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大阪市立の高校の大阪府への移管は「市民の財産を棄損」と住民監査請求へ

幸田泉ジャーナリスト、作家
大正13年創立の大阪市立工芸高校=大阪市阿倍野区、筆者撮影

 昨年12月の大阪市会と大阪府議会で、大阪市立の高校が大阪府に移管されて来年4月1日に府立高校になることが決まった。大阪市立の高校は現在21校ある。来年4月にはうち3校を新設の1校にまとめる統廃合が始まるので、これを4校と数えると来年4月は計22校となり、すべてが市立から府立となる。

 これについて、「高校の大阪府への移管は大阪市の財産を棄損する行為」だとして、大阪市民らが住民監査請求を行う準備を進めている。来月7月にも大阪市の監査委員に「移管の差し止め」を求める監査請求書を提出する。

大阪市は1500億円の土地・建物を大阪府に無償譲渡

 住民監査請求で移管の差し止めを求める根拠は、大阪府への移管にあたり22校の土地、建物が大阪市から府に無償譲渡される違法性である。22校の財産的価値は、大阪市の台帳価格で計約1500億円、市場価格ではさらに高額になるとも言われる。

 生徒数の減少で大阪市も大阪府も高校の統廃合を進めており、大阪市立の高校については、来年4月の大阪府への移管後、東淀工業高校、泉尾工業高校、生野工業高校の3工業高校を統廃合すると大阪市教委と大阪府教委が方針を決定している。これらの高校のうち廃校になったところが民間に売却されるなどした場合、その代金は大阪府の収入となる。

 住民監査請求をする市民らは「大阪市立のままであれば、廃校にした高校の土地、建物が生み出す利益を、新型コロナウイルス禍で疲弊した経済の立て直しや、公衆衛生の体制強化など、大阪市の課題のために使うことができる。統廃合方針を決めたうえで大阪府に無償譲渡するのは、土地、建物の売却や再利用の利益まで大阪府に寄付するのと同じだ」と憤る。

大阪市立扇町総合高校。来年4月に市立西高校、市立南高校との統合が決まっている=大阪市北区で、筆者撮影
大阪市立扇町総合高校。来年4月に市立西高校、市立南高校との統合が決まっている=大阪市北区で、筆者撮影

2度の大阪都構想住民投票が示した民意にも反する?

 2011年11月に行われた大阪府知事と大阪市長のダブル選挙で、大阪府と大阪市の二重行政を解消するため大阪市を廃止する「大阪都構想」を掲げた「大阪維新の会」(維新)が、両選挙とも勝利し、府知事が松井一郎・維新幹事長(当時)、大阪市長が橋下徹・維新代表(同)となった。同年12月、「大阪府市統合本部」が設置され、大阪府と大阪市が重複して同じような行政サービスを提供するいわゆる「二重行政」の洗い出しを開始した。

 大阪府立高校と大阪市立の高校が併存しているのも「二重行政」とされ、大阪市立の高校は大阪府に一元化する方針が示された。こうした個別事業の見直しとともに、大阪市を廃止する大阪都構想も実現に向けた作業が進められており、大阪市立の高校のほか、市立大学、市民病院、市信用保証協会などが「二重行政」とやり玉に挙げられたのは、「大阪都構想によって大阪市は廃止される」のを見据えてのことだった。

 大阪都構想は2015年5月に行われた大阪市民を対象とする住民投票で否決され、大阪府市統合本部は廃止された。しかし、同年11月の大阪府知事、大阪市長のダブル選挙ではどちらも維新候補が勝利。松井知事、吉村洋文・大阪市長の体制となって大阪都構想が復活した。2度目の住民投票に向け制度設計の練り直しが行われる中で、松井知事と吉村市長は大阪市立の高校については「大阪都構想の議論とは別に、早期に大阪府に移管する」との方針を提示した。

 2019年4月の府市首長ダブル選挙は、松井知事と吉村市長が立場を入れ替えて出馬する奇策「クロス戦」で勝利。この年の7月に、大阪市立の高校の大阪府への移管について、大阪府教育庁と大阪市教員委員会事務局で構成する「一元化プロジェクトチーム」が設置され、土地、建物を大阪府に無償譲渡する形で移管する検討が行われることになった。

 2020年11月1日、新型コロナウイルス禍で実施された大阪都構想の2度目の住民投票は、またもや反対多数で否決。しかし、大阪市立の高校の府への移管は大阪都構想と切り離して協議していたため、住民投票の直後に大阪市会と大阪府議会に、大阪市立の高校を大阪府に移管する議案が提出され、両議会で可決された。

大阪府は「大阪市の巨額財産目当て」なのか

 大阪市会では野党会派の議員から「大阪市立の高校を府立高校にするならば、土地、建物は有償譲渡か貸与とすべきだ」と無償譲渡への反対意見が相次いだが、大阪市を廃止して巨額の市有財産を大阪府に承継する大阪都構想の制度設計をなぞるかのように、無償譲渡の方針は変わらなかった。

 三つの大阪市立工業高校は既に統廃合が決まっているが、「高校つぶし」の懸念は3工業高にとどまらない。大阪府は3年連続定員割れした高校は統廃合の対象にすると府立学校条例で定めており、これに従って府に移管された市立の高校はどんどん廃校にされ、土地、建物は売却されることが危惧される。

大阪市から大阪府に移管後、統廃合する方針が決まっている三つの市立工業高校のうちの一つ、大阪市立生野工業高校=大阪市生野区、筆者撮影
大阪市から大阪府に移管後、統廃合する方針が決まっている三つの市立工業高校のうちの一つ、大阪市立生野工業高校=大阪市生野区、筆者撮影

 大阪府市の両首長が維新体制になってからの10年、大阪府による大阪市の乗っ取りのような施策が次々に打ち出されており、高校移管も「大阪府は大阪市の財産目当て」が透けて見える。

 立命館大学の森裕之教授(地方財政学)は「大阪市立の高校を府立にするというならば、まず教育上の効果がなくてはならないし、土地、建物の無償譲渡には、大阪市の財政上のストック(資産・負債)とフロー(支出・収入)への影響、まちづくりの観点からみた諸課題などについて総合的な説明が必要だ」と話す。「しかも、府立学校条例は高校の統廃合を目的に持つため、府への高校移管は、政治による目先の言説で判断してはならない。議会での慎重な審議や住民からの意見聴取が前提となるはずであり、これらが行われていない市立高校の無償譲渡は非常に問題である」と指摘する。

 住民監査請求を行おうとする市民らは、「自治体が誘致した企業や学校に土地を寄付するケースはあるが、それは人口増や税収増などのリターンが見込めるから。市立の高校の土地、建物を府に無償譲渡して、大阪市にどんな利益があるのか全く示されていない」とし、「維新の首長らによる市有財産の私物化のようなもので、大阪市の財産を大阪府に移し替え、あたかも二重行政を解消したかのように見せる政治パフォーマンスだ」と問題視している。

 住民監査請求で大阪市の監査委員が移管の差し止めを勧告しなかった場合は、住民訴訟に踏み切る構えだ。「大阪市民の財産を守る会」を結成し、賛同人や支援カンパの募集を行うとともに、1500億円という巨額な市民の財産が市長の一存で譲渡されようとしていることを大阪市民に広く知ってもらう活動を展開していく。

ジャーナリスト、作家

大阪府出身。立命館大学理工学部卒。元全国紙記者。2014年からフリーランス。2015年、新聞販売現場の暗部を暴いたノンフィクションノベル「小説 新聞社販売局」(講談社)を上梓。現在は大阪市在住で、大阪の公共政策に関する問題を発信中。大阪市立の高校22校を大阪府に無償譲渡するのに差し止めを求めた住民訴訟の原告で、2022年5月、経緯をまとめた「大阪市の教育と財産を守れ!」(ISN出版)を出版。

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