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<朝ドラ「エール」と史実>「夜は飲みつづけ、日中は寝つづけ」佐藤久志のモデルも酒浸り…どう復活した?

辻田真佐憲評論家・近現代史研究者
本宮駅前の伊藤久男像。2019年6月筆者撮影。

戦後編も2週目に入った朝ドラ「エール」。今週は、また新しい衝撃的な展開となりました。福島三羽烏のひとり佐藤久志が、飲んだくれて、すっかり零落していたのです。じつはこれ、一部史実を踏まえています。

■「暗い気持から逃れるにはアルコールの力を借りた」

というのも、モデルとなった歌手の伊藤久男も戦後、生活がたいへん荒れていたからです。

伊藤は、戦時中の1943年末、故郷の福島県本宮町に疎開。必要なときだけ上京する生活を送っていました。ところが戦後は、そこに引きこもり、酒浸りの毎日となってしまいました。

暗い気持から逃れるにはアルコールの力を借りた。酒は好きだったが、当時は食糧さえ不自由な時期。1ヶ月に1人2合ほどの清酒配給、という時代。実兄の縁故を頼って、運んでもらったのが清酒……ではなく、ドラム缶2本のエチル・アルコール。この消毒用のアルコールを、町の飲み仲間を集めて、飲みつづけた。夜は飲みつづけ、日中は寝つづけ……。

出典:丘灯至夫「伊藤久男の素顔」『その歌声は時代を越えて』

この記事を書いた作詞家の丘灯至夫は、「暗い気持」の背景に、戦時下の軍歌にたいする責任感を読み取っています。

なおドラマと違って、伊藤は郷里にいたため、「船頭可愛いや」を吹き込んだ音丸(藤丸のモデル)とは関わっていません。

■「もらったばかりの印税をそっくり呉れてやってしまった」

このように荒れ果て、「再起不能」とまで言われた伊藤も、戦後復興が進むにつれて、ふたたび歌手としての活動を再開。1947年には「夜更けの街」(菊田一夫作詞、古関裕而作曲)、1948年には「シベリア・エレジー」(野村俊夫作詞、古賀政男作曲)をそれぞれヒットさせ、その健在ぶりを日本中に印象づけました。

さらに1950年1月20日にリリースされた「イヨマンテの夜」(菊田一夫作詞、古関裕而作曲)は、販売元であるコロムビアの文芸部長・伊藤正憲より「むずかしすぎる」「こんなもの売れるんかいな」と言われながらも、根気強く各地のステージで歌うことで大ヒットに結びつけ、代表曲のひとつとなりました。一時「のど自慢」で、この曲ばかり(男性に)歌われたこともありました。

ただし、復活してからも、伊藤の酒好きは変わりませんでした。しかもその飲み方たるや豪快。こんなスケールの違う逸話も伝わっています。

たまたま纏(まと)った印税をフトコロにして、銀座で飲んでいたら、出入りの洋服屋の店員に出合った。聞けば、店主と折り合いが悪くなり、自分で店を出したいが資金が足りない……という。「よし、持っていけ……」と、もらったばかりの印税をそっくり呉(く)れてやってしまった。こういうことがちょいちょいあった。

出典:丘前掲文章

あるいは、同じ酒好きの野村俊夫(村野鉄男のモデル)と翌日昼まで飲んで、カラになった徳利を並べてみたら、8畳の部屋をひとまわりしたという伝説も残しています。

それはともかく、ドラマでは、佐藤がどのように復活するのでしょうか。今週のタイトルが「栄冠は君に輝く」なので、この応援歌が関係しているのかもしれません。ちなみに、裕一のモデルである古関裕而は、まったくの下戸でした。これについては以前書いた記事をご覧ください。

評論家・近現代史研究者

1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。政治と文化芸術の関係を主なテーマに、著述、調査、評論、レビュー、インタビューなどを幅広く手がけている。著書に『ルポ 国威発揚』(中央公論新社)、『「戦前」の正体』(講談社現代新書)、『古関裕而の昭和史』(文春新書)、『大本営発表』『日本の軍歌』(幻冬舎新書)、『空気の検閲』(光文社新書)などがある。

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