熱中症予防 「運動禁止」守れない学校
この一週間は、台風15号による厳しい残暑も相まって、学校での熱中症事案のニュースがつづいた。ある教師からは、「体育祭の練習中止を訴えても、聞き入れられない」と、学校内部の対応の悪さを訴える声が、私のもとに届いている。昨日の報道では、大規模停電がつづく千葉県市原市で11日に部活動の大会が実施され、熱中症で生徒2人が搬送されていたという。熱中症予防が求められているにもかかわらず、なぜ屋外での教育活動が実施されてしまうのか。
■運動会や稲刈りで熱中症
今月10日午前、滋賀県草津市立の小学校の5年生10人が、嘔吐や頭痛など熱中症とみられる症状で救急搬送された。校外学習として、小学校近くの田んぼで稲刈りをしていたという(NHK)。
同日午後には、愛知県立の高校で体育祭当日の後片付け中に生徒15名が(名古屋テレビ)、12日には、高知県立の高校で体育祭に参加していた生徒のうち11名が(NHK)、熱中症とみられる症状で病院に運ばれた。さらには、大規模停電がつづく千葉県市原市では11日に中学校の陸上大会が開催され、生徒2名が熱中症の疑いで病院に搬送された。
また運動会や体育祭については本番当日にくわえ、練習中にも熱中症が発生している。たとえば11日に山口県下関市立の小学校で12名が(産経新聞)、神奈川県横須賀市立の中学校で20名が(神奈川新聞)、病院に搬送されたという。
こうした事案は全国各地で報道されており、ここにあげきれないほどである。それらの報道からは、熱中症が、学校行事や校外学習といったイベントに関連して起きていることが見えてくる。
■「運動禁止」のなかで体育祭の練習
台風15号が過ぎ去った今月9日、とある公立校の教師から学校の対応の鈍さを訴える声が、写真付きで私の元に届いた。
写真は、9日午後に学校のグラウンドで撮影されたものだ。黒球付きのWBGT測定器で計測したところ、その場の気温は35.7度、湿度は54.2%で、WBGTの値は31.7度であった。
WBGTとは気温、湿度などをもとに計算される数値で、熱中症指数あるいは暑さ指数とよばれる。日本スポーツ協会の「熱中症予防のための運動指針」によると、WBGTの値が31度を超えると「運動は原則禁止」であり、さらには「特に子どもの場合には中止すべき」とされる(日本スポーツ協会「スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック」)。
いま、多くの学校にWBGT測定器が置かれている。教育委員会が管理下の学校に一斉配布しているケースも多い。ところが測定器があり、かつ「運動は原則禁止」の数値が示された、あるいは示されると予測されたとしても、それでも、炎天下の活動がつづけられる。
■自治体のゆるい対応
学校の教育活動を管轄する市町村自体が、ゆるい指針を提示していることもある。
浜松市の「浜松市学校(園)防災対策基準」(2019年4月改訂版)では、「高温等に伴う運動に係る学校(園)の対処」として、WBGTが31度以上の「運動は原則中止」は、「最大限の注意を払いながら運動実施」と読み替えられている。「頻繁(10分~15分おきくらい)に休息をとり、水分・塩分の補給を行うとともに、全ての児童生徒等において、運動時間を短縮したり運動を軽減したりすること」と、中止ではなくむしろ実施するための条件が示されていると言える。日本スポーツ協会の指針よりも、ゆるやかな設定である。
日本スポーツ協会の指針には、注意書きとして、「熱中症の発症のリスクは個人差が大きく、運動強度も大きく関係する。運動指針は平均的な目安であり、スポーツ現場では個人差や競技特性に配慮する」ことが付記されている。
「平均的な目安」ということは、「運動は原則禁止」の状況下で運動してもなんとかやっていける子どももいる。その一方で、激しい運動は中止、言い換えると激しくなければ運動してもよいとされる「厳重警戒」の状況下であったとしても、むしろ運動は中止したほうがよい子どももいる。
学校の教育活動では、行事やその練習には基本的に全員が参加する。それを踏まえると、「運動は原則禁止」で運動を控えることはもちろんのこと、慎重を期して「厳重警戒」においても運動を積極的に回避すべきと考えたい。
すべての子どもが参加する学校教育においては、日本スポーツ協会の指針をいっそう厳しく適用すべきである。ところが実際には、むしろその指針よりもゆるい設定が提示されたり、指針を無視して運動がおこなわれたりしている。
■「運動禁止」でもなぜ実施するのか?
小中高を問わず、「厳重警戒」さらには「運動は原則禁止」の場合であっても、学校においては屋外での活動が実施されてしまう。
先に示したWBGT測定器の写真を送ってくれた教諭の学校では、翌日以降も「運動は原則禁止」の環境のもとで、体育祭の練習がつづけられたという。その教諭は、炎天下のグラウンドで体育祭の練習について、「職員会議で異議を唱えても、『教職員全員で力を合わせて対処していく』ということで片付いてしまう」と嘆いていた。個々の教諭が声をあげたところで、学校全体の方針は変わらない。
方針が変わらない理由の一つとしてその教諭が教えてくれたのは、「教員の間では、『練習を取りやめにすると、体育祭当日までに準備が終わらなくなってしまう』と言われている」ということであった。本番が迫っている以上は、炎天下であっても練習をせざるを得ない。
■過密な行事スケジュール
融通がきかないのは、練習日だけに限らない。本番の日にちこそ、動かしがたい。
学校の年間計画では、運動会・体育祭のみならず、先に例示した稲刈りなどの校外学習を含めて、イベントの類いが一年中詰められている。たとえば、運動会・体育祭が終われば、次は一ヶ月後に学習発表会や修学旅行・宿泊行事など、さらにその後には駅伝大会や地域との交流イベントなどが待っている。それらの行事の間には、中間テストや期末テストも入っている。
各種イベントには、それなりの準備が必要で、数週間から一ヶ月を準備に費やすことが多い。したがって夏が暑いからといって屋外でのイベントを一ヶ月遅らせると、一連の年間計画全体を見直さざるを得なくなる。だから今日においても、従来の年間計画どおりに、炎天下でのイベントが実施されつづけているのだ。
■イベントの削減も視野に
昨年の7月、愛知県豊田市立の小学校で一年男児が校外学習を終えた後に、熱中症により教室で倒れて死亡した。この事案において、私は年間計画の大幅な見直しが必要であることを訴えた(拙稿「どうすべき?真夏の教育活動 小一男児熱中症死から考える」)。少なくとも7月から9月にかけては、校外学習や運動会・体育祭などはおこなわない。体育の授業のあり方も考え直す。これが根本的な解決方法である。
ただし、そもそも学校の日常は、授業にくわえて行事や部活動などで、過密状態である。学校の働き方改革の観点を持ち込むならば、年間のイベントの順序を入れ替えるというよりも、一つや二つのイベントはもう取りやめるくらいの大胆な決断も必要だ。
最後に、写真を送ってくれた教諭の思いを皆さんに伝えたい――「子どもの命も、職員の健康も軽視した、こうした実態が一刻も早く根絶されることを願います」。