修、グッズ制作やイベント企画、都市交通政策のアドバイザーなど幅広く活躍する。乗り鉄・撮り鉄・収集鉄・呑み鉄。好きなものは103系、キハ30、北千住駅の発車メロディ。トランペット吹き。著書に「関西人はなぜ阪急を別格だと思うのか」「街まで変える 鉄道のデザイン」「そうだったのか!Osaka Metro」「国鉄・私鉄・JR 廃止駅の不思議と謎」(共著)など。

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