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育休でキャリアにもう迷わない!「育休マネジメント」 第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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2021年6月に改正育児・介護休業法が成立し、2022年4月からは、出産直後の時期に男性が柔軟に育児休業を取得できるようになりました。2020年度の男性の育児休業取得率は12.6%でしたが、政府は2025年度に30%になることを目標としています。

男女ともに育休が増えていくと考えられる今、企業として考えるべきこととは何でしょうか? また、パートナーの理解を得て、育休中に働き方をアップデートしていくにはどうすれば良いのでしょうか。

<ポイント>

・育休スクラで、管理職になりたい人が増える理由

・男性育休が増えたら、企業はどう対応すべきか?

・VUCAの時代に、公私ともどもアップデートする方法

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■「出産」というライフイベントをどうとらえるか

倉重:育休後に、やる気のある人材が力を出せなくなってしまうのは、企業にとっても損失です。人材育成という観点からもできることがあるはずです。もちろん法的な裏付けのある権利として、育休や時短がありますが、それだけでは足りないということですよね。企業はどうしたらいいでしょうか。

小田木:まず、この出産というライフイベントをどう見るかというところが非常にポイントになってくると思っています。

一般的には「配慮しなければならない個人のライフイベントである」というふうに見られています。法律も「きちんと適切に支援していかなければいけない」という見方で改正されていると思います。もちろん配慮も支援も必要ですし、そこを否定するものではありません。ただ、それだけの定義しかないと、「パフォーマンスを上げたい個人」と「パフォーマンスを上げてほしい企業」にふたをしてしまいます。

倉重:「いいよ、最低限働いてくれれば」という感じですか。そんなことを言われると、やる気をなくしてしまいますよね。

小田木:もしくは、「制度が整っていて適切な支援もあるので、頑張るかどうかは本人次第だ」という見方です。でも、頑張り方は教えていません。

倉重:何をしたらいいのでしょうか?

小田木:先ほど、個人のライフイベントをどう見るかという話をしましたが、私は「出産による環境変化は人材開発の好機である」という、攻めの解釈を作ってみたのです。

倉重:それほどの変化がキャリアにあるのなら、時間を掛けて人材開発をするチャンスということですね。

小田木:そうです。右側がライフイベントを迎えた個人に起こる変化です。

倉重:どちらも不確定要素の多いダブルVUCAという状態ですね。家では赤ちゃんがいつ泣きだすかも分かりませんし、いつご飯をあげたらいいのかも分かりません。

小田木:どんなコンディションでどのくらい持続性があるのかも分からないですよね。もし初めての出産であれば、先行きが不透明なことこの上ありません。ずぶの初心者がゼロから始めて、命を預かるとなると、もう立ちすくみますよね。

倉重:どうしたらいいのか分からないということですね。

小田木:分からないし、休めないという感じです。一方で、自分が関わっている事業環境の変化のスピードも早くなっています。

倉重:世の中自体が激変していますからね。

小田木:そうするとスキルや経験の陳腐化が早くなります。子どもがいようがいまいが、自分のスキルや知識をアップデートしていかないと、生き残ろうと思っても難しい時代になっています。

倉重:確かに、Teamsなんて、2年前は使っていませんでしたよね。

小田木:そのとおりです。コロナが起きてから「リモートワークできちんと成果が出せるように、チームをマネジメントしてくれ」と言われて驚きました。それに近いことが、出産によって個人にも起こっています。1年、半年単位で現場を離れるわけですからね。これも私が経験してみてわかったことですが、個人内多様性について最近すごく言われています。

倉重:自分の中の多様性ですね。

小田木:そうです。私という1人の人間の中に、ビジネスパーソンとしての自分がいて、仕事人としての自分がいて、パートナーの妻や夫としての自分がいます。子どもの母としての自分もいます。結婚および出産によって、多様性が一気に増すのです。自分のことだけを考えて生きていればよかったときとは大違いです。これだけの変化が起こるところに足を踏み入れるのが、出産および育児なのだと思います。

倉重:前提が覆る感じですよね。どうしたらいいのでしょう。

小田木:やはり、「今までの武器でいける」と思ってはいけません。冷静に考えると、子どもを持った個人に起こる変化は、企業が置かれている環境と全く同じなのです。それが左側です。

VUCAの時代にどう向き合うかというのは、多くの組織がテーマにされていると思います。出産を経験すると「これは私の中でも起こっていることだ」「私が先んじて経験していることだ」という気づきが生まれます。

倉重:初めて管理職になるという時期が重なったら、トリプルVUCA状態になりますね。管理職としてどう振る舞えばいいのかも分かりません。

小田木:「自分の仕事がきっちりできること」で評価されていた昨日までと、「チームの成果を最大化するために関わること」で評価される今日以降では、大きな隔たりがあります。スポーツで言えば、サッカーをしていたら急に「野球をやれ」と言われてしまったぐらいの変化ですよね。

倉重:確かに大変だなと、今改めて思いました。これはどうしたらいいのですか?

小田木:この変化に負けて流されたのが過去の私です。なぜならば、これだけの変化が今起こっているとみじんも思いませんでしたし、今日の延長線上に明日以降もあると思っていました。

倉重:まず、自分の立ち位置を認識することも難しかったのですね。

小田木:変化を認識するのも難しかったですし、そもそも「勝ちパターンを変えていかなければならない」という捉え方もしていませんでした。

これは、私たちが目指す「女性活躍の世界観」を図にしたものです。

小田木:左に「職場の問題」と書いてありますが、個人にも起きていた問題です。「とにかく時間をかけて頑張ります」「やり切ります」という感じです。

倉重:個人依存と属人化など、全部どこの会社でもありがちですね。

小田木:これだけ環境が変わるので、「何に集中して成果を出すのか」という着眼点は、きちんとアップデートしないといけなかったと思います。あと、1人で仕事を抱えるというのは、もう言語道断ですよね。「私の仕事か」「私以外の仕事か」と考えるのではなく、「きちんとチームで連携をして成果を出す」というふうに意識を変える必要があります。今はデジタルの活用で生産性が上げられます。チーム運営の中できちんと成果を出していくということが、着眼点として必要だったなと思います。

倉重:やはり「DX」と言われると難しく感じてしまうし、「うちには関係ない」と思ってしまう会社もあります。そんなに難しい話ではなく、育休を取っている人でも、その間のチームの雰囲気が分かるようにしたり、遠隔から仕事に参加できるようにしたりするという意識だと、見方が随分と変わりますよね。

小田木:本当にそうです。適切な頑張り方を教えるというのは、恐らくそういうことなのかなと思います。

倉重:「会社に書類を見に行かないといけない」ということが前提だと、やはり無理があります。家で確認できるのであれば、それだけで全然違いますよね。

小田木:個人が成果の出し方を変えるという観点と、時間や場所の制約などの事情を抱える個人が、きちんと成果を出し得る業務プロセスやチームをつくっていくという両方の側面があります。

倉重:まず、両方の側面から変えないといけません。育休の人に何か配慮をしようという以前に、自分たちの仕事のやり方をまず整えるところからなのですね。

小田木:これまでの仕事でうまくいっているのに、「明日から変われ」というのは非常に難しいことです。

倉重:だから育休がある意味チャンスということなのですね。

小田木:ダブルVUCA、トリプルVUCAというような変化を、個人および組織が迎えたときに、何もしないと昨日までの仕事のやり方が全部ハンディキャップになっていくと思うのです。

 「育休を機に、成果の出し方や勝ちパターンをアップデートしていこう」と個人が思い、組織もチャンスだと言えると、ターニングポイントの結果が劇的に変わるのではないかと思います。

■多様な人材が活躍するための組織ブランディング

倉重:多様な人材が活躍するために、組織ブランディングはどういうことをすればいいのでしょうか。

小田木:まず個人の身になって考えると、今雇用の流動性は高くないと言われていますが、結構上がっていると思うのです。私は今人材育成プログラムをいろいろな企業やその社員労働者に向けて提供しています。その中で感じているのは、育休中に転職を考えたり、それを行動に移したりする流れが非常に増えているということです。

きちんとキャリア感を持っている仕事ができる人ほど、その傾向が強いのです。ライフイベントを迎えても、きちんとパフォーマンスを出せる組織は、優秀な人材が流れていきません。

倉重:なるほど。そこでハイパフォーマーをみすみす手放すのかという話ですからね。恋愛と一緒だと思うのですが、きちんと言葉にして伝えないといけないですよね。

小田木:きちんと伝えたら、「何を期待されているのか」ということがわかりますよね。「せっかくだから勝ちパターンを変えよう」「ライフイベントは制約ではない。成長機会だ」と言いながら、正しい頑張り方を教えられるかどうかが問われています。

倉重:育休を取る側は、どのように過ごしていけばいいのでしょうか?

小田木:育休を取る人材も、「チャンスだ」と思うことがスタートです。中も外も、劇的にいろいろなことが変わるので「この変化が成長機会だと言えるように何かしたい」という思いを持つことがスタートです。

倉重:小田木さん自身は中小企業診断士を取ったということですから、それは間違っていなかったということですよね。

小田木:でも、勝ち方は変えられなかったのです。そもそも勉強も、気合い、根性、長時間勉強でした。頑張って取れた資格は、知識としては役に立つものでしたけれども、古い頑張り方のまま取ってしまったので、ますますその勝ちパターンが強固に形成されたと言えないこともありません。

倉重:「何のために」というところが重要なのですね。

小田木:育休中に勉強しましょうというと、「子どもとの時間を犠牲にしてまで勉強しなければいけないのですか」という発想になる方がいます。そうではなくて、「環境が変化したから勝ちパターンを変えて、ますます仕事が楽しくなったと言うために頑張る」という感じです。

倉重:それが理想ですよね。ただ、そんなにうまくいくのでしょうか。

小田木:私は派手にずっこけましたよね。冷静に振り返ると、正しい頑張り方を教えてくれれば、もっと適切に、効率良くアップデートして会社に戻れたと思います。先ほど、狭い視野というフレーズがあったと思うのですが、「この機会を自分だけの閉じた時間にするのか」という考え方もあります。仕事をしていると、現職をある程度まとまった時間離れることはできないですよね。そんなボーナスチャンスを何に使おうかという発想になって、その機会への向き合うことによって、その後の仕事もまだまだ楽しくできます。そういったロールモデルも実際に増えています。

倉重:仕事やスキルについて見直しができるまとまった期間ということですね。

(つづく)

対談協力;小田木 朝子(おだぎ ともこ)

ウェブマーケティングの法人営業などを経て、NOKIOO創業メンバーとして参画。教育研修事業担当役員。育休を活かし、31歳で中小企業診断士の資格取得。2020年、両立期人材がビジネススキルを磨くオンライン・スクール事業『育休スクラ』を立ち上げ、経験学習による人材育成、オンラインを活用したキャリア開発をサービス化。アクティブラーニングを法人・個人向けに提供。グロービス経営大学院修了。

*音声メディアVOICYで番組「今日のワタシに効く両立サプリ」配信中。

*2021年7月 書籍「人生の武器を手に入れよう 働く私たちの育休戦略」出版

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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