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コロナショックがアメリカの映画館に与える深刻な危機

猿渡由紀L.A.在住映画ジャーナリスト
パラマウントスタジオの外には、急遽公開延期になった2作品の広告が今も出ている

 店はオープンしていても、棚は空っぽで買い物するにも物がない。それと同じ状況が、アメリカの映画館で起きようとしている。今週11日夜、新型コロナウィルスへの恐怖が突然リアルになり、続々と映画の公開延期が決まったからだ。

 ヴィン・ディーゼル主演の「Bloodshot」など、この週末にデビューする映画はさすがにそのまま公開されたが、その次の週末(20日)に公開予定だった「クワイエット・プレイス PART II」は延期に。27日予定だった「ムーラン」、4月3日予定だった「ピーターラビット2/バーナバスの誘惑」、4月10日予定だった「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」も、延期された。つまり、この後の4週間の目玉が、全部なくなってしまったのである。

 映画館そのものは、客と客の間に距離ができるよう工夫したりしつつ、どこも営業を続けている。アメリカ最大の劇場チェーンAMCは、現地時間13日、「今月14日から4月30日まで、すべてのシアターで50%を定員とし、そこに達したら売り切れとします。500人以上を収容できるシアターでは、250人を定員とします」「それぞれの上映回の間には劇場内をしっかりと清掃します。トイレ、ドアノブ、手すり、売店、チケット売り場など人が触れることの多い部分は、最低1時間に1度、プロトコルに基づく清掃を行います」「体調の悪いスタッフには出勤を控えてもらいます」などのポリシーを発表し、不安を覚える観客を説得しようとした。

AMCから現地時間13日に送られてきたメール。定員の半減、清掃の徹底などが書かれている
AMCから現地時間13日に送られてきたメール。定員の半減、清掃の徹底などが書かれている

 しかし、映画館がどれほど危険か、安全かはさておき、見たい映画がないのなら、わざわざ行く理由はない。今はストリーミングで選択肢がたっぷりある時代なのだから、なおさらだ。もちろんそれはヨーロッパや日本でも同様なのだが、圧倒的に国産に頼るアメリカの映画館は、スタジオが作品を保留すると決めると、もろに打撃を受けるのである。ハリウッド映画のひとつやふたつが公開を延期しても、日本では邦画の新作もあるし、洋画でも、最近の「ミッドサマー」など、本国から数ヶ月遅れて公開されるものがあったりするが、そういった時差の恩恵がないアメリカでは、棚に残っているのは賞味期限切れの商品ばかりになってしまうのだ。

サプライチェーンへの打撃で収束後も尾を引く恐れ

「007」の後の公開予定作で動いたものは、5月22日に予定されていた「ワイルド・スピード ジェットブレイク」だけ。その前に入っているマーベルのスーパーヒーロー映画「ブラック・ウィドウ」や、サミュエル・L・ジャクソン主演のホラー「Spiral」などは、今のところ、そのままだ。しかし、あくまで「今のところ」であり、5月にどうなっているかまだわからないから様子を見ようというのにすぎない。今後もコロナの勢いが止まらなければ、スタジオは、お金をかけて作ったものを、わざわざそんな状況下で出すことはしないだろう。

 もっと恐ろしいことに、影響はその後もずっと続く可能性が高いのである。完成している映画の公開を保留にするだけでなく、現在行われているプロダクションにもストップをかけ始めたことで、近い将来、供給が不足するかもしれないのだ。

 たとえば、ワーナー・ブラザースのエルビス・プレスリーの伝記映画(タイトル未定)。トム・ハンクスが出演するもので、ロケ地のオーストラリアで彼の感染が発覚したことから、撮影は即、中止になった。またマーベルの「Shang-Chi and the Legend of the Ten Rings」も、デスティン・ダニエル・クレットン監督が自主的に隔離を決めたことで中止されている。また、感染者は出ていないが、ディズニーは、ロブ・マーシャル監督の「The Little Mermaid」、ギレルモ・デル・トロ監督の「Nightmare Alley」、ミラ・ジョヴォヴィッチの娘エヴァー・アンダーソンが出演する「Peter Pan & Wendy」、ジョシュ・ギャッドが出演する「Shrunk」、マット・デイモンとベン・アフレックが久々に共演する「The Last Duel」の撮影を中止した。

「The Last Duel」は、今年クリスマスの北米公開が予定されているリドリー・スコット監督の期待作だ。スコットは、ひとつ前の監督作「ゲティ家の身代金」で、映画完成後にケビン・スペイシーのセクハラが暴露されると、あっというまにクリストファー・プラマーを代役に立てて再撮影し、ほぼ予定通りに公開してみせた実績がある。

 コロナがあと2、3ヶ月でおさまるのであれば、おそらく彼の早業でなんとかなるだろう。しかし、そうでなければ、夏と並んで稼ぎ時のホリデーシーズンにも、穴が開く。さらに、それだけ長いこと映画館と遠ざかると、映画を見に行く習慣自体が脅かされる。それこそ、劇場主にとっての究極の恐怖。コロナが殺すのは、人だけでないかもしれないのだ。

*写真はいずれも筆者撮影

L.A.在住映画ジャーナリスト

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場レポート記事、ハリウッド事情のコラムを、「ハーパース・バザー日本版」「週刊文春」「シュプール」「キネマ旬報」他の雑誌や新聞、Yahoo、東洋経済オンライン、文春オンライン、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米放送映画批評家協会(CCA)、米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。著書に「ウディ・アレン 追放」(文藝春秋社)。

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